薩摩が来る!

ahorism

文字の大きさ
上 下
3 / 49
第一章 士官学校編

第二話 病室にて

しおりを挟む
 病棟は校内の主要な建物からは少しばかり離れたところにあり、あまり訪れる機会はありません。しかし丁寧に管理されているようで、屋内にはチリ一つなく、ツンとした独特の薬品の香りが鼻をつきます。

 その中の一番奥の病室、一般生徒が立ち入れない監視の兵がついた特別病室が、少年の居場所でした。

「面会のため、特別病室への入室許可をいただけますでしょうか」
「ああ、あなたがエンミュール家のマリア=アンヌ様ですね。この度は災難でしたね、中へどうぞ。みなさまお待ちしております」

 警備の兵士は存外気さくに、わたしを中へ案内してくれました。

 室内は緊張した空気に包まれていました。学校長を始め、引率教官、医師らしき白衣を着た人物、そして軍服を来たお偉いさんと、その周囲を護衛でしょうか、数人の兵士が囲んでいます。

 そして彼らの目線の先には、ベッドに横たわる少年がいるのでした。

「目撃者の生徒をお連れしました」

 警備の兵士さんは敬礼をすると、こちらに目線をやり、何かを促すように首を振ります。

「あ、魔法科所属、四回生のマリア=アンヌ=エンミュールと申します。この度はお招きいただき--」
「君か、よく来たね。とにかく彼を何とかしてくれ。困ったことに何も喋ってくれんのだ」

 自己紹介も最中に恰幅の良い軍服の男性が言葉を継ぎました。早く帰りたいのだが、と言わんばかりの目をしています。

「とは言われましても、わたしも彼については何も知らないのです。助けられはしましたが、偶然に出会っただけですし」
「そもそも厄介ごとを持ち込んだのは君ではないか。ええ? 吾輩も暇ではないのだ、とにかくだな--」
「まあ、そうあまり儂の生徒をいじめないでいただきたいですな、理事殿。詳しくは報告書にも記載があったはずです」

 詰め寄られたわたしの顔色を察してくれたのか、校長先生がその長い髭を撫でながら、助け舟を出してくれました。

「見ての通りだが、彼は何も話してくれんのだ。曲がりなりにも面識がある君なら、と思ってのう」
「こんな馬の骨など軍部で尋問でもしてやればいいのだ。尋問の訓練にもなるではないか」
「彼はまだ子どもですぞ、理事殿。学校は幼きものに危害を加えるところではない」

 興奮し始めた様子の軍服の男性を静かに諭す校長先生を横目に、わたしは、ベッドの少年と初めて目が合いました。

 ◇

 次の瞬間、病室に緊張が走りました。少年が飛び起き、左右の膝と両拳を地面についた、不思議な格好をとったからです。

 護衛兵は剣の柄に手をかけ、軍服の男性を守るように飛び出してきています。

 しかし少年はそんなことは意にも介さんとばかりに、ただわたしの方を見て、

「タシモレワクスバチノイハビタンコ。スモゲサトガイア」

 と。不思議な言葉とともに頭を下げたのでした。

「敵意は、なさそうですな」
「しかし何と言っているのだ。異国のものであることに間違いはないが、これでは話が通じんではないか」

 安心した大人たちを尻目に、わたしは少年から目が離せないでいました。遺跡で、野盗を次々と葬っていったあの野生的な狂気がまったく感じられず、一種の爽やかさだけが彼から流れてくるようです。

 見ると少年は自らの方を指差し、何か伝えようとしているようでした。正直何を言っているのかわかりませんが、一つの音だけが何とか耳に入ります。

「キーレ?」

 わたしの言葉に、少年は大きく頷き、透き通るような笑顔を浮かべたのでした。

「これだけ待たせておいて、わかったのは名前らしきものだけか。まったく、とんだ無駄骨だぞ。時間の無駄だったではないか」
「まあ、今回は名前がわかっただけでよしとしましょうぞ。少なくとも彼に敵意はなさそうであるし、言葉はゆっくり教えていけばよい」

 その後、少年がまた沈黙を続けてしまったので、その場はおひらきとなってしまいました。こちらの言葉を理解できていないとはいっても、兵士もいるこの状況で平然としているのは、一種異様です。ただ、にこにこと笑みを浮かべながら黙っているので、一同毒気を抜かれてしまったのでしょうか。

 こうして、わたしと彼--キーレの、二度目の出会いは終わりを告げたのでした。

 ◇ ◇ ◇

 明くる日、わたしは校長先生に呼び出されました。謹慎処分中には初めてのことです。

「よく来たね、マリア=アンヌ君。君への処分が決まったのでな」
「処分とは謹慎のことではなかったのでしょうか?」
「それはそうなのだが、なにぶん今回は特殊なのでな。例の流民の少年の処遇のこともある」

 今回の件はそろそろ遠方の実家に報告が届く頃です。きっと父に大目玉を喰らうことでしょう。母も学校からの手紙を見たら、仰天して倒れてしまうかもしれません。

「今回は儂の一存では決められないのだよ。その書類を読んでみたまえ」

 その書類には、

 --今後、保護した少年の監視と指導は本校の生徒マリア=アンヌ=エンミュールの預かるところとする。
 --また、監視役を派遣し、少年の語学習得に役立てること。
 --会話が一定可能になった場合、再度尋問を必要とする。以上の措置は軍部の指示のもと、行われる。

 とても大目玉では済まないようなことが書かれてあったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界

Greis
ファンタジー
【注意!!】 途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。 内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。 ※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。 ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。 生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。 色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。 そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。 騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。 魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。 小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...