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第一章 士官学校編
第二話 病室にて
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病棟は校内の主要な建物からは少しばかり離れたところにあり、あまり訪れる機会はありません。しかし丁寧に管理されているようで、屋内にはチリ一つなく、ツンとした独特の薬品の香りが鼻をつきます。
その中の一番奥の病室、一般生徒が立ち入れない監視の兵がついた特別病室が、少年の居場所でした。
「面会のため、特別病室への入室許可をいただけますでしょうか」
「ああ、あなたがエンミュール家のマリア=アンヌ様ですね。この度は災難でしたね、中へどうぞ。みなさまお待ちしております」
警備の兵士は存外気さくに、わたしを中へ案内してくれました。
室内は緊張した空気に包まれていました。学校長を始め、引率教官、医師らしき白衣を着た人物、そして軍服を来たお偉いさんと、その周囲を護衛でしょうか、数人の兵士が囲んでいます。
そして彼らの目線の先には、ベッドに横たわる少年がいるのでした。
「目撃者の生徒をお連れしました」
警備の兵士さんは敬礼をすると、こちらに目線をやり、何かを促すように首を振ります。
「あ、魔法科所属、四回生のマリア=アンヌ=エンミュールと申します。この度はお招きいただき--」
「君か、よく来たね。とにかく彼を何とかしてくれ。困ったことに何も喋ってくれんのだ」
自己紹介も最中に恰幅の良い軍服の男性が言葉を継ぎました。早く帰りたいのだが、と言わんばかりの目をしています。
「とは言われましても、わたしも彼については何も知らないのです。助けられはしましたが、偶然に出会っただけですし」
「そもそも厄介ごとを持ち込んだのは君ではないか。ええ? 吾輩も暇ではないのだ、とにかくだな--」
「まあ、そうあまり儂の生徒をいじめないでいただきたいですな、理事殿。詳しくは報告書にも記載があったはずです」
詰め寄られたわたしの顔色を察してくれたのか、校長先生がその長い髭を撫でながら、助け舟を出してくれました。
「見ての通りだが、彼は何も話してくれんのだ。曲がりなりにも面識がある君なら、と思ってのう」
「こんな馬の骨など軍部で尋問でもしてやればいいのだ。尋問の訓練にもなるではないか」
「彼はまだ子どもですぞ、理事殿。学校は幼きものに危害を加えるところではない」
興奮し始めた様子の軍服の男性を静かに諭す校長先生を横目に、わたしは、ベッドの少年と初めて目が合いました。
◇
次の瞬間、病室に緊張が走りました。少年が飛び起き、左右の膝と両拳を地面についた、不思議な格好をとったからです。
護衛兵は剣の柄に手をかけ、軍服の男性を守るように飛び出してきています。
しかし少年はそんなことは意にも介さんとばかりに、ただわたしの方を見て、
「タシモレワクスバチノイハビタンコ。スモゲサトガイア」
と。不思議な言葉とともに頭を下げたのでした。
「敵意は、なさそうですな」
「しかし何と言っているのだ。異国のものであることに間違いはないが、これでは話が通じんではないか」
安心した大人たちを尻目に、わたしは少年から目が離せないでいました。遺跡で、野盗を次々と葬っていったあの野生的な狂気がまったく感じられず、一種の爽やかさだけが彼から流れてくるようです。
見ると少年は自らの方を指差し、何か伝えようとしているようでした。正直何を言っているのかわかりませんが、一つの音だけが何とか耳に入ります。
「キーレ?」
わたしの言葉に、少年は大きく頷き、透き通るような笑顔を浮かべたのでした。
「これだけ待たせておいて、わかったのは名前らしきものだけか。まったく、とんだ無駄骨だぞ。時間の無駄だったではないか」
「まあ、今回は名前がわかっただけでよしとしましょうぞ。少なくとも彼に敵意はなさそうであるし、言葉はゆっくり教えていけばよい」
その後、少年がまた沈黙を続けてしまったので、その場はおひらきとなってしまいました。こちらの言葉を理解できていないとはいっても、兵士もいるこの状況で平然としているのは、一種異様です。ただ、にこにこと笑みを浮かべながら黙っているので、一同毒気を抜かれてしまったのでしょうか。
こうして、わたしと彼--キーレの、二度目の出会いは終わりを告げたのでした。
◇ ◇ ◇
明くる日、わたしは校長先生に呼び出されました。謹慎処分中には初めてのことです。
「よく来たね、マリア=アンヌ君。君への処分が決まったのでな」
「処分とは謹慎のことではなかったのでしょうか?」
「それはそうなのだが、なにぶん今回は特殊なのでな。例の流民の少年の処遇のこともある」
今回の件はそろそろ遠方の実家に報告が届く頃です。きっと父に大目玉を喰らうことでしょう。母も学校からの手紙を見たら、仰天して倒れてしまうかもしれません。
「今回は儂の一存では決められないのだよ。その書類を読んでみたまえ」
その書類には、
--今後、保護した少年の監視と指導は本校の生徒マリア=アンヌ=エンミュールの預かるところとする。
--また、監視役を派遣し、少年の語学習得に役立てること。
--会話が一定可能になった場合、再度尋問を必要とする。以上の措置は軍部の指示のもと、行われる。
とても大目玉では済まないようなことが書かれてあったのでした。
その中の一番奥の病室、一般生徒が立ち入れない監視の兵がついた特別病室が、少年の居場所でした。
「面会のため、特別病室への入室許可をいただけますでしょうか」
「ああ、あなたがエンミュール家のマリア=アンヌ様ですね。この度は災難でしたね、中へどうぞ。みなさまお待ちしております」
警備の兵士は存外気さくに、わたしを中へ案内してくれました。
室内は緊張した空気に包まれていました。学校長を始め、引率教官、医師らしき白衣を着た人物、そして軍服を来たお偉いさんと、その周囲を護衛でしょうか、数人の兵士が囲んでいます。
そして彼らの目線の先には、ベッドに横たわる少年がいるのでした。
「目撃者の生徒をお連れしました」
警備の兵士さんは敬礼をすると、こちらに目線をやり、何かを促すように首を振ります。
「あ、魔法科所属、四回生のマリア=アンヌ=エンミュールと申します。この度はお招きいただき--」
「君か、よく来たね。とにかく彼を何とかしてくれ。困ったことに何も喋ってくれんのだ」
自己紹介も最中に恰幅の良い軍服の男性が言葉を継ぎました。早く帰りたいのだが、と言わんばかりの目をしています。
「とは言われましても、わたしも彼については何も知らないのです。助けられはしましたが、偶然に出会っただけですし」
「そもそも厄介ごとを持ち込んだのは君ではないか。ええ? 吾輩も暇ではないのだ、とにかくだな--」
「まあ、そうあまり儂の生徒をいじめないでいただきたいですな、理事殿。詳しくは報告書にも記載があったはずです」
詰め寄られたわたしの顔色を察してくれたのか、校長先生がその長い髭を撫でながら、助け舟を出してくれました。
「見ての通りだが、彼は何も話してくれんのだ。曲がりなりにも面識がある君なら、と思ってのう」
「こんな馬の骨など軍部で尋問でもしてやればいいのだ。尋問の訓練にもなるではないか」
「彼はまだ子どもですぞ、理事殿。学校は幼きものに危害を加えるところではない」
興奮し始めた様子の軍服の男性を静かに諭す校長先生を横目に、わたしは、ベッドの少年と初めて目が合いました。
◇
次の瞬間、病室に緊張が走りました。少年が飛び起き、左右の膝と両拳を地面についた、不思議な格好をとったからです。
護衛兵は剣の柄に手をかけ、軍服の男性を守るように飛び出してきています。
しかし少年はそんなことは意にも介さんとばかりに、ただわたしの方を見て、
「タシモレワクスバチノイハビタンコ。スモゲサトガイア」
と。不思議な言葉とともに頭を下げたのでした。
「敵意は、なさそうですな」
「しかし何と言っているのだ。異国のものであることに間違いはないが、これでは話が通じんではないか」
安心した大人たちを尻目に、わたしは少年から目が離せないでいました。遺跡で、野盗を次々と葬っていったあの野生的な狂気がまったく感じられず、一種の爽やかさだけが彼から流れてくるようです。
見ると少年は自らの方を指差し、何か伝えようとしているようでした。正直何を言っているのかわかりませんが、一つの音だけが何とか耳に入ります。
「キーレ?」
わたしの言葉に、少年は大きく頷き、透き通るような笑顔を浮かべたのでした。
「これだけ待たせておいて、わかったのは名前らしきものだけか。まったく、とんだ無駄骨だぞ。時間の無駄だったではないか」
「まあ、今回は名前がわかっただけでよしとしましょうぞ。少なくとも彼に敵意はなさそうであるし、言葉はゆっくり教えていけばよい」
その後、少年がまた沈黙を続けてしまったので、その場はおひらきとなってしまいました。こちらの言葉を理解できていないとはいっても、兵士もいるこの状況で平然としているのは、一種異様です。ただ、にこにこと笑みを浮かべながら黙っているので、一同毒気を抜かれてしまったのでしょうか。
こうして、わたしと彼--キーレの、二度目の出会いは終わりを告げたのでした。
◇ ◇ ◇
明くる日、わたしは校長先生に呼び出されました。謹慎処分中には初めてのことです。
「よく来たね、マリア=アンヌ君。君への処分が決まったのでな」
「処分とは謹慎のことではなかったのでしょうか?」
「それはそうなのだが、なにぶん今回は特殊なのでな。例の流民の少年の処遇のこともある」
今回の件はそろそろ遠方の実家に報告が届く頃です。きっと父に大目玉を喰らうことでしょう。母も学校からの手紙を見たら、仰天して倒れてしまうかもしれません。
「今回は儂の一存では決められないのだよ。その書類を読んでみたまえ」
その書類には、
--今後、保護した少年の監視と指導は本校の生徒マリア=アンヌ=エンミュールの預かるところとする。
--また、監視役を派遣し、少年の語学習得に役立てること。
--会話が一定可能になった場合、再度尋問を必要とする。以上の措置は軍部の指示のもと、行われる。
とても大目玉では済まないようなことが書かれてあったのでした。
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