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第二章 アルレーン防衛戦編
第七話 タネガシマ
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ガラル砦は、相変わらず血の匂いに満ちています。リガリア軍は砦に向かって攻撃を続け、砦のアルレーン軍が応戦する、そんな景色がここ何日かずっと続いているのです。
砦にとりつこうとする敵兵を、弓の雨が襲います。火球が特大の霰のように降り注ぎます。
わたしは、ただ指示された方向に攻撃魔法を放つだけ。敵兵の顔が見えるほどの距離になっても、それは変わりません。ただ、敵に向かって放つだけ。
もう、人を撃っていることを何とも思わなくなってしまうほど、わたしの心は冷たく無機質になっているのでした。
「前方、放て!」
そしてまた、号令が戦場に響きます。
◇
「今日は、ちと押しとるようじゃな、ゲルトさぁ」
「そうだな、俺ら騎兵部隊も暴れがいがあるってもんだ」
「報告、報告です! 敵部隊が撤退を始めました!」
「そんなことは見てりゃわかる。よおし、暴れるぜ」
「誘っちょるようにも、見えっがの」
「問題ねえ。誘いだろうが何だろうが、リガリア兵如きにこの突撃が止められるもんかよ」
「……む。承知じゃ」
「ガハハハハ! 俺の愛槍の錆になりたいやつはどいつだ!」
「……妙じゃ。敵が、怯えとらん」
「どうしたキーレ。置いていくぞ」
「のう、ゲルトさぁ。一旦引っ返して--」
◇
魔法部隊に休む暇はありません。弓への防御は大盾を構えた歩兵部隊に任せ、ただひたすらに号令のもと、機械のように攻撃魔法を撃ち続けるのみです。そしてまた、突撃をかけてくる敵兵が見えます。指示通り、杖を構え、詠唱。体内のマナが尽きるまで、これの繰り返しです。
攻撃魔法に怯んだのか、敵部隊が退却を始めました。それだけでなく、敵全体が前線を大きく下げていきます。
それを好機と見たのか、砦から騎兵部隊が飛び出して行きました。きっといつものように、敵兵を蹴散らして帰ってくることでしょう。
ガラル砦に籠る兵士は、皆そう思っていたに違いありません。それだけの安心感と期待感が今の騎兵部隊にはありました。
そしてその騎兵部隊が敵歩兵に接近した次の瞬間。
--パァーン、と、冷たく乾いた音が戦場に数度、響き渡ったのです。
◇
「ぬかったっ、種子島ば、持っておるとはっ!」
「ぐはっ……!」
「ゲルトさぁ! まずい、立て直せんっ!」
「退け……キーレ……!」
「全員退けぃ、退却じゃ! 死ぬ気で砦ば戻れ! ゲルトさぁは、おいが拾う!」
◇
後々聞いた話によると、この日、リガリア軍にはマスケット銃なる新兵器が配備されていたのでした。弓よりも遠く、魔法よりも手軽に使えるこの武器は、これからまもなく各地の戦場を席巻していくことになります。
そしてこの時、無敵のアルレーン騎兵部隊は、この戦場で初めての敗北を喫したのでした。
その後、騎兵部隊がやっとの思いで退却してきた時、キーレは一人、被弾し落馬したゲルトさんを背負って帰ってきたそうです。
ゲルトさんは、助かりませんでした。体を貫いた弾丸が、あの筋骨隆々の兵士の命を奪っていってしまったのです。
豪雨を合図に戦いが止んでも、キーレはゲルトさんの亡骸の側を、ひとときも離れなかったと聞いています。
◇ ◇ ◇
その夜わたしは、雨の中キーレを探して砦中を駆け回っていました。このプロシアントに来てから繋がりを持つことが少なかった彼の気持ちが、痛いほどわかるような気がしたからです。
キーレは砦の裏に一人、雨に濡れながら佇んでいました。そこには、人が数十人入れるほどの大きな穴があります。兵士たちの、遺体を埋めるためのものです。
「キーレ、あまり無理をすると、風邪を引きますよ」
「……」
「……キーレ?」
ぽつりぽつりと、誰に聞かせるわけでなく、キーレが口を開きます。
「……種子島の間合いば、知っちょった」
「……敵が誘っちょるのも、分かっちょった」
「すべて、おいの、……慢心じゃ」
「ゲルトさぁは、おいが殺した! ……おいがっ!」
その時初めて、わたしは彼が震えているのを見ました。その背中がとても小さく、年相応のものに見えます。
それは戦場の彼の姿とは全く違っていて、本当に、ただの少年が、悲しみを堪えているだけ。
「撃たれるべきは、おいじゃったんに……」
「それは違います、キーレ。少なくともゲルトさんは、そんなことは思っていません」
「……」
「そして、決してあなたを恨んでもいません」
「おいは一人じゃ。悲しむ人など、誰も、おらん」
「わたしが、悲しみます。そして、他のみんなも」
「……!」
はっとした顔をしたキーレに、わたしはこう、言葉をかけました。
「キーレ、あなたも、泣いていいのですよ」
「--っ……! ううっ……、っ……!」
そっと、この小さな戦士を抱きしめたわたしの胸に、嗚咽か慟哭か、言葉にできない叫びが消えていきました。
◇
ゲルトさんを弔った帰り道。キーレはわたしに、少しだけ自分のことを話してくれました。
それは、初めて聞く彼の家族のこと--。
「おいには、歳ん離れた兄上がおっての」
「戦は強く、学問もようできて、自慢の兄でごわした」
「そんな兄上も、戸次川で逝ってしまいもした」
「種子島で、撃たれたとば、聞きもす」
「ゲルトさぁは、兄上に、よう似てごわした」
「どっかん来たかもわからんおいに、一人のおいに、優しくしてくれもした」
「隊ん兵児らも、皆慕っちょった」
「惜しか人ば、……失ったのう」
ぽつりぽつりと寂しそうに呟きます。そして、どこか吹っ切れたように暗く深い雨空を見上げました。
「……あいがとごわす。もう、迷いもはん」
「よかった、ようやくいつものキーレですね」
「泣こよか、ひっとべちゅうんが、薩摩ん教えぞ。大将どんはどこじゃ。報告ば、せんと」
キーレは慌ただしく、バスティアン様を探しに駆けて行きました。
砦にとりつこうとする敵兵を、弓の雨が襲います。火球が特大の霰のように降り注ぎます。
わたしは、ただ指示された方向に攻撃魔法を放つだけ。敵兵の顔が見えるほどの距離になっても、それは変わりません。ただ、敵に向かって放つだけ。
もう、人を撃っていることを何とも思わなくなってしまうほど、わたしの心は冷たく無機質になっているのでした。
「前方、放て!」
そしてまた、号令が戦場に響きます。
◇
「今日は、ちと押しとるようじゃな、ゲルトさぁ」
「そうだな、俺ら騎兵部隊も暴れがいがあるってもんだ」
「報告、報告です! 敵部隊が撤退を始めました!」
「そんなことは見てりゃわかる。よおし、暴れるぜ」
「誘っちょるようにも、見えっがの」
「問題ねえ。誘いだろうが何だろうが、リガリア兵如きにこの突撃が止められるもんかよ」
「……む。承知じゃ」
「ガハハハハ! 俺の愛槍の錆になりたいやつはどいつだ!」
「……妙じゃ。敵が、怯えとらん」
「どうしたキーレ。置いていくぞ」
「のう、ゲルトさぁ。一旦引っ返して--」
◇
魔法部隊に休む暇はありません。弓への防御は大盾を構えた歩兵部隊に任せ、ただひたすらに号令のもと、機械のように攻撃魔法を撃ち続けるのみです。そしてまた、突撃をかけてくる敵兵が見えます。指示通り、杖を構え、詠唱。体内のマナが尽きるまで、これの繰り返しです。
攻撃魔法に怯んだのか、敵部隊が退却を始めました。それだけでなく、敵全体が前線を大きく下げていきます。
それを好機と見たのか、砦から騎兵部隊が飛び出して行きました。きっといつものように、敵兵を蹴散らして帰ってくることでしょう。
ガラル砦に籠る兵士は、皆そう思っていたに違いありません。それだけの安心感と期待感が今の騎兵部隊にはありました。
そしてその騎兵部隊が敵歩兵に接近した次の瞬間。
--パァーン、と、冷たく乾いた音が戦場に数度、響き渡ったのです。
◇
「ぬかったっ、種子島ば、持っておるとはっ!」
「ぐはっ……!」
「ゲルトさぁ! まずい、立て直せんっ!」
「退け……キーレ……!」
「全員退けぃ、退却じゃ! 死ぬ気で砦ば戻れ! ゲルトさぁは、おいが拾う!」
◇
後々聞いた話によると、この日、リガリア軍にはマスケット銃なる新兵器が配備されていたのでした。弓よりも遠く、魔法よりも手軽に使えるこの武器は、これからまもなく各地の戦場を席巻していくことになります。
そしてこの時、無敵のアルレーン騎兵部隊は、この戦場で初めての敗北を喫したのでした。
その後、騎兵部隊がやっとの思いで退却してきた時、キーレは一人、被弾し落馬したゲルトさんを背負って帰ってきたそうです。
ゲルトさんは、助かりませんでした。体を貫いた弾丸が、あの筋骨隆々の兵士の命を奪っていってしまったのです。
豪雨を合図に戦いが止んでも、キーレはゲルトさんの亡骸の側を、ひとときも離れなかったと聞いています。
◇ ◇ ◇
その夜わたしは、雨の中キーレを探して砦中を駆け回っていました。このプロシアントに来てから繋がりを持つことが少なかった彼の気持ちが、痛いほどわかるような気がしたからです。
キーレは砦の裏に一人、雨に濡れながら佇んでいました。そこには、人が数十人入れるほどの大きな穴があります。兵士たちの、遺体を埋めるためのものです。
「キーレ、あまり無理をすると、風邪を引きますよ」
「……」
「……キーレ?」
ぽつりぽつりと、誰に聞かせるわけでなく、キーレが口を開きます。
「……種子島の間合いば、知っちょった」
「……敵が誘っちょるのも、分かっちょった」
「すべて、おいの、……慢心じゃ」
「ゲルトさぁは、おいが殺した! ……おいがっ!」
その時初めて、わたしは彼が震えているのを見ました。その背中がとても小さく、年相応のものに見えます。
それは戦場の彼の姿とは全く違っていて、本当に、ただの少年が、悲しみを堪えているだけ。
「撃たれるべきは、おいじゃったんに……」
「それは違います、キーレ。少なくともゲルトさんは、そんなことは思っていません」
「……」
「そして、決してあなたを恨んでもいません」
「おいは一人じゃ。悲しむ人など、誰も、おらん」
「わたしが、悲しみます。そして、他のみんなも」
「……!」
はっとした顔をしたキーレに、わたしはこう、言葉をかけました。
「キーレ、あなたも、泣いていいのですよ」
「--っ……! ううっ……、っ……!」
そっと、この小さな戦士を抱きしめたわたしの胸に、嗚咽か慟哭か、言葉にできない叫びが消えていきました。
◇
ゲルトさんを弔った帰り道。キーレはわたしに、少しだけ自分のことを話してくれました。
それは、初めて聞く彼の家族のこと--。
「おいには、歳ん離れた兄上がおっての」
「戦は強く、学問もようできて、自慢の兄でごわした」
「そんな兄上も、戸次川で逝ってしまいもした」
「種子島で、撃たれたとば、聞きもす」
「ゲルトさぁは、兄上に、よう似てごわした」
「どっかん来たかもわからんおいに、一人のおいに、優しくしてくれもした」
「隊ん兵児らも、皆慕っちょった」
「惜しか人ば、……失ったのう」
ぽつりぽつりと寂しそうに呟きます。そして、どこか吹っ切れたように暗く深い雨空を見上げました。
「……あいがとごわす。もう、迷いもはん」
「よかった、ようやくいつものキーレですね」
「泣こよか、ひっとべちゅうんが、薩摩ん教えぞ。大将どんはどこじゃ。報告ば、せんと」
キーレは慌ただしく、バスティアン様を探しに駆けて行きました。
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