嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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十月

消えた絵画 6

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「他に絵を描いてる人もいるよね。前に校庭とか、中庭で見たことあるよ」
「そうだ、外で油絵描いてる人な、いたいた」
「……それって、有名?」
 岩根のことか、それとも他にも戸外制作を行なう生徒がいるのかが知りたかった。だが、この二人は岩根の名前を知らなかったから、そこまでは知らないだろう。んん、と唸った丸山が教室を見回し、声を上げた。
「赤田、ちょっと来て」
「なにー?」
 呼ばれた赤田が腰を上げ、軽やかな足取りでやってくる。眠たそうに対応していた川口が机に突っ伏した。
「おはよー、氷川。どしたの」
「おまえ知り合い多いじゃん、岩根って知ってる?」
 丸山に尋ねられて、赤田が首を傾げた。長めの直毛がさらりと流れる。
「岩根先輩? いつも外で絵描いてる人でしょ」
「赤田くん、それって有名な話?」
 こともなく答える赤田に、氷川は慌てて訊ねる。赤田は驚いたように目を見張ってから、こくりと頷いた。
「そこそこ有名だと思うよ。去年はコンクールで入賞してたし、晴れてれば大抵、どっかでイーゼル立ててるから」
「そうなんだ。その他に、外で絵を描いてる生徒っている?」
「どうだろう……いつもってのは、いないんじゃない? たまに描いてるってくらいなら、美術部でも趣味でもいるだろうけど。誰か、写生してた人でも探してるの? 特徴分かれば探せるかもよ」
 不思議そうな赤田が、助力を申し出てくれる。人懐こくて善良な赤田の笑顔に、申し訳なさがこみ上げた。氷川は笑顔を取り繕って首を横に振る。
「ちょっと気になっただけだから。ありがとう」
「ん、それならいいや。あ、美術部と言えばさ、新聞見た? 絵が盗まれたって書いてあったよね」
 新聞とは、新聞部の校内新聞のことだ。金曜日締め切り、月曜日発行を原則としているが、月曜日が休日の場合は火曜日に発行される。娯楽の少ない学内では、共通の話題として細かく読まれ、話題にも上る。
 ちなみに新聞そのものは、大手新聞社の新聞を学校が各紙一括購入して、生徒が望めば読めるようになっているのだが、そちらはどれだけ読まれているのか謎だった。
「新聞は見てないけど、盗まれたのは知ってる。ギャラリーに飾ってあった、睡蓮の絵だよ」
「そうなんだ……て、なんで知ってるの?」
 大原が驚いた顔で見下ろしてくる。大きな目が見開かれ、四白眼になって少し怖い。
「たまたまその辺にいたせいで容疑者になったから」
「氷川よく色んなもんに巻き込まれるな……」
 丸山が同情の眼差しで肩を叩いてくれる。氷川は反論できずに苦笑した。
「まあ、疑いは晴れたし。絵も戻ってきたらしいよ」
「え! 何それどういうこと?」
 赤田が驚いたように声を上げる。何人かの生徒がこちらを振り向き、赤田と大原の姿を確かめて興味を失ったように視線を戻す。説明しろという眼差しに、氷川は頬を撫でた。
「さっき美術部の人と会って、そう言われただけだよ。詳しいことは知らないし」
「そうなんだ。じゃあ詳しいこと分かったら教えてね」
「うん。でも、新聞部のが速いかも」
「それでも、一次情報に近いほうが正確だもん」
 赤田が教科書に書かれた情報リテラシーの基礎のようなことを、軽い口調で言う。詳しいことなど分かる気もしないが、これは頷かなければ梃子でも動かないパターンだ。渋々了承することにした。
「分かった。なんか分かったら教えるよ」
「約束だよ。じゃあね」
 満面の笑みで頷くと、赤田が駆けるように席に戻っていく。楽しそうに川口を起こす様子から視線を戻すと、丸山と大原に覗き込まれた。
「岩根さんって先輩と、その絵は関係あるの?」
「まだ分かんないよ、ごめんね」
 濁して誤魔化すと、二人は仕方ないなと言いたげな様子で、それ以上の追及を諦めてくれた。
 一時限目の準備をしながら、氷川は机の上を見つめた。
 どうして盗んだのかならば、いくつか可能性を挙げられる。その作品が好きで、手元に置いておきたいから。その作品が嫌いで、飾られていること我慢ならないから。高く売れると思ったから。誰かへの嫌がらせ。考えれば他にもあるかもしれない。だが、どうして返されたのかとなると、極端に幅が狭くなる。罪悪感に駆られて――それは盗む前に気付いて欲しい。大それた事をしたと怖くなった――一週間以上も経ってから? 不要になった――だからといって返却するか?
 そう、返却するのは不自然だ。学校側も多少は警備を強めている。元の場所に戻すのは危険な行為だ。どうしても返却したかったら、事務室にでも置いていけばいい。わざわざ元の場所に戻さずとも。
 ほとんど授業に集中できないうちに、午前中が過ぎた。
 授業を終えて、食事の前に特別教室棟の最上階に向かった。戻ってきたという睡蓮の絵を見ておきたかったからだが、着くとそこには神森の姿があった。
「神森くん、来てたんだ」
「ええ、朝一番に涌井くんが報せてくれまして、ようやく来られました」
「戻ってきて、良かったね」
 神森の隣に立って、睡蓮の絵を眺める。神森が日本人の手によるものだと表現した、微細な筆遣い。今はもう埋め立てられてしまった睡蓮の池の水面に浮かぶ、緑色の丸い葉。白く艶やかで、徐々に紅色に染まる花びら。柔らかい円を描くのに、先端はつんと尖ったその造形美を、絵筆が繊細に再現している。確かにとても綺麗な絵だ。しかし、覗き込むようにじっと絵を見つめる神森は眉をひそめていた。
「神森くん?」
 呼びかけた氷川を見ないまま、彼は小さく唇を動かした。
「……違う」
「え?」
 呟かれた声に、氷川は思わず聞き返していた。神森は絵から視線をそらさず、氷川にも分かるように言い直す。声はとても冷静で、だからこそ違和感がある。
「この絵は、岩根祥三氏の作品ではありません」
 神森の言葉に、頭の中でかちりと何かが動いた気がした。ぐるぐると頭の中で勝手に計算がなされてく感覚がある。物事の算段なんて、いつだってそうだ。無意識が好きに組み立てて、答えだけを意識に向かって弾き出す。
 氷川には分からないが、神森が言うならばそうなのだろう。この絵は岩根祥三の作品ではない。可能性は二つだ。岩根の描いた絵が誰かの模倣ないし贋作で、こちらが元々の作品であること。あるいは、誰かが岩根の絵を真似て描いたのが、この絵であること。
 氷川は神森の腕に手を置いた。ほとんど無自覚の行動だったが、神森は鬱陶しがるでもなく振り向いた。
「どうしました?」
「ちょっと、一緒に来てくれないかな。確かめたいことがあるんだ」
 そう告げると、神森は目を細めた。
「奇遇ですね。僕もです」

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