薩摩が来る!

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第一章 士官学校編

第七話 学校と魔法と剣と

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 長かった謹慎も一ヶ月で解け、わたしは今日から学校に通えることになりました。西方寮からの道のりを歩くと、ようやく日常に帰ってきた思いがします。

 一応従者という身分なので、キーレも後ろを数歩下がって付いて来ています。

 校内に入ると、嫌でも好奇の視線がこちらに向いているのが伝わってきました。田舎貴族がこのような注目を集めることはないはずですが、キーレの風貌は異様に目を引くものですし、しょうがありません。

「なんだあの子ども……間違いなく帝国の出じゃないよな」
「例の流民じゃないか? ほら、この間歩兵訓練に乱入したらしい」
「じゃあ、あの女子生徒が脱走事件起こして謹慎くらったとかいう」
「これだから西方の田舎者は。流民を従えるなんてお里が知れるぜ」

 どうやらキーレの噂と共に、わたしの悪評も広まってしまったようです。いちいち否定するのも馬鹿らしいので、放っておくことにします。

「マリアンヌも大変ねー。当分いい男が寄ってこなさそうじゃない」

 それはあまり気にしてないのですが。行く先々でこうひそひそとされると、なかなか辛いものがあります。

「華の魔法科女子で、こんなに可愛いのにー」

 そういうクリスこそ人目を引く美人で、男子生徒に言い寄られているのを見たことがあるのですが。周りを気にする様子もなく、わたしの髪をわしわしと撫で回してきます。

 ここ士官学校に、女子生徒の割合は多くありません。貴族の家庭が、好き好んで大事な娘に戦闘訓練をさせたがるわけがないのです。

 その数少ない例外が、魔法の素養がある者。この帝国で、魔法が使える人間は引っ張りだこです。そしてそれは縁談でも例外ではありません。

 つまりは、この士官学校は貴族の子息と魔法の素養のある令嬢の出会いの場ともなっているわけで--。わたしがこの学校に送られたのも、父のそういった期待があってのことでもあるのです。

「おっと、もう授業が始まっちゃうね、謹慎明けで遅刻はまずいでしょ」
「それもそうですね。キーレ、付いてきてください」

 キョロキョロと周りを物珍しい目で眺めているキーレを連れて、わたしたちは教室へと向かったのでした。

 ◇

 初めての授業の間、キーレは難しい顔をして必死に話を聞いていました。それもそのはずです。プロシアントの言葉もまだ十分に理解はしていないはずですし、馴染みのない数学の講義なら尚更でしょう。

「無理をしなくても大丈夫ですよ。授業が辛ければ、外を歩いていてもいいですし」
「つとめじゃって、そういうわけには、いかん」

 そこまで真剣になる必要はないと思うのですが、本人はいたって真面目に従者をしているつもりのようです。

「じゃっども、そろばんは、好かん。ああいうのは、商人アキンドば、やることぞ」
「お、少年。話がわかるねー。あたしもあの授業は苦手でさー。ちゃんと聞いてるのはそこのマリアンヌぐらいよ」
「好き嫌いせず真面目に聞いていれば、結構面白いものですよ、クリス」

 数学の授業は特別ですが、実際のところ、生徒達の授業態度はあまりよろしくありません。特に上級貴族のご子息だと、従者にノートを取らせて居眠りをしていたりするものです。

「槍働きは、机ではできもさん」
「そうそう、そこの真面目ちゃんにも言ってやりな、少年」

 この二人、いったいいつの間に仲良くなったのでしょうか。

「次は魔法学かー。これは流石にサボれないかなー」

 ほう、と興味ありげなキーレを連れて、わたしたちは次の教室へと向かうのでした。

 ◇

「であるからして、魔法の源であるマナは万物に存在しており--」

 必修科目である魔法学については、隣でクリスも必死でノートを取っています。キーレもまた、食い入るように先生の講義を聞いているのでした。

「魔法っちゅうんは、まっこと、奇怪キッカイなもんで、ごわすな」
「へー。少年のところでは魔法は使われてなかったんだ」
「む。妖術とやらは聞いちょるが、実際に、見たことはなか」

 これまでにないほど目を輝かせているキーレは、いつになく多弁になっています。

「おいにも、その魔法とやらは、使えもすかの」
「おそらく軟禁中に検査はしていたと思うのですけど。何も報告がないということは、残念ながら」

 そうか、とがっくり肩を落とすキーレを、クリスが優しく慰めてあげています。

「まあまあ。素養のある人の方が少ないんだから、そうがっかりしないの。少年は剣が使えるんだから、その手でそこの姫様を守っておやり」

 訂正です。わたしをからかっているだけのようでした。

 ◇

 昼食は食堂で食べることになっています。学校生活での数少ない楽しみは、この食事の時間です。上級貴族の舌に合わせているのか士官学校のメニューはどれも豪華で、悔しいですが美食に関しては帝都の圧勝と認めざるを得ません。

「キーレもオースティンの食事に慣れてきましたね」
「うむ、どれもミヤビな味ば、するのう。せめて米ば、あればの」

 訓練の成果もあって、ナイフとフォークを上品に使いこなしています。

「マリアンヌ姉さん。ここにいましたか」
「あら、ヨーゼフ。お友達とご一緒しなくていいのですか」
「いいんです、別に。それよりもなんでそいつが一緒にいるんですか」
「彼は従者ですから。そう伝えていませんでしたっけ」
「それはそうですが、食事まで一緒にとらなくても……」
「キーレはまだ学校のことをよく知らないのですから。よければ、あなたが案内してあげて欲しいのですけど」

 そういうつもりじゃ、と口ごもるヨーゼフの横で、キーレはひたすらに口を動かし続けています。

「自分も同席してもよろしいですか、マリア=アンヌ嬢」
「フランツさん、学校にいらしてたんですね」
「自分の任務はまだ継続中なんですよ、当分は学校で生活することになりそうです」
「えー、あなたこのイケメン軍人さんとも知り合いなの?隅に置けないわねー」

 穏やかな昼食のはずが、ずいぶん騒がしくなってしまいました。

 ◇

「なるほど、キーレは一般兵科で登録されていたのですね」

 始終いい加減なバスティアン様に代わって、フランツさんは内部事情を色々と教えてくれました。

 士官学校では、学生は魔法兵科と一般兵科のどちらかに所属します。従者として同行している者も、主人の許可があれば学生と同等の授業を受けることができ、一般兵科への配属願が受理されれば、合同訓練にも参加することができます。

 正直キーレにここまでの自由が与えられているとは思いませんでしたが、裏で政治的な駆け引きとやらがあったのでしょう。

「ヨーゼフ、午後の合同訓練はキーレをよろしくね。わたしは魔法科の方の訓練に出ていますから」

 不満そうに頷くヨーゼフの横で、キーレは訓練と聞いて俄然張り切っています。ついて来い、と足早に広場に向かうヨーゼフの後を、トコトコと追いかけて行きました。

 ◇

 訓練場では、四回生までの生徒が集められ、教官の指示を熱心に聞いています。普段さぼりがちな貴族子弟も、合同訓練だけは真剣です。

「まずは防御魔法プロテクションから。四回生、前へ」

 教官の合図とともに一斉に防御魔法を唱え、目の前に魔法障壁を展開します。この基礎中の基礎の魔法ができないと、治癒魔法や攻撃魔法には進めません。隙間なく張り巡らされた障壁に、おお、と下級生から感嘆の声があがります。

 今度は奥の方からわっと大歓声が聞こえてきました。どうやら一般兵科の方で一対一の訓練が始まったようです。

 ふと釣られるように目をやると、一際小柄な少年があっさりと相手から一本を取ったのが見えました。

「あんたのとこの少年、なかなかやるじゃない」

 クリスも気になったのか、下級生の指導そっちのけで奥の訓練に目を奪われています。

 そういえば、キーレの戦う姿をじっくりと見るのは初めてでした。

 それはプロシアントの伝統的な剣術とはかけ離れたもので、盾も持たずに両手で剣をたかだかと掲げ、右耳の横にピタリと付けて。そしてそのまま雄叫びとともに突進し、盾を構うことなく打ち下ろしていきます。たまらず相手が引いたところに足払いをかけ、一瞬で組み伏せてしまいました。

 そのこなれた一連の動きのもとに、次々と対戦者が地面に伏していきます。一太刀入れたものは愚か、その迫力に剣を交わせた者もありませんでした。

「そこの女子生徒。何をよそ見をしている!」

 教官のお叱りを受けるまで、わたしはぼうっと見入ってしまっていたようです。周りのくすくすという笑い声の中、慌てて訓練へと集中するのでした。

 結局、せっかくの合同訓練で下級生にいいところを見せられることもなく、わたしはひたすら罰走を命じられてしまいました。また、よからぬ噂に拍車がかかってしまいそうです。
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