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第2章 無口な少年と、桜色

(13)少年が消える2

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「わたしもね、女の子たちがとってもまぶしいから、となりにいるのが、ちょっとつらいなって思うときがあるよ」

 とわはなにも言わない。またたきもしないで、絵莉を見つめていた。絵莉も視線を返して、苦笑する。とわの話を聞いてあげたいけれど、なにから話せばいいのかわからなくて、自分の話になってしまう。

「――わたし、絵を描くのが好きだったんだけどね。最近うまく描けなくて。楽しいお絵かきを、しばらくしてないんだ。だから、あの子たちを見ていると、いいなあって思っちゃう」

 冷えた指先に息をふきかける。袖を引き伸ばして指を押し隠し、体育座りをした。

「とわくんも、いいな、って思ってたのかな?」

 うらやましいと思う理由は、絵莉とはちがうだろうけれど。それでも自分にないものを欲して寂しくなる気持ちなら、わかる。それはとても、つらいのだ。だから絵莉は、とわの心を救いたいと思う。

 けれど。

「……ちが、う」

 とわの小さな口から、か細い声がこぼれた。はっとして、その言葉に耳をかたむける。

「ぼく、は、そんなんじゃ……」

 そう言ったきり、とわは口をぎゅっと結んだ。言葉の代わりに、大きな瞳から涙がこぼれた。それに気づいたとわは、あわてて指先でぬぐう。

「とわくん……」

 手を伸ばそうとすると、その手を拒まれた。絵莉は眉を寄せる。この子は、泣くのを我慢しているらしい。でもいいじゃないか。子どもは泣くのが仕事なのだし……それは、赤ちゃんだったか。いやでも、我慢するのはよくない。うん、年齢とか関係ない。ぱんぱんに膨らんだ心は、ガス抜きをしてあげないと破裂してしまう。

 泣きたいときは、泣くべきだ。

「いいよ、とわくん。わたし、とわくんのお話、なんでも聞くよ?」
「……だめ」

 短いけれど、しっかりとした拒絶に、絵莉は口をつぐんだ。とわはお雪さんを見つめ、つぶやく。

「うさぎは、鳴かないから……。だめ」
「え? ……あ、ちょっと、待って!」

 とわは立ち上がると、お雪さんを抱えたまま走り出した。驚いて反応が遅れた絵莉も、追いかけようとする。だが、とわの座っていた場所に、ノートが置かれているのを見つけた。

 ――とわくんの、小説ノート。

 家族みんなで旅行に行く、とわの物語。ああ、そっか、これはとわの願いがこめられていたのか。

 拾い上げて、立ち上がる。少年の姿が神社の鳥居を越えていくのを見て、絵莉も走り出した。子どもの足だ、すぐ追いつける。そう思ったのだが、はたと立ち止まった。

 とわの姿がない。

 細い路地にでも入ったか。物陰にでも隠れてしまったのか。

「とわくん」

 あたりを見まわしても、見つからない。しまった。どうしよう。いやでも、お雪さんがいっしょにいる。危ないことは、お雪さんが止めるはずだ。最悪、兎ノ書房へ道案内してくれるだろうし、事故にも遭わないよう気をつけてくれるだろう。だから、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせるけれど、不安なものは不安だ。

 泣かせてしまった。傷つけてしまった。それは絵莉の責任だ。やはりお雪さんに任せきりではいけないだろう。探さないと。

 ――でも、うさぎは鳴かないからだめって、どういう意味だろう。

 ふいに、後ろから肩をつかまれた。

「うわああっ、え、だれ!」

 驚いて大声を上げ、ふり向き、また叫んだ。コート、マフラー、手袋、耳当て……と、黒色の装備で完全防寒の雪だるまみたいな人物がいた。

「……って、あれ、一色さん?」
『はい。一色です』

 差し出されるスマホは、いつもの一色のものだ。もう見慣れてしまった。ほっとして、肩の力を抜く。不審者かと思った。
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