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第2章 無口な少年と、桜色

(17)きみに贈る桜色

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 その日も、とわと一色は兎ノ書房の二階にある図書室へ来てくれていた。

 コートを着たまま入ってきていいですよ、と伝えたのに、一色はしっかりとコートを脇に抱えて階段をのぼってくるのだから、笑うしかない。律儀すぎる、このひと。

「こんにちは、とわくん、一色さん。今日も寒そうですね」
「……おねえさん」

 くいっと袖を引かれた。

「どうかした、とわくん」

 目の前に、ノートが差し出された。とわの小説ノートだ。ノートととわの瞳を見つめ、訊ねる。

「読んでいいの?」

 こくり。うなずく少年の手から、ノートを大切に受け取った。

「ありがとう」

 ページを開くと、とわがそわそわした様子で、絵莉のとなりに座る。目は、はやく読んでみて、と訴えてきている。その頭に、絵莉は手を伸ばし……思いとどまる。

 かわいくて、なでまわしたくなる。うさぎみたいなとわを見ていると、ついお雪さんにしているような態度を取ってしまうのだ。しかし相手はよそさまの家の子。そういうわけにもいかないのでは。以前とわを抱きしめたことも、冷静になってみると「うちの子になにしてるんですか!」と言われないか心配になってくるくらいで……。

 と悶々としていたら、固まっていたままの絵莉の手に、とわがこつんと頭をぶつけてきた。

 ――か、わいい……!

 見悶える絵莉を、一色のどことなくあたたかみのある視線が見ていた。それに気づいて、こほんと咳払いする。気を取り直して、ノートに目を移した。

「じゃあ、読むね」
「……ん」

 家族みんなで、いろいろな場所を旅行してめぐる物語。とわの願いがこめられた物語。近所の公園。おばあちゃんの家。海の中の遊園地。森の中のカフェ。たくさんの花が咲き乱れる花畑――……。

 まるで絵本を見ているように、絵が思い浮かぶ。絵莉の口もともほころんだ。夢と現実をたゆたうような、やさしい色が似合う。

 最後は、家族全員で家に帰ってくる。それから、「こんどは、さくらを見に行こう」と約束する。まだまだこの家族は楽しさを胸に、不思議で華やかな旅をするのだろう。

 とわの父親が海外から帰ってくるまで、あと一年かかるそうだ。母親が退院できるのはいつか、まだわからない。あの日、とわを連れて兎ノ書房にもどった絵莉に、待っていたとわの祖母がそう教えてくれた。

 とわもいつか、こんなすてきな旅ができますように――。

 ぱたん、とノートを閉じて、絵莉は笑う。

「ありがとう。面白かったよ。すてきな旅ばっかりで、うらやましい」
「……うん」

 とわは照れくさそうにうなずき、ノートを胸に抱きしめた。

 それから、すこしして、常連になりつつある少女たちがやってきた。

「絵莉おねえさん、来たよー」
「いらっしゃい。今日もお絵かき?」
「うん! 画用紙と色鉛筆、持ってきた!」

 最近の彼女たちは、一度家に帰ってから、画材を持参してやってくる。絵莉は画用紙を開く少女の手を、はしっと止めた。

「ストップ。まずは宿題からね」
「もー。おねえさん、お母さんとおんなじこと言うー」

 ぶう、と少女の頬が膨らんでしまったが、仕方ない。彼女たちの親から「絵莉さんからも、宿題をするよう言ってください!」と頼み込まれてしまったのだ。わたしは先生じゃないんだぞ、と思いつつ、ひと声かければ大人しく宿題をはじめてくれる彼女たちだから、そこまで苦労はしていないし、まあいいかとも思う。

 お絵かきをするために、少女たちはもくもくと宿題をこなしていく。好きなんだろうなあ、絵を描くことが……。彼女たちを眺め、絵莉は立ち上がった。

 ――わたしも、好きだった。

「とわくん。小説ノートを、すこしの間借りてもいいかな?」

 絵莉のお願いに、とわと一色が首をかしげた。とわが不思議そうにしながらも、ノートを渡してくれる。

「ありがとう。ちょっとだけ、借りていくね」
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