薩摩が来る!

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第四章 ステッフェルン平原決戦編

第三話 喧騒の草原

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 センジュは、連日例の辺境伯様のところへ出かけている。そして決まって、笑みを浮かべながらアタシたちの泊まる宿へと帰ってくる。鼻歌でも歌い出しそうなセンジュを見るのは初めてのことだった。

 終始上機嫌なセンジュとは対照的に、オヤジは難しい顔をすることが増えた。アルレーンの主力部隊は、じきこのケンプトへも到着するそうだ。傭兵団の出発の日も迫ってきている。

 たまりかねたように、オヤジがセンジュに例の件を切り出した。今後、傭兵団を出ていくのか、残ってくれるのか--。聞きたいことはそれだけだった。

「サツマ殿、お前さん、これからどうするんで」
「どうも、なか。こんユッサば、おいは傭兵団としてこっへ来とりもす」

 オヤジは安心したように大きく息をすると、にっかりと笑みを浮かべてセンジュの背を叩く。

「そうかそうか、安心したわい。では今回も頼むぞ、サツマ殿」
「うむ。じき、出陣じゃな」

 その後のことについては、何もなかった。この戦いが終わったら、センジュはどうするのだろう。オヤジもそのことについては口を挟まない。センジュもそれを知ってか知らずか、自分から話すことはなかった。

 今日もセンジュは辺境伯様のもとに出かけるらしい。その肩には銃を一丁、吊り下げている。今日はその背中を追う気にはなれなかった。

 ◇ ◇ ◇

「野郎ども、待たせたが出陣じゃ。気張っていくぞい」
「ヤー、親父殿」

 集結した傭兵団に向かってオヤジがいつもの調子で大声をかける。賑やかな町を名残惜しげにする者がいるかと思ったけれども、皆気持ちを切り替えたのか真剣な目をしている。アタシは少しこの傭兵団をみくびっていたのかもしれない。

 センジュとジャマルが何か話し合っている。そしてどうやらミスラロフも呼ばれたようだった。この三人が集まっているのは、なかなかに珍しい。

「ジャマルさぁ、弾と火薬でごわすがの」
「ああ、その件ですか。あいにく町でもなかなか補充ができませんでして」
「そっことなら、心配なか。あるれーん軍の方から、種子島と合わせて補充してくれっと」
「なんと、それができれば助かるのですが、いったいどうやって」

 どうやらセンジュは辺境伯様との繋がりを使って、アルレーン本軍から銃の補充を受けることに成功したらしい。ずいぶんと親しげだったけど、こんなに融通がきいてしまっていいのだろうか。

「型ば違おちょるかもしれんからの、確認はするが」
「それは私が見ておきま、しょう」
「助かりもす。付いてきてもらえんかの、ミスラロフさぁ」

 といっても弾薬の補充ができるのであれば、万々歳だった。ニクラス傭兵団の主力は、今となってはこの貴重な銃部隊なのだ。他の傭兵団があまりに銃を羨ましそうに見てくるので、荷物番の数を増やして強盗に備えるまでするほどになっている。

 これだけの数の傭兵団が集まればいざこざが起きるのは当然のことで、盗難騒ぎも珍しくなかった。警戒するに越したことはないのだ。

 センジュはミスラロフを連れて出かけて行ったようだった。傭兵団の連中も何があったのかと不思議がっている。

 センジュの身の上については、アタシたちを除いて団員には知らされていない。知ってどうにかなるわけではないけれども、互いの素性については本人が言わない限り放っておくのが傭兵団というものだった。

 オヤジの声に従って傭兵団は進み始める。アタシも慌ててその隊列に加わることにするのだった。

 ◇

 合流したアルレーン本軍はアタシの想像以上の規模だった。迫力ある騎兵部隊を筆頭に、どこから揃えたのか大量の銃部隊、そして貴族様の魔法部隊まで足並み揃えて行軍してくる。

 そのあまりの迫力に、団員たちも声を失っている。今回の作戦とやらは相当に大掛かりなものであることが一目でわかるものだった。なんだか、一緒に戦場にいるのが場違いな気までしてくる。

 オヤジはあまり気にしていないのか、ひゅう、と口笛を吹くとジャマルを呼び出していた。

「アルレーンの軍は、銃をあんなに持っとるのか」
「はい。サツマ殿が言うには、実戦で投入するのは初めてなんだとか」
「うーむ。それではちいと心許ないのう」

 それが本当なら、もしかするとニクラス傭兵団はこの軍の中でも一線級の精鋭部隊なのかもしれない。何せ何度も銃を使った戦いを繰り返してきたのだ。

 それなら気後れする必要もないな、と気を取り直していると、センジュとミスラロフが戻ってくるのが見えた。

 ミスラロフはいつもの眠たげな表情が一変している。きっと、大量の銃に囲まれて幸せだったのだろう。興奮を隠せないようにセンジュに早口で語りかけている。

 そんないつものニクラス傭兵団の前方を、颯爽とアルレーン軍が馬蹄の音を響かせて行進していく。青い草原が、鉄錆色に染まっていった。

 ◇

「ニクラス傭兵団とは、こちらですか。総司令殿がお呼びです。至急、お越しください」

 呑気に行軍している傭兵団のもとに、前方のアルレーン軍の伝令が二騎、馬を飛ばしてやって来た。伝令の兵士とはいえ、その佇まいには気品が感じられる。すっと伸びた背筋で命令を伝えるその姿に、傭兵団の無骨な雰囲気しか目にしてこなかったアタシは少し気圧されていた。

「総司令官じきじきにとは、たまげたのう」
「おそらく、おいも絡んでおる。付いて行ツイジってもようごわすな」
「それは心強いのう。ジャマル、しばらく指揮を任すぞい」
「ヤー、親父殿」

 センジュは曳いていた馬に飛び乗ろうとして、しばらく思案しているようだった。オヤジは馬には乗れないし、そのことでも考えているのだろうか。

「おんしも、同行せい。種子島ん撃ち手ば要りイッもす」
「えっ、アタシも?」

 予想外の呼び出しに驚くアタシを差し置いて、センジュは銃を担ぐとほれ、と馬上から手を差し出した。乗れ、ということだろうか。

 固まっているアタシをセンジュは軽々と引っ張り上げ、その前に座らせてくれた。一気に視界が開ける。これまで見上げていた兵士たちの背中を見下ろすかたちになった。

 馬上からの眺めを楽しむ間もなく、センジュが馬の腹を蹴り上げる。それを合図に馬は速度を上げていった。

「ずず、ずいぶん、揺れ、るんだね」

 油断すると舌を噛んでしまいそうだった。頭を下げて体勢を取ることに必死なアタシの声に、センジュは答えない。先導する伝令の馬を追って、アルレーン軍の中を駆けて行く。

 顔に当たる風が心地よい。景色が今までにない速度で後ろに流れていく。途中兵士たちが驚いた目でこちらを見てくるのに気づいたが、今となってはそれもどうでも良かった。馬上の景色に喜びの声をあげるアタシの後ろで、センジュは何も言わずに馬を走らせていた。

 しばらく駆けた後、どうやらアタシたちは指揮官様のもとに到着したようだった。伝令が馬を下り、こちらです、と案内を始める。

 束の間の旅路に名残惜しさを感じているアタシの後ろを、センジュが急かすように馬から飛び降りていった。

 しかし、馬に乗ったことすらないのに降り方がわかるわけがない。覚悟を決めて飛び降りたはいいものの、アタシは体勢を崩して尻餅を突いてしまった。

 センジュはそれを見て、しまったという表情をしている。この異人に気遣いを求める方が間違いなのだ。一連の行動を見ていた兵士たちも、不思議な顔をしてアタシたちを見ている。

 こうなれば緊張も何もあったものではない。先を行く伝令の兵士にアタシは堂々と従うことにするのだった。

 ◇

「キーレ、久しいな。とにかく無事で、生きていて、何よりだった」
「大将どん、お久しゅうごわす。只今、戻りもした」
「ヨーゼフから報告を聞いた時は耳を疑ったぞ。お前、傭兵団にいるそうだな」

 馬上の指揮官らしき貴族様に対しても、センジュは物怖じせずに話しかけている。アタシは一礼したまま、頭を上げられないというのに。

「で、ごわ。呼ばれたんは、種子島んこっじゃな」
「相変わらず勘がいいな。その通りだ。再会早々に悪いが、また力を貸せ」
「心得もした。おっつけ、傭兵団の団長さぁが来るはずぞ。話は、そいからでごわ」
「わかった、それまで待つとするか」

 そう言うと指揮官様は颯爽と馬を下り、周りの兵に指示を出し始めた。お付きの者に手綱を預け、護衛の兵を従えてこちらに歩いてくるようだ。アタシはまだ、頭を下げたままでいる。

「そこの者も、そう固くならなくていい」

 優しげな声にようやくアタシも顔を上げる。そこにいたのは、金色の長い髪をたなびかせた長身の、どこか野生味を感じさせる男だった。どうやらこの人が指揮官様らしい。

「で、その子は誰なんだ、キーレ。もしかしてお前、嫁を娶ったのか? マリアンヌのやつが悲しむぞ」

 陽気に笑うその声には、偉ぶった貴族様の態度は一切感じられない。センジュもその軽口に親しげに答えている。

「こいは、撃ち手じゃ。ニクラス傭兵団は、娘っ子も種子島ば操る」
「ほう、それは大したものだ。正直、アルレーンには良い銃兵が少ない。訓練はさせたのだが、まだ不安でな」

 指揮官様が驚きの表情を浮かべる。こんな小娘まで銃を使えるのか、とでも思ったのだろうか。

「大将どんは、伯爵ばなったそうじゃの」
「なるにはなったが、この称号は俺にとっていわば呪縛だな。以前のように呼んでくれるのは、もうお前ぐらいだ」
「で、ごわすか」

 ふう、と指揮官様はどこか寂しそうに息を吐いている。

 そこに、伝令に連れられてオヤジがやって来た。駆け足だったのか、息を切らせている。

「傭兵団の団長の、ニクラスと申します。何かご用で--」
「そう改まらないでもいい。ガラル砦では、苦労をかけたな」
「ああ、あなた様はいつぞやの」
「バスティアン=オルレンラントだ。で、呼び出したのはだな」

 指揮官様改めオルレンラント伯爵が呼び出したのは、銃部隊の運用についてだった。

 アルレーンではリガリア軍から鹵獲したこの新兵器の大量生産に成功したものの、その用い方については頭を悩ませているらしい。敵軍の運用を参考にはしているようだが、色々と工夫を聞きたいようだった。

 本来なら指揮官直々に話を聞くなんてあり得ないことだけれども、どうやらこの貴族様も相当の変わり者らしい。センジュの知り合いとやらの貴族様は、皆こうなんだろうか。

「リガリア軍はおそらく出てくるだろう。城内の民は帝国の者だ。彼らを抱えて城に籠るとは思えん」
「こうだだっ広いと、難儀じゃな」
「正直、銃の撃ち合いになると敵側に分があるな。なんとか騎兵を動かしたいのだが」
「種子島ば、何丁ほどありもすか」
「ざっと三百といったところだろう。これが限度だ」
「おいんとこで指揮ば、させてもらえんかの」
「全部とは言わんが、任せる。お前がいると聞いて、そのつもりでいた」

 どうやらオルレンラント伯爵に、センジュは相当の信頼を寄せられているらしい。ようごわす、と言って軽く快諾してしまった。

 アルレーンに来てからというもの、本当にこの異人には驚かされてばかりだ。オヤジもそれを聞いて、目を丸くしている。

「銃と銃の戦いになるが、どうする」
「特にできることも、ないがの。寝撃ちば、仕込んでおく」
「そうか。主立った隊長を集めておく。俺からの指示と言えば、問題あるまい」
「承知じゃ。腕がなるのう」

 センジュの口角が上がる。これから始まる大戦さとやらに心躍らせているのだろうか。オヤジもアタシも、二人の会話に呑まれて一言も口を挟めなかった。

 もしかしてセンジュは、これを狙ってアタシを連れて来たのだろうか。ニクラス傭兵団が銃の扱いに熟達していると、知らしめるために。相変わらず、戦いのこととなると頭が回る異人だった。

「近衛兵を一人、付けておく。おいヨシュア、キーレのいる傭兵団のもとに付いてやれ」
「はっ。承知しました」
「ニクラス殿も、それで構わないな」
「は、はあ。ワシでよければ、ですがのう」

 オヤジもどこか自信なさげだ。ヨシュアと呼ばれた兵に細々とした指示を与えて、オルレンラント伯爵は爽やかに去っていった。

 一人センジュだけが、口元を緩めて地平の先を見つめている。草原が、ざわめき始めていた。
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