1 / 1
種を蒔く人
しおりを挟む
「死ぬまで種を蒔き続けなさい」
私はそんな呪いをかけられました。
「一度種を蒔いた所には決して戻ってはいけません。貴方に美しい花を見る資格はありません」
私は人を殺しました。
妊婦を殺しました。
「さあ、行きなさい」
母胎の暖かさを思い出して、ひどく泣きたくなったからです。
私は種を蒔いています。
なぜこの罰を与えられたのか、わかりません。
自分が蒔いた種から咲く花が美しいかどうかも知りません。
罪を嘆く事はしません。
罰せられる事すら私にはありがたいのです。
罰せられることで、私は自らが人である事を生々しく実感しているのです。
種を蒔いている私の顔がどんなに陰鬱でも、痩せた体躯がどんなに惨めでも、私は今、人として罪を受けているのです。
陰鬱に体を引きずって、乾燥した手で種を蒔きます。
それを、いくらでも繰り返します。
日が沈むまで。
あるいは、もっと長い目で見るならば、私の命が尽きるまで。
時は既に夕刻であります。
じめじめと空が曇り、雨が降り始めました。
そのまま、種を蒔きながら直進すると、トンネルに差し掛かりました。
先の見えないトンネルです。
真っ暗なトンネルです。
種を蒔きながら、私はトンネルの中に入りました。
いやに寒く、それでいて湿気があります。
湿気は私にまとわりつきます。
いくらか歩いて、振り返ってみると、入口が見えません。
出口も見えない、完全なる暗闇に、私は放り出されたのです。
私はそっとしゃがみ込みました。
このトンネルは私以上に陰鬱なのです。
もしかしたら、あの妊婦の胎内は、私に殺された瞬間に、これほど鬱々とした暗闇になったのかもしれない。
私の暖かさへの渇望が、一人の幼子を暗闇へ投じたのかもしれない。
その瞬間、私は己が償いの意味を理解しました。
そして、私の短い一生をかけても、償えないことも。
私はうずくまりました。
まるで何かが全体重をかけて私にのしかかっているようなのです。
強烈な吐き気が私を襲います。
けれど、貧相な体躯からは透明な胃液がわずかに出てくるのみです。
惨めでした。何もかもが。
罪を与えられた事を喜んでいた愚かな私が、
身勝手に命を奪った浅はかな私が、
癒えない暗闇を作り出した私が、
そして、美しい花を見る価値のない私が。
生まれてこの方、暖かさを手に入れられなかった。
愚かなことに、自らの手でそれを壊してしまった。
汚らしい涙が、地面に落ちました。
まるで暗闇に溶けていくようでした。
トンネルの中に、私の嗚咽とくぐもった雨の音が響きます。
どれほどそうしていたのでしょう。
雨の音が止んで、私の嗚咽だけが聞こえるようになりました。
私は立ち上がりました。
泣く暇があるのなら、罪を重く抱いた今の私は、この気休めの償いを命ある限りするのです。
無心に歩きました。
手から種を落としながら。
歩きながら、口からは嗚咽が漏れていました。
やがて、トンネルの外が見えてきました。
何事かと思いました。
何かが、宝石のようにキラキラと輝いているのです。
外に出ました。
冷涼な風を、全身で受け止めました。
雨に濡れたアスファルトが、ナトリウム灯の光を受けて輝いているのです。
まるで別世界でした。
私が罪を起こさなかったら、生きていたかもしれない世界。
この向こう側にはもっと美しい世界があるのではないかと思わせました。
じっと向こうをみると、潤む星が撒き散らされたような、そんな道が続いていました。
私は手を伸ばしました。
足を一歩前に踏み出そうとしました。
けれど、アスファルトに種は蒔けないのです。
私はトンネルの中へ消えて行きました。
私はそんな呪いをかけられました。
「一度種を蒔いた所には決して戻ってはいけません。貴方に美しい花を見る資格はありません」
私は人を殺しました。
妊婦を殺しました。
「さあ、行きなさい」
母胎の暖かさを思い出して、ひどく泣きたくなったからです。
私は種を蒔いています。
なぜこの罰を与えられたのか、わかりません。
自分が蒔いた種から咲く花が美しいかどうかも知りません。
罪を嘆く事はしません。
罰せられる事すら私にはありがたいのです。
罰せられることで、私は自らが人である事を生々しく実感しているのです。
種を蒔いている私の顔がどんなに陰鬱でも、痩せた体躯がどんなに惨めでも、私は今、人として罪を受けているのです。
陰鬱に体を引きずって、乾燥した手で種を蒔きます。
それを、いくらでも繰り返します。
日が沈むまで。
あるいは、もっと長い目で見るならば、私の命が尽きるまで。
時は既に夕刻であります。
じめじめと空が曇り、雨が降り始めました。
そのまま、種を蒔きながら直進すると、トンネルに差し掛かりました。
先の見えないトンネルです。
真っ暗なトンネルです。
種を蒔きながら、私はトンネルの中に入りました。
いやに寒く、それでいて湿気があります。
湿気は私にまとわりつきます。
いくらか歩いて、振り返ってみると、入口が見えません。
出口も見えない、完全なる暗闇に、私は放り出されたのです。
私はそっとしゃがみ込みました。
このトンネルは私以上に陰鬱なのです。
もしかしたら、あの妊婦の胎内は、私に殺された瞬間に、これほど鬱々とした暗闇になったのかもしれない。
私の暖かさへの渇望が、一人の幼子を暗闇へ投じたのかもしれない。
その瞬間、私は己が償いの意味を理解しました。
そして、私の短い一生をかけても、償えないことも。
私はうずくまりました。
まるで何かが全体重をかけて私にのしかかっているようなのです。
強烈な吐き気が私を襲います。
けれど、貧相な体躯からは透明な胃液がわずかに出てくるのみです。
惨めでした。何もかもが。
罪を与えられた事を喜んでいた愚かな私が、
身勝手に命を奪った浅はかな私が、
癒えない暗闇を作り出した私が、
そして、美しい花を見る価値のない私が。
生まれてこの方、暖かさを手に入れられなかった。
愚かなことに、自らの手でそれを壊してしまった。
汚らしい涙が、地面に落ちました。
まるで暗闇に溶けていくようでした。
トンネルの中に、私の嗚咽とくぐもった雨の音が響きます。
どれほどそうしていたのでしょう。
雨の音が止んで、私の嗚咽だけが聞こえるようになりました。
私は立ち上がりました。
泣く暇があるのなら、罪を重く抱いた今の私は、この気休めの償いを命ある限りするのです。
無心に歩きました。
手から種を落としながら。
歩きながら、口からは嗚咽が漏れていました。
やがて、トンネルの外が見えてきました。
何事かと思いました。
何かが、宝石のようにキラキラと輝いているのです。
外に出ました。
冷涼な風を、全身で受け止めました。
雨に濡れたアスファルトが、ナトリウム灯の光を受けて輝いているのです。
まるで別世界でした。
私が罪を起こさなかったら、生きていたかもしれない世界。
この向こう側にはもっと美しい世界があるのではないかと思わせました。
じっと向こうをみると、潤む星が撒き散らされたような、そんな道が続いていました。
私は手を伸ばしました。
足を一歩前に踏み出そうとしました。
けれど、アスファルトに種は蒔けないのです。
私はトンネルの中へ消えて行きました。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
命の音が聴こえない
月森優月
現代文学
何も聞こえない。私の世界から音が消えた。
その理由が精神的なものだなんて、認めたくなかった。
「生きてる意味ってあるのかな」
心の中で声が聞こえる。それは本当に私の声なのだろうか。
心の奥に眠る、かすかな命の音。
その音に気付いた時、私の世界は少しずつ動き出す。
これは、何も聞こえない世界で足掻く少女の再生の物語。


思うこと
奈月沙耶
現代文学
自慢じゃないけど、わたしの小さなころの夢は玉の輿に乗る事だった。幼稚園の七夕飾りの短冊に「金持ちの男の人とケッコンしてお金持ちになりたい」って書いて先生たちの度肝を抜いた。
そんな私が大人になって思うこと。
inspiredsong「想うこと……」椎名恵
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる