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野分彩斗

初詣 1

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「調べてみたんだけど、近場にあるとこに天満宮なかったからさ。じゃあ氏神様でいいかって思って」
 神社への道を歩きながら、野分が話す。年始の挨拶は今朝顔を合わせた際にようやくした。既に三箇日も過ぎ、明後日から新学期になる。
「氏神様って?」
「誰だったかな、とりあえず豊穣の神様だったと思う」
 曖昧極まりないことを言いながら、野分が足を進める。いくら学校がある地域とはいえ、氏子どころか本当の住民ですらないのだから無理もないが。
 新年の住宅地は明るいが、人気は多くない。時折、散歩中の住民とすれ違う程度で、たどり着いた神社の境内には人の姿も見えなかった。鎮守の森と呼ぶには木も少なく、どこか寂しい雰囲気だ。真新しい注連縄がかかっているから、手が入っていることだけはわかった。
「宮司さんや巫女さんはいないの? それとも、社務所にいるのかな」
「どうかな、一人でいくつかの神社を受け持ってるって話だったし、いないかも。まあ、巫女はいないっぽいか」
「そうだね、大きい神社でしか見かけないし」
 鳥居の下で会釈をし、境内にお邪魔する。神社は通常、左側通行だ。手水舎で身を清め、拝殿に向かう。視線を上げると、祀られている神の名前が掲げてあるのがわかった。しかし、文字が掠れて大明神の三文字しか読み解くことができない。
「読めないね」
 見上げて言う氷川に、野分が笑うように息を吐いた。
「あっちに案内板があるから、気になるなら見て帰るか」
「そうだね、あと一年はお世話になるんだから、名前くらい見ていこうか」
 財布から出した硬貨を賽銭箱に落とし、鈴を鳴らすとからからと軽やかな音が響いた。
 参拝の作法はたいてい二礼二拍手一礼で問題ないはずだ。頭を上げて手を合せ、目を伏せてから少し考えた。願い事は、特にない。今の時点で充分恵まれている。敢えて望むならば、変わらぬ心身の健康だろうか。そんな風に考えながら、曖昧な挨拶の言葉を頭の中で並べる。お世話になっていますくらいは、述べておくべきだ。
 簡単なお祈りを終えた氷川は、開放された拝殿の扉を覗き込む。御守りの籠があり、破魔矢の縦長の籠もある。膳のようなものに、畳まれた紙が山となっているのが気になっていた。
「一回百円ね……野菜ならぬ、おみくじの無人販売、いや販売じゃなくて頒布か」
「こんなのがあると、やっぱり宮司はいない気がするな」
 氷川同様に拝殿内を覗き、野分が財布を出す。
「ひくの?」
「せっかく来たんだ、貰ってく。氷川は?」
「んー……そうだね、せっかくだから」
 実は年始に両親と古川一家と共に行った先で、平という少々変わったものを引いた。健康に気を付けろ、待ち人は来ない、失せ物は見つかりづらいと、これは凶ではないのだろうかと考え込んだ記憶はまだ新しい。間を置いたので、新しいものを貰っても許されるだろう。
 財布から銀色に光る百円玉を取り出し、賽銭箱に入れる。
「これって選んでいいのかな」
「いいだろ。かき混ぜちゃえ」
「うん、それじゃあ失礼して」
 山の中から畳まれた紙を一枚選んで、階段を下りる。氷川の後で選んだ野分も下りてきて、糊を剥がそうとする手を止めた。
「待った。折角だから一つ賭け……いや勝負……あ、そうだ例のお願い消化していい?」
「お願い? なんだっけ」
「テスト対策してる時の保留にしたやつがあるだろ」
 呆れたように言われて、おぼろげな記憶が曖昧な形を成す。何せ一ヶ月以上前だ、十二月は随分と慌ただしく、記憶の隅に追いやられてしまっていても責められるほど薄情ではないと思いたい。
「そういえば、そんなものもあった、かな」
「おまえからのお願いも保留になったままなの、結構気になってたんだけど、その様子だと完璧に忘れてたな」
「ええと、ごめん」
 言い訳のしようもなく、潔く謝った。野分が嘆息し、すっと手を上げた。形の良い指がメロイックサインから薬指も立てた形になって、咄嗟に一歩下がる。てのひらで額をガードすると、野分が行儀悪く舌打ちした。
「逃げんな」
「誰だって逃げるよ、痛い目に遭うって分かってて受け入れるわけないでしょ」
「忘れてた罰だって。まあいいけど……その代わり、お願いごとは自動承諾な」
 内容も知らない内から了承をもぎ取られ、氷川は眉を寄せた。野分といるとこういう事が多い気がする。気付けば彼の望む形に物事が収まっている。今だって、改めて考えれば、野分は氷川の額を本気で狙っていたわけではなく、ささやかな暴力と痛みという恐怖でもって氷川の行動をコントロールしたようなものだった。
「やり口がせこいんだよ……お願いって何?」
「巧妙って言って欲しいな。そうだな、運勢が良かった方が、悪かった方に幸運を分け与える、でどうだ」
 畳まれたままのおみくじを人差し指と中指で挟み、ひらひらと振る。小さく畳まれた紙は、風を受けてもなびこうともしない。
「おみくじで? 不謹慎じゃないかな」
「どうして?」
「見て貰った運勢に優劣つけるようなものでしょう」
「それ言ったら、凶だったら結んで帰るってのも優劣の結果だし、そもそも吉だの凶だのがある時点で優劣はついてるんじゃないか」
 野分が手振りで近場の木を示す。桜だろうか、肌の黒い木の枝には沢山の紙が結ばれていた。綺麗な結び目もあれば、不格好に風に揺れているものもある。後者は非利き手で結んだものかもしれない。
 野分の台詞は正論だ。神社の提示する運勢には大抵、善し悪しがあり、優劣がある。氷川は反論を諦めた。
「わかったよ。じゃあ開けてみよう」
「うん。ええと……末吉か」
 紙を破らないよう、そろりと開く。薄い紙が風にはためいた。
「こっちは、吉だね。末吉ってどんなことが書いてあるの?」
 興味本位に訊ねるのと、野分は淡々と内容を読み上げた。全体を通して、あまり明るいトーンではない。避けよ、控えよが目立つ。読み終わった野分が苦笑した。
「ま、大人しくしてろって所か」
「勉強は地道にやれって言われてたね」
「そうだな。そっちは?」
「俺は、んー……真面目に頑張れ、かね」
 差し出された手に、細長い紙を渡す。彼は目を細めて検分し、唇の端に笑みを刻んだ。
「縁談、人の口舌に惑わされるな、ね」
「さすがに結婚する予定はないよ」
「でも、恋愛、今の人が最上迷うなって書いてある」
「恋人もいないのに、今の人って言われてもね」
 肩をすくめて手を出すと、おみくじが帰ってくる。それでも元旦の平よりは分かりやすく、悪くない運勢だった。
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