仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい

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第2章 無口な少年と、桜色

(11)色鉛筆と心がすべる3

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「ね、おねえさん。明日も来ていい?」

 気づけば、もう窓の外は暗くなっていた。帰る準備をしている少女たちは、まぶしい瞳で絵莉を見上げる。

「うん、いいよ。いつでもおいで」
「やったー! あ、お母さんだ。じゃあね、ばいばい!」

 階段から顔をのぞかせた女性を見つけて、少女は手をふって去っていく。ほかの少女たちも、それぞれ親が迎えにきて、楽しそうに親子で話しながら帰っていった。元気にあふれていて、なによりだ。絵莉の心は、すこし雲行きが怪しくなってはいたけれど。ため息をこぼしたいのを、ぐっとこらえる。

 少女たちがいなくなれば、残るのはいつもの顔ぶれだった。

「あ、とわくんと一色さんも、お帰りですか?」

 そっと立ち上がったとわは、ひとつうなずいて、うつむきがちに階段へ向かった。一色が小さく眉を寄せて、心配そうにあとにつづく。絵莉におじぎすることも忘れない。

 ――まずかったかな。

 とわの姿に、胸がひやりとした。

「とわくん、居心地悪かったのかも?」

 となりで丸まっていたお雪さんが、鼻をひくひくと動かす。

「そうかもしれませんね。ですが図書室はみんなを受け入れる場所ですから。とわくんだけを特別扱いにはできませんし」
「それは、そうなんだけどさ」

 さきほど、少女たちが親子で帰っていく様子を、とわはじっと見つめていた。うらやましいような、悲しいような――。子どもにはしてほしくない眼差しだった。彼の寂しさを、増やしてしまったかもしれない。

 せっかくとわが図書室を心地いいと思ってくれていたのに、嫌な思いはさせたくない。でも少女たちだって大切な利用者だ。お雪さんが言うように、とわだけを特別扱いはできない。

「あの子たち、明日も来るって言ってたね。とわくんも来てくれればいいんだけど」

 絵莉はお雪さんの背中をなでた。不安が胸にわだかまって、重く暗い灰色を飲み込んだ気分だった。



 懸念に反して、つぎの日も、とわは来てくれた。少女たちも約束どおりに訪れた。絵莉はとわを気にしつつも、少女と絵を描いたり、宿題をする姿を眺めたりして過ごした。彼女たちは図書室を気に入ってくれたようだ。それはうれしい。

 けれど、とわが気になってしまう。

 とても居心地が悪そうで、その体が小さくしぼんでいくようだった。色づいていたやわらかそうな頬からも、色が抜け落ちていく。

「とわくん、大丈夫?」

 そう訊いてみた。とわは無言で、浅くうなずくだけだった。

「困ったことがあったら、言ってね」

 つづけた言葉に、とわはなにも言わない。

 ――大丈夫かなあ……。

 そう思いつつ、絵莉は踏み込めずにいた。
 
 結論から言えば、大丈夫ではなかったのだと思う。その数日後のことだ。

 とわがまた、いなくなったと連絡があった。
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