仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい

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第2章 無口な少年と、桜色

(16)うさぎは鳴く2

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 聞き逃してはいけないと、絵莉は耳を澄ませる。

 兎ノ書房の図書室は、訪れるひとをやさしく受け入れてくれる場所だ。ボランティアとはいえ、絵莉は図書室を任されている。それならば、とわの叫びも受け入れてあげなければ。

 なんて思ったけれど、きっと図書室うんぬんがなくても、絵莉はいまと同じことをしているだろうなとも思う。とわのような少年を放っておけるひとは、いないだろう。いまこの場にいるお雪さんも一色も、ここにはいない彩乃だって、たぶん同じだ。

「うん、そうだね」

 全部受け止めようと、絵莉はその瞳を見つめた。

「……さびしい……。ひとり、は……、やだ」
「うん」

 ひっくと苦しげに息をして、とわが気持ちを押し出す。

「や、だ……。ひとりは、やだ……!」
「うん。――わっ」

 ふいに、とわが抱きついてきた。衝撃を受けて、絵莉は後ろに倒れそうになる。けれど一色が支えてくれて、なんとか踏みとどまった。突進してくるなんて、本当にうさぎみたいだ。ちょっと笑えた。

 ふと目が合った一色も、無表情ながら、やさしい色を瞳に映していた。絵莉がとわの頭をなでると、やわらかな髪が指先をくすぐる。

「そうだね。ひとりは嫌だよね」
「う、ん……。うん……」

 いっそうとわの涙はあふれだす。いままで溜めていたぶんの涙が一気にあふれたのかもしれない。止まることを知らないとは、こういう涙のことを言うのだろう。でも、それでいいのだと思う。我慢なんてしても、つらいだけだ。

「とわくんは、たくさん、がんばったんだよね」

 こぼれる涙を指先でぬぐって、すっかり冷えてしまったとわの身体を抱き寄せる。涙の雨がぽたぽたと冷たい。

 でも心に暗い色があるときは、涙を流してしまえばいいのだ。水で溶かせば、色は薄まる。そうしたら、上から新しい鮮やかな色を乗せてあげればいい。きっと心は明るく色づいていくはずだ。

 お雪さんはとわに頬ずりして、一色はそっと少年の頭に手を乗せた。あたたかさを、わけてあげられますように。うさぎは寂しいと死んでしまうと言うから、みんなで寄り添えばいいのだと思う。

 そうして、やがて涙がやんだとき、もう一度言おう。

 兎ノ書房に帰ろうよ、と。
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