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第三章 傭兵稼業編
第六話 傭兵団、始動
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せっかくの暖かな朝だというのに、何やら家が騒がしい。階下に降りてみると、オヤジとジャマル、そしてセンジュが深刻そうな表情で話をしている。
「ということで、ガラリア軍はテロルランドへも侵攻してきているそうで」
「国境近くの領主から、依頼がどさっと来るかもしれんのう」
「春を迎えたところで、また攻勢に出てきたそうです」
「おちおち春の訪れを喜んでもいられんわけじゃな」
「冬ん行軍は、そんなに難儀でごわすか」
「そりゃあサツマ殿、好き好んで雪の中やってくる連中なんていませんよ」
「ジャマル、傭兵団への依頼があったら適当に選んでおいてくれんかね」
「ヤー、親父殿。できるだけ近場で、金払いのいいやつを探しておきます」
どうやら春の暖かさに浮かれているのはアタシだけのようだった。
雪解けを待ってか、リガリア軍は再び攻勢に出てきたらしい。西方のアルレーン地方を標的に、大攻勢をかけているそうだ。このテロルランドも無関係というわけにもいかず、ガラリア軍の部隊が侵攻してきたのが確認されている、というのが現状らしかった。
おそらくまた、オヤジは団員を集めて戦場に向かうことになるだろう。この厳しい冬で財布を空にしてしまった団員も多いはずだ。彼らにとって、この戦争は渡りに船となるに違いなかった。
◇ ◇ ◇
数日後、ジャマルがまた我が家にやって来ていた。手に何やら丸めた羊皮紙らしきものを大事そうに抱えている。
「親父殿、依頼を持って来ました。カウフキルヘンの御領主からです」
「カウフキルヘンか、ここからだとそこそこに近いな」
「テロルランドまで手を出すとは、ガラリアは随分と兵力に余裕がありそうですね」
「案外、食いつめ者たちを国外へ遊ばせてるだけかもしらん」
「それでは我々と似たようなもんですな。で、報酬の方なんですが」
「ほほう、これはなかなか気前がいい」
「子爵様ともなればこれぐらいは出せるでしょう。今回は城内での防衛戦が主、とありますね」
「となれば、銃の出番も増えるな」
「はい、団員たちも扱いに慣れてきた頃です」
「新生ニクラス傭兵団のお披露目、といくかな」
今回の依頼はカウフキルヘン子爵かららしい。ここから三日ほどの、アルレーンに近い地域の領主だ。
出兵となれば、数日で団員たちが集まるだろう。アタシも、それまでに準備をしておかなければいけなかった。
◇ ◇ ◇
「サツマ殿、持っていくのはそれだけでいいんかね」
「そいでようごわす。新しか甲冑も拵えてもろうたからのう」
「そういえば、西方での戦いでもサツマ殿は軽装でありましたな」
「おいに合う甲冑が、なかっただけじゃ。向こうば、背ん高か人が多か」
「なるほどのう。ミスラロフに頼んだんなら、間違いはないですぞ。あいつ、腕だけは確かですからな」
センジュはミスラロフお手製の鎧を身に纏っている。胴と肩、そして腰から腿を覆うように、まだ真新しい鉄の板が日差しを返していた。他の団員に比べると幾分か簡素なもので、その代わりに機敏に動けそうな印象を受ける。
おっと、こうしてはいられない。アタシにはこれからやることがあった。
「では、出かけてくる。マーサ、留守は頼んだぞい」
「いってらっしゃい、あなた。無事に帰ってくるのよ」
「アンジェ、はおらんか。父の門出というのに薄情なやつじゃい」
「まあ、お嬢もお年頃ですからねえ。こんな男臭い行列を見送りたくもないんでしょう」
こっちがこうして聞き耳をたてているとも知らず、好き勝手言っている。ニクラス傭兵団の仕事の、始まりだった。
◇
「しかし今回は随分と大荷物になりましたなあ」
「種子島は、物入りでごわ。火薬と弾ばなければ、ただの筒ぞ」
「せっかく大金はたいて仕入れた火薬だ。湿らさないようにせんといかんなあ」
「はい、雨には気をつけないといけませんな。荷馬車に屋根は付いてますが、念のため雨除けの布を被せておきましょうか」
「すまんが、頼む。それと、今回の団員は何人ほど集まりそうかね」
「この地域だと五十人ほどですかね。途中の村々で募集をかけるので、百や二百にはなるんじゃないでしょうか」
「二百か。まあ、そんなもんかな」
「使い物にならん兵もいますんで。そいつらには盾を持たせるか物資の運搬ですな。もちろん、給金はその分下げておきますが」
「手柄ばたてれば、褒美が増えるんでありもすか」
「そりゃそうです。こっちは命を張ってるんですから。この間の退却戦も、もし団員だったなら、サツマ殿には相当の額が支払われたはずですぞ」
「そいは光栄じゃの。皆、よか兵でごわした」
「ニクラス傭兵団に逃げ出す者などいませんからね、皆、親父殿に恩義がある」
「ニクラスさぁは、よう慕われとるのう」
「ははは。改めて言われると照れちまうわい」
談笑している間に、村が見えてきたようだった。団員たちの足取りも軽くなる。どうやら食料の買い出しを済ませた後、近場で野宿をするつもりらしい。
◇
「うし、皆、食事は行き渡ったかの」
「親父殿、酒を持って来たはずですが。荷車にあるんで、とって来ましょうか」
「おっと、大事なもんを忘れとったわい。頼む、ジャマル」
どうやら初日の夜から、宴会を開くつもりらしい。景気付けと言えば聞こえはいいが、退屈な行軍など酒を飲まねばやってられない、というのが本音だろう。
「とと、確かこの辺りに詰めておいたはず……」
「酒瓶なら、ここだけど」
「おお、ありがとう、お嬢。って、ええ!?」
「へへ。運搬ありがとう」
これでようやくこの狭い荷馬車を降りることができる。慌てた様子のジャミルに連れられて、アタシはオヤジのもとへと向かうのだった。
「アンジェ。自分が何をしたか、わかっておるんか」
オヤジは今までに見たことのないほど怒った表情をしている。けっしてお酒のせいではないだろうが、その顔は首まで赤く、白いものの混じった眉は眉間の皺を超えて一つにならんんばかりの勢いだ。それでも、ここで引くわけにはいかなかった。
「アタシだって戦場に行きたいんだよ。弓もできるし、ほら、銃も使える」
「戦場は狩りとは違う。お前が来るとこではない」
「危険だっていうの? 自分は何度も行っているくせに」
「ワシらは戦士だからだ。死を覚悟して戦いに臨んでおる。だが、お前は違う」
「覚悟だったらアタシだって--」
「二度は言わんぞ。とっとと帰れ」
突き放すような声に思わず怯んでしまう。他の団員たちも、何も口を挟まない。
「戦場が危険なのはわかってるよ。でもオヤジが--」
「わかっておるなら帰れ、と言っておる」
「オヤジがもし戦で死んじゃったら、アタシはどうなるの?」
「……。それは、母さんとだな」
「オヤジの稼ぎなしで、あの村で生きていけると?」
「お前も働けるだろうし、蓄えもある。傭兵団から弔慰金も出る手筈になっておる」
「知ってるんだよ。こないだ亡くなったトマスの奥さん、稼ぎがなくなって、娼館で働いてるって」
「……!」
「よくてどこかの男に嫁ぐか、またその男が死んだらそれを繰り返すか、だよ」
「アンジェ、それは」
「そういうさだめなのさ、ここで生まれたってことは」
「……」
「そういう人生なら、アタシは戦場に出たい。せめてこの命ぐらい、好きにしたっていいだろ」
「アンジェ……」
鉄拳の一つや二つは覚悟していたけれども、オヤジはそれから一言も口にしなかった。何かを言おうとして、口をつぐむ。それを数度、繰り返している。
「親父殿、家に返そうったってお嬢一人では今更無理ですよ。誰かを付けるにも、やりたがるもんはおらんでしょう」
「そう、か」
「適当なとこで人を雇って、返させましょう。なんにせよ、今夜じゃ無理だ」
「そうだな、ジャマル。お前のいう通りだ。アンジェ、しばらくはワシらに同行せい」
「ホントに? わかった、迷惑はかけないからさ」
もうかけとるんだがな、と呟くオヤジを横目に、アタシはしばらく野営地から見える星空を眺めていた。
星空を薄く覆う雲が、夜風に流れていく。その冷たさまでなんだか心地よく感じてしまって、しばらく外套も着けずに立ちつくしていた。
センジュはそんなアタシを、後ろで黙って見守っていた。もう一人分の、やや小さめの外套を両手に抱えて。
「ということで、ガラリア軍はテロルランドへも侵攻してきているそうで」
「国境近くの領主から、依頼がどさっと来るかもしれんのう」
「春を迎えたところで、また攻勢に出てきたそうです」
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「冬ん行軍は、そんなに難儀でごわすか」
「そりゃあサツマ殿、好き好んで雪の中やってくる連中なんていませんよ」
「ジャマル、傭兵団への依頼があったら適当に選んでおいてくれんかね」
「ヤー、親父殿。できるだけ近場で、金払いのいいやつを探しておきます」
どうやら春の暖かさに浮かれているのはアタシだけのようだった。
雪解けを待ってか、リガリア軍は再び攻勢に出てきたらしい。西方のアルレーン地方を標的に、大攻勢をかけているそうだ。このテロルランドも無関係というわけにもいかず、ガラリア軍の部隊が侵攻してきたのが確認されている、というのが現状らしかった。
おそらくまた、オヤジは団員を集めて戦場に向かうことになるだろう。この厳しい冬で財布を空にしてしまった団員も多いはずだ。彼らにとって、この戦争は渡りに船となるに違いなかった。
◇ ◇ ◇
数日後、ジャマルがまた我が家にやって来ていた。手に何やら丸めた羊皮紙らしきものを大事そうに抱えている。
「親父殿、依頼を持って来ました。カウフキルヘンの御領主からです」
「カウフキルヘンか、ここからだとそこそこに近いな」
「テロルランドまで手を出すとは、ガラリアは随分と兵力に余裕がありそうですね」
「案外、食いつめ者たちを国外へ遊ばせてるだけかもしらん」
「それでは我々と似たようなもんですな。で、報酬の方なんですが」
「ほほう、これはなかなか気前がいい」
「子爵様ともなればこれぐらいは出せるでしょう。今回は城内での防衛戦が主、とありますね」
「となれば、銃の出番も増えるな」
「はい、団員たちも扱いに慣れてきた頃です」
「新生ニクラス傭兵団のお披露目、といくかな」
今回の依頼はカウフキルヘン子爵かららしい。ここから三日ほどの、アルレーンに近い地域の領主だ。
出兵となれば、数日で団員たちが集まるだろう。アタシも、それまでに準備をしておかなければいけなかった。
◇ ◇ ◇
「サツマ殿、持っていくのはそれだけでいいんかね」
「そいでようごわす。新しか甲冑も拵えてもろうたからのう」
「そういえば、西方での戦いでもサツマ殿は軽装でありましたな」
「おいに合う甲冑が、なかっただけじゃ。向こうば、背ん高か人が多か」
「なるほどのう。ミスラロフに頼んだんなら、間違いはないですぞ。あいつ、腕だけは確かですからな」
センジュはミスラロフお手製の鎧を身に纏っている。胴と肩、そして腰から腿を覆うように、まだ真新しい鉄の板が日差しを返していた。他の団員に比べると幾分か簡素なもので、その代わりに機敏に動けそうな印象を受ける。
おっと、こうしてはいられない。アタシにはこれからやることがあった。
「では、出かけてくる。マーサ、留守は頼んだぞい」
「いってらっしゃい、あなた。無事に帰ってくるのよ」
「アンジェ、はおらんか。父の門出というのに薄情なやつじゃい」
「まあ、お嬢もお年頃ですからねえ。こんな男臭い行列を見送りたくもないんでしょう」
こっちがこうして聞き耳をたてているとも知らず、好き勝手言っている。ニクラス傭兵団の仕事の、始まりだった。
◇
「しかし今回は随分と大荷物になりましたなあ」
「種子島は、物入りでごわ。火薬と弾ばなければ、ただの筒ぞ」
「せっかく大金はたいて仕入れた火薬だ。湿らさないようにせんといかんなあ」
「はい、雨には気をつけないといけませんな。荷馬車に屋根は付いてますが、念のため雨除けの布を被せておきましょうか」
「すまんが、頼む。それと、今回の団員は何人ほど集まりそうかね」
「この地域だと五十人ほどですかね。途中の村々で募集をかけるので、百や二百にはなるんじゃないでしょうか」
「二百か。まあ、そんなもんかな」
「使い物にならん兵もいますんで。そいつらには盾を持たせるか物資の運搬ですな。もちろん、給金はその分下げておきますが」
「手柄ばたてれば、褒美が増えるんでありもすか」
「そりゃそうです。こっちは命を張ってるんですから。この間の退却戦も、もし団員だったなら、サツマ殿には相当の額が支払われたはずですぞ」
「そいは光栄じゃの。皆、よか兵でごわした」
「ニクラス傭兵団に逃げ出す者などいませんからね、皆、親父殿に恩義がある」
「ニクラスさぁは、よう慕われとるのう」
「ははは。改めて言われると照れちまうわい」
談笑している間に、村が見えてきたようだった。団員たちの足取りも軽くなる。どうやら食料の買い出しを済ませた後、近場で野宿をするつもりらしい。
◇
「うし、皆、食事は行き渡ったかの」
「親父殿、酒を持って来たはずですが。荷車にあるんで、とって来ましょうか」
「おっと、大事なもんを忘れとったわい。頼む、ジャマル」
どうやら初日の夜から、宴会を開くつもりらしい。景気付けと言えば聞こえはいいが、退屈な行軍など酒を飲まねばやってられない、というのが本音だろう。
「とと、確かこの辺りに詰めておいたはず……」
「酒瓶なら、ここだけど」
「おお、ありがとう、お嬢。って、ええ!?」
「へへ。運搬ありがとう」
これでようやくこの狭い荷馬車を降りることができる。慌てた様子のジャミルに連れられて、アタシはオヤジのもとへと向かうのだった。
「アンジェ。自分が何をしたか、わかっておるんか」
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「アタシだって戦場に行きたいんだよ。弓もできるし、ほら、銃も使える」
「戦場は狩りとは違う。お前が来るとこではない」
「危険だっていうの? 自分は何度も行っているくせに」
「ワシらは戦士だからだ。死を覚悟して戦いに臨んでおる。だが、お前は違う」
「覚悟だったらアタシだって--」
「二度は言わんぞ。とっとと帰れ」
突き放すような声に思わず怯んでしまう。他の団員たちも、何も口を挟まない。
「戦場が危険なのはわかってるよ。でもオヤジが--」
「わかっておるなら帰れ、と言っておる」
「オヤジがもし戦で死んじゃったら、アタシはどうなるの?」
「……。それは、母さんとだな」
「オヤジの稼ぎなしで、あの村で生きていけると?」
「お前も働けるだろうし、蓄えもある。傭兵団から弔慰金も出る手筈になっておる」
「知ってるんだよ。こないだ亡くなったトマスの奥さん、稼ぎがなくなって、娼館で働いてるって」
「……!」
「よくてどこかの男に嫁ぐか、またその男が死んだらそれを繰り返すか、だよ」
「アンジェ、それは」
「そういうさだめなのさ、ここで生まれたってことは」
「……」
「そういう人生なら、アタシは戦場に出たい。せめてこの命ぐらい、好きにしたっていいだろ」
「アンジェ……」
鉄拳の一つや二つは覚悟していたけれども、オヤジはそれから一言も口にしなかった。何かを言おうとして、口をつぐむ。それを数度、繰り返している。
「親父殿、家に返そうったってお嬢一人では今更無理ですよ。誰かを付けるにも、やりたがるもんはおらんでしょう」
「そう、か」
「適当なとこで人を雇って、返させましょう。なんにせよ、今夜じゃ無理だ」
「そうだな、ジャマル。お前のいう通りだ。アンジェ、しばらくはワシらに同行せい」
「ホントに? わかった、迷惑はかけないからさ」
もうかけとるんだがな、と呟くオヤジを横目に、アタシはしばらく野営地から見える星空を眺めていた。
星空を薄く覆う雲が、夜風に流れていく。その冷たさまでなんだか心地よく感じてしまって、しばらく外套も着けずに立ちつくしていた。
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