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三章 月の下で明かされる決意
(一)
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朝食を済ませたあと食後の紅茶をフィアンが味わっていると、食堂にナイジェルが入ってきた。彼が珍しく自分から話しかけてきたかと思えば、急に今夜舞踏会に参加すると言う。
「少し前に招待状が届いていたんだが、君に伝えるのを忘れていた」
「ちょっと待って、舞踏会ってどこの……?」
「王宮で開催される、宮廷舞踏会だ」
フィアンは言葉を失う。
そんなに大きな舞踏会に参加することを、当日まで伝え忘れていたなんて。
相変わらずのいい加減で大雑把な性格に、フィアンは頭を抱える。
当の本人は伝えるべきことは伝えたとばかりに「夕方には出発するから」とだけ言い残して、さっさと食堂を出ていった。
ナイジェルは朝食を摂らないタイプで、昼は外で食べることが多い。夜も大抵どこかに出掛けているので、二人で食事をするということはほぼ無かった。
すれ違いの生活で夫婦の会話ができないことも原因ではあるのだろうが、せめて大事なことは前もって伝えてほしい。
結婚するときに一応舞踏会用の豪華なドレスを一着だけ仕立てていたから今回はよかったものの、もし着ていくドレスがなかったらどうするつもりだったのだろう。
このようなことが続けば、着ていくドレスが無くて当日に参加を辞退するという失礼を働きかねない。同じドレスを短期間の内に何度も着回すということはできないのだから。フィアンだってそれくらいは知っている。
グランジェ子爵家は財で成り上がった貴族だ。その妻が同じドレスを何度も着回しているなんて憶えられたら、財政状況を疑われてしまう。子爵家の商売にも影響がでる。ナイジェルだってそれは理解しているだろうに。
当主となっても、長男として甘やかされて育った性格は簡単には直せないということか。
フィアンはため息を吐く。
(──ん? 待って、王宮ってことは……アベルと会うかもしれないってこと?)
そのことに思い至り、一昨日の記憶が蘇って一気に顔が熱くなった。心臓がドクドクと音を立てて脈が早くなる。
一昨日はアベルと身体を繋げた後そのまま眠ってしまい、夕食の時間になり侍女が声をかけても起きなかったようで、目が覚めたのは外が薄明るくなり始めた朝だった。
アベルとのことは何かの悪い夢だったのではないかと思いたかったが、下腹部に残る違和感と残滓が、まぎれもない現実だったのだと物語っていた。
朝早くから湯浴みを終え、もしかしたら今日もアベルが来るんじゃないかとずっとそわそわしていたが、その日、彼は結局姿を見せなかった。
どんな顔をして次会えばいいのかわからなかったから、正直ほっとした。
けれどそれと同時にさらに落ち込んだのも覚えている。
なぜアベルの訪問がないことにがっかりしたのか、自分でもよくわからない。
純潔を無理やり奪われたのだから、顔も見たくないと憤慨していても当然なのに。
だけど今のフィアンはアベルに対する怒りよりも、これからどうすればいいのかという困惑のほうが大きかった。
当分ナイジェルはフィアンを抱く気はないようだが、それもいつまでかはわからない。
ナイジェルが妻の処女喪失に気づく前に、なにか手を打たなければ。
そしてそれを相談できる相手は、フィアンの純潔を奪った当人である、アベルだけなのだった。
「少し前に招待状が届いていたんだが、君に伝えるのを忘れていた」
「ちょっと待って、舞踏会ってどこの……?」
「王宮で開催される、宮廷舞踏会だ」
フィアンは言葉を失う。
そんなに大きな舞踏会に参加することを、当日まで伝え忘れていたなんて。
相変わらずのいい加減で大雑把な性格に、フィアンは頭を抱える。
当の本人は伝えるべきことは伝えたとばかりに「夕方には出発するから」とだけ言い残して、さっさと食堂を出ていった。
ナイジェルは朝食を摂らないタイプで、昼は外で食べることが多い。夜も大抵どこかに出掛けているので、二人で食事をするということはほぼ無かった。
すれ違いの生活で夫婦の会話ができないことも原因ではあるのだろうが、せめて大事なことは前もって伝えてほしい。
結婚するときに一応舞踏会用の豪華なドレスを一着だけ仕立てていたから今回はよかったものの、もし着ていくドレスがなかったらどうするつもりだったのだろう。
このようなことが続けば、着ていくドレスが無くて当日に参加を辞退するという失礼を働きかねない。同じドレスを短期間の内に何度も着回すということはできないのだから。フィアンだってそれくらいは知っている。
グランジェ子爵家は財で成り上がった貴族だ。その妻が同じドレスを何度も着回しているなんて憶えられたら、財政状況を疑われてしまう。子爵家の商売にも影響がでる。ナイジェルだってそれは理解しているだろうに。
当主となっても、長男として甘やかされて育った性格は簡単には直せないということか。
フィアンはため息を吐く。
(──ん? 待って、王宮ってことは……アベルと会うかもしれないってこと?)
そのことに思い至り、一昨日の記憶が蘇って一気に顔が熱くなった。心臓がドクドクと音を立てて脈が早くなる。
一昨日はアベルと身体を繋げた後そのまま眠ってしまい、夕食の時間になり侍女が声をかけても起きなかったようで、目が覚めたのは外が薄明るくなり始めた朝だった。
アベルとのことは何かの悪い夢だったのではないかと思いたかったが、下腹部に残る違和感と残滓が、まぎれもない現実だったのだと物語っていた。
朝早くから湯浴みを終え、もしかしたら今日もアベルが来るんじゃないかとずっとそわそわしていたが、その日、彼は結局姿を見せなかった。
どんな顔をして次会えばいいのかわからなかったから、正直ほっとした。
けれどそれと同時にさらに落ち込んだのも覚えている。
なぜアベルの訪問がないことにがっかりしたのか、自分でもよくわからない。
純潔を無理やり奪われたのだから、顔も見たくないと憤慨していても当然なのに。
だけど今のフィアンはアベルに対する怒りよりも、これからどうすればいいのかという困惑のほうが大きかった。
当分ナイジェルはフィアンを抱く気はないようだが、それもいつまでかはわからない。
ナイジェルが妻の処女喪失に気づく前に、なにか手を打たなければ。
そしてそれを相談できる相手は、フィアンの純潔を奪った当人である、アベルだけなのだった。
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