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九月
修学旅行 3:あるいはタンシチューの素晴らしさについて
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二日目の午前中は福島に留まり、鶴ヶ城の天守閣を見学し、土産と文化祭の展示のために赤べこ作りを体験してから、宮城県に向かった。宿泊施設は指定されているものの、福島・宮城間の移動は各班の裁量に任されているため、自由度が高い。旅の楽しさは計画段階にこそあるとも言われるが、事前の調査や準備はもちろんのこと、そうして計画した旅程をこなしていくのもまた楽しいものだった。
「お腹減った」
新幹線で仙台市に移動した開口一番、氷川が呟いた。まだ正午にはならないが、ランチメニューが食べられる時間帯だ。それを確かめた文月が眉を上げる。
「朝飯を食べないからだ。それであれだけ歩き回れば、腹が減って当たり前だな」
「朝ご飯食べるように身体ができてないんだよ」
「俺も腹減った。つうか文月は平気なの?」
白沢が腹を撫でる。文月が嘆息した。
「白沢もヨーグルトしか食ってなかったか……先に済ませれば残りの時間を有効に使えるのは確かだしな。どこの店にする?」
「正直、並んでなければどこでもいいけど、一応調べてきた」
「タンシチューが食いたい」
「本場の牛タン初体験だからオーソドックスなの希望」
いきなり変化球を投げる白沢に言い返して、駅の出口に進路を取った。駅構内にも牛タン専門店は何店舗もあるが、目当ての店は構内の店舗ではランチメニューを取り扱っていない。
ロータリーを抜け、店に入る。予想通り混雑していたが、そこまで並んではいない。幸運に感謝して、列についた。
「福島って牛タン食べれる?」
「東京でも食べれる程度には」
「本場に近いのに?」
「日本にいながら本場の外国料理が食べれる時代に、距離なんて関係ないっしょ」
「ドライだな」
スマートフォンを弄りながら感想を述べる文月の声に、非難の色はない。白沢が唇の片端だけを引き上げて、フェイスラインを指で撫でた。
「合理的って言ってよ」
前の団体が店員に呼ばれていなくなる。行儀良く前に詰めた所で、後ろにまた団体がついた。
「豪勢なお昼ですね」
聞き覚えのある声に、氷川はそちらを振り向く。そこには、生徒会副会長の神森の姿があった。後ろに三人、同じ制服の生徒がいるから、彼らも一つの班で、これから昼食なのだろう。
「神森くんこそ」
「そうですね、やはり仙台に来たからには牛タンだろうと彼に言われまして」
少しだけ奇妙な余白を取って、神森が隣の生徒を示す。いきなり話を振られても動じることなく、彼はにこやかに頷いた。
「俺たちもそうだよ。ね?」
「ああ。名物に美味いものなしというのは嘘だ」
「そうそう、とろっとろに煮込んだタンシチューは最高だから」
「そうですか。試してみます」
自己紹介もしていないだろうに、白沢の発言を鵜呑みにして神森が頷く。まあ、ここまで言うならきっと美味しいのだろうけれど、牛タンらしさはどの程度残っているんだろう。
そんなやりとりをしていると、店の奥から店員がやってきた。
「お待ちの三名様、お席がご用意できましたが……そちらの皆様もお近くの席がよろしいでしょうか?」
親しく話をしていたためか、困った表情で訊かれる。三人は座れるが、七人分の席はないらしい。ちらりと神森を見遣ると、かぶりを振られた。
「いいえ、大丈夫です」
「そうですか、ではこちらへどうぞ」
案内する店員に続こうとすると、あ、と神森が声を上げた。
「氷川くん、午後はどこへ行かれますか?」
振り返ってみた神森の視線が、奇妙に冷ややかに感じて背筋が強張る。なんでもない質問が、探るように感じたのは何故だろうか。氷川は唾を飲んで、今日の予定を思い浮かべた。
「青葉城跡を見学して、時間があったら古墳や寺でも見に行くつもりだよ」
「そうですか……それなら行き先は重なりませんね。同じでしたら、一緒に回ってお話でもと思ったのですが」
相変わらず探るような視線のまま、神森が本当に残念そうに言う。彼のことはいまひとつよく分かっていない。人当たりの良い、丁寧な人柄だと思っていたのだが、それはごくごく表面的なものだったのだろうか。
「神森くん達はどこへ行く予定なの?」
「七ヶ浜町まで足を伸ばそうと思っています」
「そっか。じゃあ、またね。お先に」
「ええ、ごゆっくり」
神森に背を向け、既に歩き出している店員や文月の後を追う。なんだか嫌な気分で、自然と早足になった。
座席に落ち着いて、めいめいランチメニューを注文する。千円を超える価格は、ランチとしては高額だが、内容的にはむしろリーズナブルなほうだろう。メニューを片付けて、氷川は文月に視線を向けた。
「ね、文月くん、俺、神森くんに何かしたかな」
唐突な問いかけに、文月が眉を寄せる。白沢がえ、と間抜けな声を上げた。
「夏休み中のボランティアで迷惑かけたのがまずかったかな……」
「神森に何か言われたのか?」
「何も。ただなんとなく……神森くんも疲れてたのかな……」
態度が悪かったということもない。普段通り愛想の良い笑顔だったし、丁寧な対応だった。雰囲気というものは伝えづらいし、改めて思い返せば気のせいにも思えてくる。氷川は頬をかいて、お冷やを飲んだ。
「気のせいだと思う。変なこと言ってごめん」
「そうか?」
「うん。神森くん達は七ヶ浜町に行くんだって。七ヶ浜って何があるの?」
「悪い、そこまで行ったことねえから知らねえわ」
氷川の問いに、残念そうに白沢が答える。スマートフォンを操作して、文月が目を細めた。
「海に近くて、サーフィンができるみたいだな。岬部分に灯台がある。文化施設に農場……貝塚資料館……どちらかというと海が見所みたいだ」
「なるほど……意外と観光目的っぽいね」
「神森だっけ? あれ副会長じゃん、真面目そうだったのに」
白沢が首を傾げる。文月がスマートフォンから顔を上げる。
「真面目だよ。だからこそ、ハメ外したくなったとかかもな」
「そういうこともあるのかね。おまえらも?」
「俺はいつでも好きにやってる」
「俺も適当だけど」
白沢の問いに、文月と氷川が口々に答える。白沢が元々細めの瞳を更に細くした。
「そんなら良かった――あ、シチュー定食俺です」
丁度良いタイミングで盆を運んできた店員に、白沢が手を上げる。牛たんシチュー定食と、牛たん定食が二つ。食欲をそそる香りに、胃がきゅうと動いた。
余談だが、一口分けてもらったタンシチューはとろとろで超がつくほどの逸品だった。
「お腹減った」
新幹線で仙台市に移動した開口一番、氷川が呟いた。まだ正午にはならないが、ランチメニューが食べられる時間帯だ。それを確かめた文月が眉を上げる。
「朝飯を食べないからだ。それであれだけ歩き回れば、腹が減って当たり前だな」
「朝ご飯食べるように身体ができてないんだよ」
「俺も腹減った。つうか文月は平気なの?」
白沢が腹を撫でる。文月が嘆息した。
「白沢もヨーグルトしか食ってなかったか……先に済ませれば残りの時間を有効に使えるのは確かだしな。どこの店にする?」
「正直、並んでなければどこでもいいけど、一応調べてきた」
「タンシチューが食いたい」
「本場の牛タン初体験だからオーソドックスなの希望」
いきなり変化球を投げる白沢に言い返して、駅の出口に進路を取った。駅構内にも牛タン専門店は何店舗もあるが、目当ての店は構内の店舗ではランチメニューを取り扱っていない。
ロータリーを抜け、店に入る。予想通り混雑していたが、そこまで並んではいない。幸運に感謝して、列についた。
「福島って牛タン食べれる?」
「東京でも食べれる程度には」
「本場に近いのに?」
「日本にいながら本場の外国料理が食べれる時代に、距離なんて関係ないっしょ」
「ドライだな」
スマートフォンを弄りながら感想を述べる文月の声に、非難の色はない。白沢が唇の片端だけを引き上げて、フェイスラインを指で撫でた。
「合理的って言ってよ」
前の団体が店員に呼ばれていなくなる。行儀良く前に詰めた所で、後ろにまた団体がついた。
「豪勢なお昼ですね」
聞き覚えのある声に、氷川はそちらを振り向く。そこには、生徒会副会長の神森の姿があった。後ろに三人、同じ制服の生徒がいるから、彼らも一つの班で、これから昼食なのだろう。
「神森くんこそ」
「そうですね、やはり仙台に来たからには牛タンだろうと彼に言われまして」
少しだけ奇妙な余白を取って、神森が隣の生徒を示す。いきなり話を振られても動じることなく、彼はにこやかに頷いた。
「俺たちもそうだよ。ね?」
「ああ。名物に美味いものなしというのは嘘だ」
「そうそう、とろっとろに煮込んだタンシチューは最高だから」
「そうですか。試してみます」
自己紹介もしていないだろうに、白沢の発言を鵜呑みにして神森が頷く。まあ、ここまで言うならきっと美味しいのだろうけれど、牛タンらしさはどの程度残っているんだろう。
そんなやりとりをしていると、店の奥から店員がやってきた。
「お待ちの三名様、お席がご用意できましたが……そちらの皆様もお近くの席がよろしいでしょうか?」
親しく話をしていたためか、困った表情で訊かれる。三人は座れるが、七人分の席はないらしい。ちらりと神森を見遣ると、かぶりを振られた。
「いいえ、大丈夫です」
「そうですか、ではこちらへどうぞ」
案内する店員に続こうとすると、あ、と神森が声を上げた。
「氷川くん、午後はどこへ行かれますか?」
振り返ってみた神森の視線が、奇妙に冷ややかに感じて背筋が強張る。なんでもない質問が、探るように感じたのは何故だろうか。氷川は唾を飲んで、今日の予定を思い浮かべた。
「青葉城跡を見学して、時間があったら古墳や寺でも見に行くつもりだよ」
「そうですか……それなら行き先は重なりませんね。同じでしたら、一緒に回ってお話でもと思ったのですが」
相変わらず探るような視線のまま、神森が本当に残念そうに言う。彼のことはいまひとつよく分かっていない。人当たりの良い、丁寧な人柄だと思っていたのだが、それはごくごく表面的なものだったのだろうか。
「神森くん達はどこへ行く予定なの?」
「七ヶ浜町まで足を伸ばそうと思っています」
「そっか。じゃあ、またね。お先に」
「ええ、ごゆっくり」
神森に背を向け、既に歩き出している店員や文月の後を追う。なんだか嫌な気分で、自然と早足になった。
座席に落ち着いて、めいめいランチメニューを注文する。千円を超える価格は、ランチとしては高額だが、内容的にはむしろリーズナブルなほうだろう。メニューを片付けて、氷川は文月に視線を向けた。
「ね、文月くん、俺、神森くんに何かしたかな」
唐突な問いかけに、文月が眉を寄せる。白沢がえ、と間抜けな声を上げた。
「夏休み中のボランティアで迷惑かけたのがまずかったかな……」
「神森に何か言われたのか?」
「何も。ただなんとなく……神森くんも疲れてたのかな……」
態度が悪かったということもない。普段通り愛想の良い笑顔だったし、丁寧な対応だった。雰囲気というものは伝えづらいし、改めて思い返せば気のせいにも思えてくる。氷川は頬をかいて、お冷やを飲んだ。
「気のせいだと思う。変なこと言ってごめん」
「そうか?」
「うん。神森くん達は七ヶ浜町に行くんだって。七ヶ浜って何があるの?」
「悪い、そこまで行ったことねえから知らねえわ」
氷川の問いに、残念そうに白沢が答える。スマートフォンを操作して、文月が目を細めた。
「海に近くて、サーフィンができるみたいだな。岬部分に灯台がある。文化施設に農場……貝塚資料館……どちらかというと海が見所みたいだ」
「なるほど……意外と観光目的っぽいね」
「神森だっけ? あれ副会長じゃん、真面目そうだったのに」
白沢が首を傾げる。文月がスマートフォンから顔を上げる。
「真面目だよ。だからこそ、ハメ外したくなったとかかもな」
「そういうこともあるのかね。おまえらも?」
「俺はいつでも好きにやってる」
「俺も適当だけど」
白沢の問いに、文月と氷川が口々に答える。白沢が元々細めの瞳を更に細くした。
「そんなら良かった――あ、シチュー定食俺です」
丁度良いタイミングで盆を運んできた店員に、白沢が手を上げる。牛たんシチュー定食と、牛たん定食が二つ。食欲をそそる香りに、胃がきゅうと動いた。
余談だが、一口分けてもらったタンシチューはとろとろで超がつくほどの逸品だった。
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