ダイアモンド・ダスト

柑奈木

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38.私が主役?

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「手紙破ったの、桜だと思ってたからあんなひどいことしちゃったの。でも、私の勘違いだったみたい」

 申し訳なさそうに手を合わせる光咲を見ながらも、私は首を縦にも横にも振ることが出来なかった。

 今まで散々仲間外れにして悪口言ってきたくせに。あまりの豹変ぶりに警戒するとともに、虫のよさに腹が立った。

「許してもらえないかな」

「……」

「そうだよね。許してもらえないよね」

 悲しそうな顔で何度も頭を下げてくる。

「……いいよ、もうボロボロだったし」

 本当は許すつもりは微塵もない。

 でも、しょんぼりとした姿を見せられると、突き放すことが出来なかった。

「そう、よかった!桜が優しい人で」

 私の言葉を聞いた瞬間、光咲の顔はけろっと明るくなった。まるで、今までの一連の出来事がなかったかのような調子になる。

「ねーねー、お詫びといっちゃなんだけどさ、桜お姫様役やらない?」

「え、何言ってるの?お姫様役は琴乃でしょ」

 まさか、本気で琴乃を下ろすつもりなのか。たった、一度もめただけで。

「あんな最低野郎にお姫様なんて務まらないよ。それこそ桜みたいな優しい子がやるべきだよ」

「む、むりだよ。お姫様なんて私にはできない。琴乃みたいにかわいくないし、演技したことないし……」

 第一、琴乃に冤罪を着せたうえに、役からも引きずり下ろすなんてできない。そんなの間違ってる。

「何言ってんのよ。桜は琴乃と違って大人っぽさはないけど、背低いし、童顔だから妹キャラとして人気出るんじゃないかな」

「そんな大役、私には……」

 何とか向こうから引き下がてくれないかと言葉を紡ぎ出す。しかし、強引な性格の美咲にとっては私の訴えは弱すぎた。

「あーもー、うじうじ言ってないで早くクラスTシャツに着替えに行こ!」

 光咲と彩夏が私の腕を引っ張って廊下へ連れ出した。気弱な私はその手を振りほどくことも出来ず、戸惑いながら二人に従う。
 
 後ろから笑美が私の鞄を持ってそろそろとついてくる。

 このまま階段を降りて更衣室へ向かうんだろう。もともとCDのボタンを操作するだけの予定だったから今日は制服のままだった。

 なんて勝手な人たちなんだ。

 腕を引っ張られながら心の中で軽蔑した。あくまでも心の中で。

 私はひたすら自分の臆病な心を呪う。

 更衣室に着くと数人の女子が話しながら着替えていたが、授業終了直後や作業終了時刻に比べれば人口密度は高くなかった。

「早く、早く!」

 遠足に行く前日の子供みたいに私のことをせかしてくる三人。私は言われるがままにオレンジ色のTシャツに腕を通す。

「ぼさっとしてないで行くよ!今からだと他のクラスに後れを取ることになるんだから」

 まだ私はやるとも言っていないのに、三人は私がやる前提でどんどん話を進めていく。

 私が三人に引きずられるようにして教室に戻った時には、教室では小道具の制作がもくもくと進められていた。

 岡本君がいない代わりに河野さんが的確に指示を出していた。

 光咲は河野さんにお礼を言うと、床に放っていた自分の台本を拾ってから私に向き直る。

「今日は台本見ながらでもいいから、セリフ合わせと立ち位置確認だけしよう」

 台本は役割に関係なく、クラス全員に配られている。それに、今まで何度も演技練習には立ち会っているのでセリフあわせはそこまで苦労しないだろう。

「ねえ、本当に私がやるの?」

「まだ、そんなこと言ってるの?いい、桜もたもたしてると岡本のこと琴乃にとられちゃうよ」

「で、でも……」

「本当にこのままでいいの?なんでもかんでも琴乃に負けっぱなしで。ずっと二番手でいるつもり?」

「……」

 私は即答できなくて俯いた。

 琴乃はかわいくて、器用で、欠点という欠点なんてない。

 私は琴乃と正反対。不器用で、勉強も運動も容姿もダメ。

 でも、琴乃のそばにいられたらそれでいい。二番手でもいい。おまけでもいい。そう思ってたのに、岡本君と琴乃がうまくいってるところを見て、ものすごく悔しかった。

 初めて、琴乃に勝ちたいって思った。岡本君にとっては一番でありたい。

「私……一番になれるのかな?」

「何言ってるの。当たり前じゃん!人生は自分が主役って言うでしょ」

 彩夏が私の背中を叩いてくる。

 ……岡本君にとっての一番になれるなら、やってもいいかな。

 私をかばってくれた琴乃を裏切りたくないという気持ちが消えたわけじゃない。でも、ここで琴乃に主役を譲ったらまた琴乃に負けちゃう。それは、嫌だ。

「今日は雨でたまたま岡本がいたけど、普段はあいつ部活でいないから私が代わりに王子役やってるの。今度の土日に通しのリハやるからそれに間に合うように練習していこう。大丈夫、まだ時間はあるよ」

 光咲が私の肩を叩いて励ましてくる。

「うん、頑張る」

 いつの間にか、私の心はお姫様役を引き受けようという気持ちに変わっていた。

 私は、どこまでも醜い人間だ。
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