嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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横峰春久

平和な放課後

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「カラオケ行こう!」
 午前の授業が終わるなり氷川の元へやってきた赤田は、開口一番そう言った。机を片付ける手を止めて、氷川は赤田を見上げる。
「今日これから?」
「うん。だめ? 川口も白沢も丸山も大原もいるよ」
「追加講習出ようと思ってたんだけど……赤田くんたちは出なくていいの?」
 土曜日の放課後は、学内に外部講師を招聘して追加講習会が開かれる。その週の授業を補い、翌週の授業の予習の助けとなるような、いわば塾や予備校の講義のようなものだ。出席は義務ではないし、たとえばその週の授業が難しかったり、欠席してしまったなど、その週だけ、特定の科目だけ出席することも可能だ。氷川は通常は追加講習までは出ていないことが多いが、ここ最近は文化祭の準備で学習が疎かになってしまっていたので出ることにしたのだ。
 氷川の問いに、赤田は苦い表情で頬を撫でた。
「うん、まあ」
「平気ならいいんだけど、俺は一昨日の小テストがやばかったから勉強しときたくて。だからごめんね」
「あー、そうなんだ。氷川は俺らより忙しかったもんね……そっか……」
 途端に落ち込んだ表情で肩を落とす赤田の様子に、氷川は小さく笑みを漏らした。椅子を立ってその肩を叩く。
「また誘ってくれる? 川口くんたちにも謝っといて」
「あ、待って、じゃあ明日は?」
 慌てたように氷川に問いかけた後、赤田が大きな手振りで川口たちを呼ぶ。怪訝そうな表情で川口と白沢、丸山がぞろぞろとやって来た。大原は日直の仕事中だ。
「どした?」
「お疲れ、氷川。なんかあったん?」
 丸山と白沢に問われて、赤田がちらりと氷川を一瞥する。
「午後の講習出るから今日無理なんだって。だから明日ならどうなのかなって」
「ふうん、真面目だな。明日はいいの?」
「うん、大丈夫」
 頷いた氷川の頭を、川口がぽんぽんと撫でる。身長も変わらない川口にそういう真似をされるとなんだか不思議な気分になったが、されるがままに他の面子を見遣った。
「明日な、いいんじゃね、天気も悪くなさそうだし」
「今日ちょっと天気悪いもんね」
 スマートフォンを操作して頷いた白沢に、丸山が窓を見遣って追従する。空は薄暗く、小雨がぱらついていた。氷川と同様、湿気の影響を受けやすい癖毛を押さえて、丸山が嘆息する。その頭を乱雑に撫でて、川口が小さく頷いた。
「んじゃ、今日はやめて明日にすっか。十時集合で、飯食ってから遊ぶ」
「いいけど、川口起きれんの? いっつも昼過ぎまで寝てんじゃん」
 赤田が半眼で問うと、川口がその肩に手刀を叩きつけた。痛いと悲鳴を上げる赤田に、白沢と丸山が遠慮のない笑声を上げる。その二人の額を弾いた後で、川口が赤田を睨め上げた。
「おまえが起こすに決まってんだろ。九時には起こせよ」
「はいはい」
「川口さあ、来年になったらどうすんの、一人で朝起きれるの?」
 苦心して笑いを収めつつ、白沢が訊ねる。川口は渋面を浮かべて、首の後ろを掻いた。
「そんなん……どうにかするし」
「だったら今からどうにかしてよ」
 呟いた川口に、赤田が悲壮な声を上げる。益々渋い表情になる川口に、白沢が苦笑してその背を叩いた。丸山が苦笑して、氷川に申し訳なさそうな視線を向ける。彼らの賑やかさは決して嫌いではないので、気にしなくていいと首を横に振った。
 川口と赤田は本当に仲がいい、というよりも川口が赤田に甘えているのがよくわかる。来年度になっても、結局は合い鍵でも渡された赤田が川口を起こして連れてくる様子が目に浮かぶようだ。おそらく同じ光景が見えているだろう白沢が、川口と赤田の背を叩いた。
「いつまで言い合いしてんの、飯食って午後どうするか決めようぜ」
 そう促されて、ああと川口は軽く頷いた。
「そうだった、悪いな騒いで。また明日、場所は後で連絡する」
「わかった、明日ね」
 口々に別れの言葉を述べて去って行く。途中、集団から白沢が外れ、大原に声を掛けに行くのを見届けて、氷川は息を吐いた。明日はカラオケと頭の中にメモを取って、中断していた作業を再開する。まずは早々に昼食を摂らなければならない。鞄を持って立ち上がった所で、教室の後ろ側に横峰が立っていることに気付いた。
「あれ、横峰くんどうしたの?」
「昼、一緒にどうかと思ったんだけど、あっという間に川口軍団に囲まれてたじゃん、様子見してた」
「そうだったんだ、明日遊びに行く約束したんだよ。横峰くんは食堂?」
 そのつもりと肯定した横峰と並んで廊下に出る。廊下はまだ生徒の姿が多く、活気があった。足を動かしながら、氷川は思い出して唇に笑みを浮かべる。
「それにしても、川口軍団って言い方も凄いよね。わかるけど」
「あいつら川口くんがいればそれでいい勢いだからね。何がそこまでさせるんだか」
「川口くんは頭いいし、話してて面白いから分からなくはないけどね、付き合いいいし、俺は好きだな。赤田くんたちほどべったりにはなれないけど」
 我儘で図々しい所もあるが、なんだかんだ面倒見の良い川口は、赤田たちと共に、転入してきて右も左も分からなかった氷川にも色々と親切にしてくれた。文月と並んで恩人として感謝と好感を抱いている。それに彼は知識が豊富で記憶力が良く、ユーモアもある。共通の趣味もあり、会話の相手としてはほとんど理想的だ。だが横峰は納得がいかないのか、低く唸って唇を引き結んだ。
「横峰くんは川口くんが苦手なの?」
「苦手ってこともないけど、取り巻きが多いからあんまり話さないかもね」
 氷川の問いを曖昧に濁して、横峰が話はそこまでというように話題を切り替える。横峰も友人が多いタイプなので意外ではあるが、あえてそれ以上追及する必要もない。氷川も素直に話の流れに乗った。

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