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第二章 アルレーン防衛戦編
第四話 ガラル砦の戦い
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「報告。敵兵の姿を捉えました!」
わたしたちが砦に入って二日後。戦いの始まりは突然でした。
「数はおよそ二千、歩兵と弓兵の混合部隊かと思われます」
「二千か、予想していたより少ないな」
「砦で迎撃しましょうか、バスティアン侯爵代理殿」
「いや、打って出よう、男爵。相手も少数だ。いずれ砦に籠るにせよ、初戦で勢いをつけたい」
「はっ。兵たちの士気も上がりましょう」
「砦に千を残して出撃させる。男爵はここの防衛を頼む」
「承知しました。準備を急がせます」
ガラル砦の内からは、戦場がよく見渡せます。大勢の兵士が陣形を組んで進み、戦いの火蓋が切って落とされるのを今か今かと待っているように見えました。
「攻撃魔法、放て!」
先陣を切ったのはアルレーン軍の魔法部隊でした。攻撃魔法の射程は弓矢よりも長いため、遠距離であれば一方的に敵兵に損害を与えることができます。熟練の弓兵より魔法兵が重宝されるのは、その射程と、威力の高さにあるのです。
敵前線が火球の弾幕に慌てふためいているのが見えました。どうかこのまま、押し切ってしまえるといいのですが。
◇
「相変わらず魔法ってのは理不尽なもんだぜ」
「じゃっども、ゲルトさぁ。見てるだけち、退屈なもんじゃ」
「そう焦るな、俺らの出番はじきに来る。しかし、あの槍兵をどうにかせんとなあ」
「む。あん槍衾はいささか難儀じゃな」
「……! お、見えるか、キーレ。魔法攻撃で敵さんが後退したぞ」
「もう、よかごわんと、か?」
「ようし、行くぞ野郎ども! 魔法攻撃の次の着弾後、突撃をかける!」
「一番槍ば、おいがもらいもすぞ」
◇
戦場がアルレーン有利に進んでいるとはいえ、医療部隊は目の回るほどの忙しさです。次から次へと運ばれて来る負傷兵の手当てに、わたしは病棟を走り回っていました。
「くそっ、しくじっちまった」
「ギドさん!?」
「マリア=アンヌ嬢ですかい、ご覧の通り、右腕をやられちまいました」
「動かないでください、すぐに手当を」
「これじゃもう弓が引けやしねえ、面目ねえ、面目ねえ……!」
治癒魔法は、万能ではありません。失った手足を再生したり、完全に断裂した腱を再生したりすることなど--。
「すぐに治癒魔法をかけます、しばらくじっとしていてください」
「くそっ、若になんて言えば……」
ギドさんの手当をしている間に、勝鬨の声が聞こえて来ました。どうやら、リガリア軍は引き上げていったようです。
後ほど兵士の方から聞いたところによると、騎兵部隊の活躍で大勝したのだとか。再度侵攻をかけてくるのにしばらく時間がかかるでしょう。兵士たちは束の間の休息を取ることができそうです。
少なくとも今夜は--。
◇ ◇ ◇
戦火が切られてからというもの、リガリア軍は毎日のように猛攻をかけてきます。病棟にも重症の患者が溢れてきました。
「痛え、痛えよお」
「医療兵さん、俺の腕は、腕は……?」
「早く、早く治癒魔法をかけてくれえ……」
悲痛な声に耳を傾ける余裕もなく、次々と運ばれる負傷兵を淡々と手当てしていきます。治癒魔法は無限に使えるわけではありません。使いどころの見極めが大事なのです。軽傷の患者は応急処置で済ませ、戦線復帰の見込みのあるものにだけ、使います。回復の見込みのない患者は--お見送りです。
病棟の裏にある穴は、兵士のお墓です。いつのまにか、『穴行き』という言葉が病棟で定着してしまいました。罪悪感と虚しさで心が潰れてしまいそうになります。
そんな喧騒の中、珍しくバスティアン様が病棟に姿を現しました。
「バスティアン様? どこかお怪我を?」
「いや、ギドの見舞いだ。それから、マリアンヌ。君にも用がある」
「休憩は当分取れませんので、治療の傍らでよければお伺いします」
「治療の方ももういい。魔法兵が足らん。君もローターの下で魔法部隊に入ってもらう。命令だ」
「……!」
「怖いか。だろうな。だが、戦場はこういう場所だ。慣れてもらうほか、ない」
「……はい」
「気休めだが、魔法部隊は比較的安全だ。防御の兵も過分に付けてある」
確かに、わたしは治癒魔法が不得手で、攻撃魔法の方が得意でした。適材適所ではあります。
ですが、体の震えが止まりません。いかに厳重に防御された部隊とはいえ、いざ戦場に出るとなると、足が、全身が、震えてしようがありません。
皆は、この恐怖を抱えながらこの瞬間も戦っているのでしょうか。わたしは震える足を必死に動かし、指示された場所へ赴くのでした。
◇
「マリア=アンヌ君か。よく来た。と言っても、歓迎する時間もないのだがね」
「バスティアン様の命で、今日から魔法部隊に配属になりました。よろしくお願いします」
「まずは防御魔法を頼む。おそらく、障壁は張りっぱなしになるだろうね」
「はい……」
実際に目の当たりにした戦場は、病棟から見ていたものよりもずっと激しいものでした。初めは平地で迎撃できていたのが、今ではもっぱら砦の中で防御に徹しているそうです。おまけに、敵の援軍が次々と到着したようで、魔法攻撃で抑えられる数ではなくなっている状態だったのでした。
一時間ほど防御魔法を唱えているうちに、わたしはマナ切れですっかり動けなくなってしまいました。魔法兵は体内のマナが無くなってしまっては、ただの的です。ローターさんは、そんなわたしに休息を命じてくれました。この激戦の中、少ない魔法兵を必死にやりくりしなければなりません。
そうしてしばらく戦場を眺める余裕ができたところで、騎兵部隊を見つけました。キーレも、そこにいるはずです。
攻めてくる敵軍の脇腹を突いては崩し、突いては崩す騎兵部隊の活躍は、砦の兵士たちの心の支えになっていたようです。砦から騎兵部隊が、一つの生き物のように敵陣を突破する度、わっと歓声があがります。
また、砦から歓声が上がりました。騎兵部隊の先頭を、一際小さな体をした兵士が駆けていきます。そのまま砦に張り付いた敵兵を蹴散らしていくと、颯爽と馬を返し再び砦に戻って来ました。槍を突き上げ雄叫びをあげる姿は、戦場の兵士を大いに鼓舞するものでした。
その姿にわたしも勇気付けられた気がして、戦場の助けになるべくローターさんの魔法部隊に戻ることにしたのでした。
わたしたちが砦に入って二日後。戦いの始まりは突然でした。
「数はおよそ二千、歩兵と弓兵の混合部隊かと思われます」
「二千か、予想していたより少ないな」
「砦で迎撃しましょうか、バスティアン侯爵代理殿」
「いや、打って出よう、男爵。相手も少数だ。いずれ砦に籠るにせよ、初戦で勢いをつけたい」
「はっ。兵たちの士気も上がりましょう」
「砦に千を残して出撃させる。男爵はここの防衛を頼む」
「承知しました。準備を急がせます」
ガラル砦の内からは、戦場がよく見渡せます。大勢の兵士が陣形を組んで進み、戦いの火蓋が切って落とされるのを今か今かと待っているように見えました。
「攻撃魔法、放て!」
先陣を切ったのはアルレーン軍の魔法部隊でした。攻撃魔法の射程は弓矢よりも長いため、遠距離であれば一方的に敵兵に損害を与えることができます。熟練の弓兵より魔法兵が重宝されるのは、その射程と、威力の高さにあるのです。
敵前線が火球の弾幕に慌てふためいているのが見えました。どうかこのまま、押し切ってしまえるといいのですが。
◇
「相変わらず魔法ってのは理不尽なもんだぜ」
「じゃっども、ゲルトさぁ。見てるだけち、退屈なもんじゃ」
「そう焦るな、俺らの出番はじきに来る。しかし、あの槍兵をどうにかせんとなあ」
「む。あん槍衾はいささか難儀じゃな」
「……! お、見えるか、キーレ。魔法攻撃で敵さんが後退したぞ」
「もう、よかごわんと、か?」
「ようし、行くぞ野郎ども! 魔法攻撃の次の着弾後、突撃をかける!」
「一番槍ば、おいがもらいもすぞ」
◇
戦場がアルレーン有利に進んでいるとはいえ、医療部隊は目の回るほどの忙しさです。次から次へと運ばれて来る負傷兵の手当てに、わたしは病棟を走り回っていました。
「くそっ、しくじっちまった」
「ギドさん!?」
「マリア=アンヌ嬢ですかい、ご覧の通り、右腕をやられちまいました」
「動かないでください、すぐに手当を」
「これじゃもう弓が引けやしねえ、面目ねえ、面目ねえ……!」
治癒魔法は、万能ではありません。失った手足を再生したり、完全に断裂した腱を再生したりすることなど--。
「すぐに治癒魔法をかけます、しばらくじっとしていてください」
「くそっ、若になんて言えば……」
ギドさんの手当をしている間に、勝鬨の声が聞こえて来ました。どうやら、リガリア軍は引き上げていったようです。
後ほど兵士の方から聞いたところによると、騎兵部隊の活躍で大勝したのだとか。再度侵攻をかけてくるのにしばらく時間がかかるでしょう。兵士たちは束の間の休息を取ることができそうです。
少なくとも今夜は--。
◇ ◇ ◇
戦火が切られてからというもの、リガリア軍は毎日のように猛攻をかけてきます。病棟にも重症の患者が溢れてきました。
「痛え、痛えよお」
「医療兵さん、俺の腕は、腕は……?」
「早く、早く治癒魔法をかけてくれえ……」
悲痛な声に耳を傾ける余裕もなく、次々と運ばれる負傷兵を淡々と手当てしていきます。治癒魔法は無限に使えるわけではありません。使いどころの見極めが大事なのです。軽傷の患者は応急処置で済ませ、戦線復帰の見込みのあるものにだけ、使います。回復の見込みのない患者は--お見送りです。
病棟の裏にある穴は、兵士のお墓です。いつのまにか、『穴行き』という言葉が病棟で定着してしまいました。罪悪感と虚しさで心が潰れてしまいそうになります。
そんな喧騒の中、珍しくバスティアン様が病棟に姿を現しました。
「バスティアン様? どこかお怪我を?」
「いや、ギドの見舞いだ。それから、マリアンヌ。君にも用がある」
「休憩は当分取れませんので、治療の傍らでよければお伺いします」
「治療の方ももういい。魔法兵が足らん。君もローターの下で魔法部隊に入ってもらう。命令だ」
「……!」
「怖いか。だろうな。だが、戦場はこういう場所だ。慣れてもらうほか、ない」
「……はい」
「気休めだが、魔法部隊は比較的安全だ。防御の兵も過分に付けてある」
確かに、わたしは治癒魔法が不得手で、攻撃魔法の方が得意でした。適材適所ではあります。
ですが、体の震えが止まりません。いかに厳重に防御された部隊とはいえ、いざ戦場に出るとなると、足が、全身が、震えてしようがありません。
皆は、この恐怖を抱えながらこの瞬間も戦っているのでしょうか。わたしは震える足を必死に動かし、指示された場所へ赴くのでした。
◇
「マリア=アンヌ君か。よく来た。と言っても、歓迎する時間もないのだがね」
「バスティアン様の命で、今日から魔法部隊に配属になりました。よろしくお願いします」
「まずは防御魔法を頼む。おそらく、障壁は張りっぱなしになるだろうね」
「はい……」
実際に目の当たりにした戦場は、病棟から見ていたものよりもずっと激しいものでした。初めは平地で迎撃できていたのが、今ではもっぱら砦の中で防御に徹しているそうです。おまけに、敵の援軍が次々と到着したようで、魔法攻撃で抑えられる数ではなくなっている状態だったのでした。
一時間ほど防御魔法を唱えているうちに、わたしはマナ切れですっかり動けなくなってしまいました。魔法兵は体内のマナが無くなってしまっては、ただの的です。ローターさんは、そんなわたしに休息を命じてくれました。この激戦の中、少ない魔法兵を必死にやりくりしなければなりません。
そうしてしばらく戦場を眺める余裕ができたところで、騎兵部隊を見つけました。キーレも、そこにいるはずです。
攻めてくる敵軍の脇腹を突いては崩し、突いては崩す騎兵部隊の活躍は、砦の兵士たちの心の支えになっていたようです。砦から騎兵部隊が、一つの生き物のように敵陣を突破する度、わっと歓声があがります。
また、砦から歓声が上がりました。騎兵部隊の先頭を、一際小さな体をした兵士が駆けていきます。そのまま砦に張り付いた敵兵を蹴散らしていくと、颯爽と馬を返し再び砦に戻って来ました。槍を突き上げ雄叫びをあげる姿は、戦場の兵士を大いに鼓舞するものでした。
その姿にわたしも勇気付けられた気がして、戦場の助けになるべくローターさんの魔法部隊に戻ることにしたのでした。
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