薩摩が来る!

ahorism

文字の大きさ
上 下
12 / 49
第一章 士官学校編

閑話 フロ・フロ・フロ!

しおりを挟む
 某日。

 喜入きいれ銑十郎せんじゅうろうは飢えていた。

 血に、ではなく、湯に、である。

 少年が暮らすここプロシアントでは、湯船に浸かる習慣はなく、日々身体を洗い流すだけで済ませている。

 温泉がいたるところに湧き出る国、薩摩で生まれ育った彼にとって、湯浴みのない生活はどうにも耐え難いものであった。

「こと風呂んは、薩摩ば、恋しくなりもすな」

 郷愁に浸るよりも早く、少年の頭脳は激しく旋回を始めた。

 --なければ、作ればよいではないか。

 ◇

「まずは、桶でごわすな。大きなフドガのがあればよいがの」

 小さな水汲み用の桶なら、目にしたことがある。しかし、人が入れるぐらいの--小柄な自分なら小さめでもよいが--大きさになると、見当がつかない。

 思案を巡らすよりも、少年の足が動き始める。つくづく、熟考ができない性質なのである。

 ふと、慣れ親しんだ厩に足を向けると、馬たちが競うように餌入れに首を突っ込んでいるのが目に入った。その餌入れ、飼馬桶は、まさに少年が必要としていたものであった。

「ちと小さいコマイが、使えもすな」

 厩舎の裏に使い古された飼馬桶を見つけ、水漏れがないか確認すると、少年はその小さな体をいっぱいに使って水場へと大桶を引きずっていく。

 そして一心不乱に、貴人に献上する宝珠を磨くように、くすんだそれを清め続けるのだった。

「おう、キーレ。何してやがる」

 馬上から、大男が声をかける。

「桶をば、磨いておる」
「桶……? まあ、桶ではあるが。明日になったらまた汚れちまうだけだぜ」

 奇妙なことをするもんだ、とは思ったものの、無言で作業を続ける少年にそれ以上の興味をなくしたのか、肩幅の大きい男は蹄音とともに去っていった。

 ◇

 湯船が確保できたとなれば、次は火の用意である。幸い、火のありかには心当たりがあった。

 少年は足早に炊事場に赴くと、土間で鍋の具合を見ている中年の女性に声をかけた。

「湯ば、沸かごたいのじゃが。かまどば、借りるわけにはいかんじゃろか」
「別に構わないけど、沸かしてどうするのさ」
「煮て、風呂にば、しもす。よければ、こん大鍋もかっしゃったもんせ」

 女性は怪訝な顔をしながらも、快く大きな鍋を少年に渡してくれた。

「あれま、少年。少年はもしかして料理とかしちゃう人?」
料理ジュイはしもさんが、竈に用ばあっての」
「あたしもたまーにここを使わせてもらってるんだよねー。ほれ、頑張る少年にご褒美をやろう」

 もごもご、と口の中に突き込まれた物体の予想だにしない甘さに、少年は驚きを隠せない。

 思わぬ甘味に舌鼓を打ったのも束の間。手を振りながら去っていく姿に一礼を返し、少年はまた次の目標に向かう。

 ◇

 残りは十分な水を確保するだけであった。井戸から調理場までは、数百歩の距離がある。

 少年にとってこの面倒な、退屈な作業は苦にならないのか、小さな水桶に水を汲み、持てる限りそれを調理場に運んでは大鍋に注ぎ続ける。

 それを横目に見ていた青年が一人。

「なあ、キーレ。これもジゲンの修行なのか?」
「修行では、なか。悦楽のためじゃ」
「なんだかよくわからんが、キーレのやることなら、俺もやる」

 勤勉な運搬者が、二人に増えた。

 少年は大鍋が一杯になっても満足せず、竈の横にはいくつもの水を張った小桶が、いつの間にか綺麗に整列していた。

 ふう、と一息つく少年を見て、青年は満足したのかいなくなってしまった。

 ◇

 隣の竈から火種を拝借し、薪に火をつける。

 火が広まれば、湯が沸くのを待つ間に、手に入れた大桶を調理場の裏手の、人気の少ない場所へ移動させる。

 ぐつぐつと湯が沸けば大鍋を持ち上げ、火傷に注意して隠した大桶に注ぐ。

 空になった大鍋に、竈の側に並んだ小桶の水を入れ、再度、湯を沸かす。

 手順を繰り返す度、疲労する体とは裏腹に、少年の目には興奮の色が浮かんでいた。

 最後に大鍋を返すと、大きな桶から溢れた大量の蒸気があたりを包む。

 の、完成であった。

 少年は人目も気にせず、はらりと身に付けた物を取り払うと、一息に体を投げ込んだ。

 この世にこれ以上の快楽があるものか。ああ善哉せんざい善哉せんざい

 ◇ ◇ ◇

 翌日。

「おはようございます、キーレ。おや--?」

 相も変わらず無愛嬌に背筋を伸ばす少年だが、どこか様子が変わっている。

 いつもは丁寧に櫛をいれ、きりりと後ろに結んだ黒髪が、今朝は樹上の鳥の巣のように絡まり合っていた。

 知る由もないが、昨日少年が湯船に使った水は、彼の生まれ故郷のそれとは違い、入浴にすこぶる適さない硬水だったのである。

「キーレ、その髪はどうしたのです? 水浴びは済ませましたか?」

 子どもを諭すような声に対し、少年は不機嫌そうにこう答えた。

「異国の風呂ば、ほんのこち、難儀なもんでごわ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

お喋りオークの聖剣探索

彌七猫
ファンタジー
キュートな鼻。黄金に輝く鬣。力強い蹄と牙。大きく突き出した腹。 そして、つぶらな瞳。 それが俺、オークのオルクス。 人から転生したらまさかのオーク。冒険者に襲われながらも平和に暮らし、そのうち聖剣でも取りに行こうかなぁ、なんて思うこの頃。 生意気な獣人戦士、タガの外れた治癒術士、黄金の歴史学者。 世にも珍しい喋るオークと、一風変わったメンバーとの冒険譚。

処理中です...