薩摩が来る!

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第一章 士官学校編

第六話 士官学校西方寮

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 長かった謹慎期間も明け、わたしはようやく学校に復帰できることになりました。そう思うとこの狭い懲罰房も恋しく思えてきます。

 久しぶりに寮に戻ると、見知った顔が声をかけてきました。

「やあ、マリアンヌ。お勤めご苦労だったね」

 この方はバスティアン=オルレンタント。オルレンタント侯爵の次男にあたり、父のエンミュール家は侯爵家の管轄になります。つまりは主君筋にあたる方で、オルレンタント家は帝国西方領の大御所といった立ち位置の、非常に権力のある大貴族なのです。

 そんな地位にいるのにも関わらず、わたしを愛称のマリアンヌと呼び、とても気さくに接してくれます。

 それから、野外演習でわたしを遺跡への脱走に誘った、いわば謹慎の原因をつくった張本人でもありました。

「そもそも若が諸悪の根源じゃあないですか、おかげでこっちは顔のかたちが変わるぐらい絞られたんですぜ」

 こちらはギドさん。バスティアン様の従者として士官学校に同行していて、ロングボウの名手です。

「はは、それは本当にすまなかったな。今度の休養日に帝都でいいとこに連れて行ってやるから」

 ニヤリ、とこの主従は良からぬ笑い顔を浮かべました。どうやら年頃の娘の前でする話ではないような、下卑た話になってきたようです。

「それはそうとあの流民の少年の処遇についてなんだがな」

 そういえばこの人も当事者の一人なのでした。侯爵のご子息ともなれば、わたしと違って大した処罰はなかったのでしょうか。

「父上とも話して、君が従者にしているということで話をつけてきたから。明日から学校に復帰するのだろう? 案内してあげるといい」

 さらっと重大なことを押し付けられた気がしますが、この人のやることはいつもこうです。気に留めてもしょうがありません。

「軍部もどうにか身柄を確保したがっていてね。なかなか強情だったんだが、君が手当をしながら主従の契約をしたことにして押し切った。君のところは従者を同行させていなかったろう?」

 どうりで謹慎中にも関わらず、キーレと何度も面会する機会があったわけです。

「こちらとしても彼の身柄は大事にしたいと思っていてね。腕も立つようだし、何よりあの独特な武器から察せられる出自だ。手札として抱えておいて、損はない」
「必要な手続きは済ましてありますんで。部屋は西方寮の男子部屋の一室にしときました」

 わたしのいないところで、もうすっかり話が進んでしまっているようでした。

 ◇

 プロシアント帝国は大きく三つの地方から成りますが、互いに独立色が強く、ここ帝国立の士官学校でも、それぞれの地方が地元の生徒を各寮に集めています。

 帝都ミッテランを中心とするカイベルン地方。南東部の高原地帯、テロルランド地方。西方でリガリアと国境を接するアルレーン地方。わたしの実家のエンミュール家はここに属しています。アルレーン出身の生徒が集まる建物は通称西方寮と呼ばれ、学園の南西に居を構えているのです。

「おっかえりー!」

 女子部屋に帰ると、いきなり後ろから抱きつかれました。こういうことをするのは彼女しかいません。

「謹慎なんてするから寂しかったんだよー、もう」
「寂しくさせたのは申し訳ないですが、いい加減離してくれませんか、クリスティーヌ」

 士官学校に女子生徒は少ないので、年も近い彼女とはいつも一緒にいるのでした。

「いろいろ良からぬ噂もたってるしさあ」
「噂?」
「野外訓練中に男の子を拾ってきただの、謹慎中にイケメン軍人と密会してただの」

 言っていることがあながち間違っていないことに腹も立ちますが、一応浮いた噂は否定しておくとしましょう。

 久しぶりの取り止めない会話を楽しみながら部屋の整理を済ませた後、大事な用事を思い出しました。

「ちょっと男子部屋の方に行ってきますね」
「それって例の子関連? あたしもついてく!」

 どうやっても離れようとしないので、諦めて二人でキーレの元を訪れることにしました。

 ◇

 男子部屋では早速人だかりができているようです。男子生徒の群がる奥の方に、黙々と荷物を運び込んでいる小さな後ろ姿が見えます。

「興味があるのもわかるが、質問は後にしてやれ。ギド、こいつと同部屋なのはどいつだ?」

 珍しくバスティアン様が世話を焼いてくれているようです。こちらに気づいたようで、奥に通してくれました。

「あれま。どんな恐ろしい蛮族かと思ってたけど、ずいぶんと……可愛らしいのね」
「ちょっとクリス。初対面の相手に失礼ですよ。キーレ、話は聞いていると思うのですけど」

 キーレは相変わらず、こちらの話がわかっているのかいないのか、判断のつかない表情をしています。

「あの。あなたはわたしの従者になっているみたいです。急ではあるのですが、明日から学校の方にも通ってもらうことになっています」
「おんしは、姫君で、ありもしたか」

 ほう、と驚いた顔を浮かべたのも束の間、

「おいは、捕虜じゃ、好きにしてたもんせ」

 またいつものだんまりに戻って、いそいそと寝床の掃除を始めました。

「ーー!」

 こちらの言語に慣れておらずおかしな訛りがあるから、と釘を刺しておくべきでした。後ろで必死に笑いを堪えているクリスを何とかしようとしていると、見知った顔が入ってきました。

「マリアンヌ姉さん、どうしてここへ」
「ヨーゼフ、あなたもこの部屋なのですね。ちょうどよかった」

 彼はヨーゼフ=エンミュール。エンミュール辺境伯、伯父上の息子にあたり、つまりはわたしのいとこになります。幼い頃からの付き合いで、わたしを姉さんと呼んで慕ってくれるいい子です。

「彼、キーレはわたしの従者になりました。ヨーゼフも、面倒を見てやってくださいね」
「従者ってそんないきなり--。いったい何があったんです?」

 どう話したものかと思案していると、バスティアン様がこちらに目配せをしてくれました。

「詳しくは機密事項もあるから話せないのですけど、バスティアン様が色々と取り計らってくれたそうです」

 それなら仕方ないか、と一旦は納得してくれたようです。聞き分けがよくて助かります。

「同部屋どうし、仲良くしてあげてくださいね。わたしは女子部屋ですし、こちらにあまり顔を出せませんから」

 まだ話したいことがあるような顔つきでしたが、立ち往生しているキーレを見かねたのかあれこれ指図し始めました。

「おい、そこに私物を置くんじゃない。お前の寝床はこっちでだなーー」

バタバタし始めた部屋を尻目に、わたしたちは慣れない男子寮を後にすることにしました。

 ◇

「あー、苦しかった!」

 必死に笑いを堪えていたクリスが息も絶え絶え、といった感じで頭を震わせています。

「あの見た目で古典劇みたいな喋り方なんだもん、笑うなっていう方が無理よ。しかも姫君だって、くくく……」

 この子はもう二度とキーレとは話させないようにしよう、と心に決め、わたしは久しぶりの学校生活に胸を躍らせながら帰路へ着くのでした。
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