魔王、猫になる。

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第4話 魔王、懐かしい夢を見る。

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 我輩は魔王である。名はトラ吉。

 昨晩は懐かしい夢を見た。

 それは、我輩がこの屋敷の主人に拾われた時のことだ。

 今でも鮮明に覚えておるぞ。

 この世に生まれた直後は普通の猫だった。

 転生した直後であったため、前世の記憶が曖昧だったのだ。

 だが、次第に記憶が蘇り、我輩は魔王である事を思い出した。

 ちょうどその頃だっただろうか、親に捨てられたのは。

 だが、別にそのような事は気にしておらん。

 魔界でもよくある事だ。

 その後は飢えに苦しんだものだ。

 魔王である我輩とて、順風満帆な時ばかりではなかったのだ。

 先代から引き継いだ魔界での統治も、初めはうまくいかず底辺に落ち、苦い汁をすする日々が続いたこともあった。

 だが、この世界での飢えはそんな生易しいものではなかった。

 食えないということがこんなにも悲しく惨めで苦しいものかと、その時初めて知ったのだ。

 生きるために、全てのプライドを捨てなければならなかった。

 食うためならゴミを漁った。

 喉が乾けばうす汚れた雨水をすすった。

 夜は寒さに凍えて落ち葉に潜った。

 だがそれも限界だった。

 とある日、もうダメかと思いふらふら歩いておると、ある屋敷からいい匂いが漂ってきたのだ。

 そこで記憶が途切れておるが、どうやらその屋敷の窓辺に我輩は倒れていたらしい。

 我輩はその屋敷の親切な人間に拾われ、一時的に世話になることになった。

 その人間には今でも感謝しておる。

 人間は我輩と同じような境遇の同族を何匹か一時的に保護しておった。

 保護された同族の中にはすでに大きくなった個体もおったな。

 皆の顔にはそろって不安の色があった。

 今でもその顔は脳裏に焼き付いておる。

 あれは、来て欲しくない自分への「順番」を待っている顔だ。

 だが、人間も必死にこやつらの主人となる者を探しているようであった。

 この人間は高齢に見えるが、よくやっておると感心したものだ。

 だが、日に日に同志達の数は減っていった。

 ある日、人間は我輩の前に檻を置き、我輩をその中へと誘導した。

 どうやら「順番」とやらが我輩にも来たようだった。

 もともと、我輩もこの人間には長くは世話にはなれんだろうと、既に覚悟は決めておった。

 抗うこともせずに堂々と檻に入ってやったわ。

 魔王たる我輩が取り乱すなど許されんからな。

 その後は「じどうしゃ」という不思議な荷馬車に乗せられた。

 余談であるが、なんとその荷馬車は馬がなくても走ったのだ。

 ありえん!

 流石の我輩もこの不思議な現象に取り乱してしまい、咆哮を上げてしまったがな。

 程なくして、「どうぶつびょういん」と呼ばれる場所に到着した。

 これも余談だが、現在はその場所を「地獄のような拷問をされる場所」と認識している。

 「どうぶつびょういん」についてはまた今度語るとしよう。

 その室内は、さまざまな種族の悲鳴で埋め尽くされており、皆、何かに怯えていたようであった。

 だが、我輩は魔王。

 こんなことで怖気付いたりはしない。

 さぁ、どうとでもするがよい。

 そう胸を張って、怯えた奴らに魔王の威厳を放ってやったのを今でも覚えておる。

 人間は「どうぶつびょういん」の従者と何か話した後に、檻に札を掛けた。

 札には値段でも書いてあったのだろうか。

 だが、あの人間は我輩を売り飛ばすような輩には見えんかった。

 この世界の文字は読めんが「もらってください」というような文字が書いてあったと記憶している。

 人間は札を掛けると、愛しい我が子を見るような目で我輩を見ると、その場から去っていった。

 やはり、もう面倒はみてはもらえないようだ。

 これが、その人間を見た最後の日であった。

 人間よ大義であったぞ。

 それぐらいは伝えたかったが、人の言葉も話せぬこの身なのでな。

 許せよ、人間。

ーーー

 だいぶ時間が経ったようだ。

 思わず寝てしまっていた。

 その時、「どうぶつびょういん」のドアが開いた。

 本日何度目の開閉か。

 もう見飽きたぞ。

 だが、ドアを開けた人間は我輩を見るや、目の前に立ち止まってなかなかその場を離れようとはしないのだ。

 今までの人間達は皆、我輩を見るや一言二言話すとどこかへ行ってしまったが、この人間はちょっとばかしおかしかったようでな。

 まさか、我輩が魔王であることに気づいてしまったのかと、肉球に汗をかいたほどだ。

 その人間は、「どうぶつびょういん」の従者と何か話すと急いで駆けてどこかへ走り去っていった。

 なんとも騒々しい人間かと。

 程なくして、何か得体の知れない大きな入れ物を持ち、再び現れた。

 人間は、また従者としばらく話した後、羊皮紙に何か書き留めた。

 直後、檻の上が開け放たれ、我輩はその人間に抱きかかえられた。

 その時は、こやつに何をされるのかと構えておったが、久しぶりの温もりで、次第に緊張がほぐれていった。

 なっ! 我輩が緊張などするはずがなかろう。

 ただ、悪意がないことを確認できたというだけだ。

 その後、我輩は人間の持ってきた大きな入れ物に入り、またあの魔の荷馬車「じどうしゃ」に乗せられ、現在の屋敷に連れてこられたのである。

 つまり、その人間が今の主人であるのだ。

 だが、助けた者が魔王だったのが運の尽きだな。

 我輩はいずれこの世界を我がものとする者なのだからな。

 この世が我輩のものになった暁には、そうだな、主人①②よ、貴様らが懇願するならば特別に我輩の従者として近くに置いてやっても良いぞ?

 だから……別に感謝などしてはおらんぞ。

 そうなのだ! この間、体重を測って適正量だとか抜かして我輩への贄を減らしたであろう!

 気づかんとでも思ったか!?

 ゆるさん! 前言撤回だ!

 やっぱり貴様らも奴隷にしてやるぞ!

 だが、改めて思い返すと、当時の保護されておった同志は、その後元気でやっておるだろうか。

 「どうぶつびょういん」でも、我輩と並んで迎えを待つ同志もいたのだ。

 おそらく「順番」とは、「どうぶつびょういん」に送られる順番で、あの屋敷から同志が減ったということは主人が見つかったということなのだろう。

 しかし、世の中は広い。

 皆が同じように救われる者ばかりではなかろう。

 全てが救われる世界などありえんかもしれんが、我輩がこの世を支配した暁には、皆が幸せになれるよう同志たちのためにも最善を尽くそうではないか。

 それこそが魔王たる器よ。

 それまでは、我輩も魔界には帰れんかもしれんな。

 だが、それもまた一興なり。

 では、志半ばにして散っていった同志達へ少しでも報いるために、我輩は今日という日を全力で生きようではないか。

 そう、その時が来るまでは。

ーーー

作者コメント

トラ吉がどう思っていたかはわかりませんが笑
トラ吉を譲り受けた経緯はノンフィクションです。
猫に限らず、同じような境遇で失われる命が少しでも減ることを作者は願っております。

※現在の屋敷に来て間もない頃の魔王
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