日の出が祝福する時

ふつうのひと

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プロローグ

私の全てを──

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自分の体が冷たいようで熱い。心臓の脈打つ音がハッキリと聞こえる程に心拍数が上がり、呼吸は荒くなる。

──お願い、そんな顔をしないで。あなたが居なくなっちゃうのが、何よりも辛い。

日常が壊れた時、微かに誰かの笑い声が聞こえた。
日常が壊れた時、目の前は赤く赤く染まった。
日常が壊れた時、脳が蹂躙される様な感覚を味わった。

俺はその場に硬直する。状況が分からない。
誰が誰を何のためにどうして何故何でどうやってこんな事を──

「うぅっ、おぇぇ」
賢はその場に膝をつき、込み上げてきた吐瀉物を床に撒く。喉が焼けるような感覚を味わい、袖で口を拭う。ふと、横を見る。そこには、まだ微かに体を震わせている母の姿がある。

また、吐く。

賢は時間を掛けてなんとか立ち上がり、頭を落ち着かせようとする。
つい最近まで元気に動いていた父親の遺体を見る。
腹に横に一線、深深と斬られた跡があり、一瞬で絶命したようだった。

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
許せ、ない。


──怒りに燃えた時の人は、自分でも自分を怖くなっちゃうの。自分が、居なくなるような、そんな感じがしてね。


不思議なことに頭が回る。怒りと憔悴が体をかけ回る前に原因を、殺さなければ。殴って、嬲って、蹴って、刺して斬って殺して殺して...何回でも殺してやる。家族をこんなになるまで痛めつけたやつに、報復を受けさせてやる。
絶対に殺し──

不意に、風を切る音が聞こえた気がした。
頬に微かな痛みが走り、頬に手をやる。すると、手には血が付着しており、手が赤く染まる。

「──やっと見つけた」

声の主はまたもや聞きなれない声だった。最近聞きなれない声が多いな。こいつは何なんだ。殺してやろうか。
その声の主は影から出てきて、刀のようなものを携えている。着物姿で、いかにも和装という服装であった。ツリ目が特徴的な顔で、こちらを静かに見つめている。

「あなたが淡生賢.....想像通りの姿形ですね」
この男が何故ここにいるのか。よく考えてみれば分かる事じゃないか。

「...が..ろしたのか?」

「はい?何か言いましたか?」

「お前が!!殺したのかって!!そう聞いたんだよ!!!」
もはや感情に任せ、賢はこの怒りを奴にぶつける。自分が発した声の大きさに、自分で自分に驚く。

「....任務ですから、仕方の無いことです」
それは、なんの悪意もない、ただの殺人鬼の声色だった。

「あぁ、そうかよ、もういいよ。お前は.....絶対殺してやる」
ふつふつと湧いてくる殺意。それは、普通の人間では絶対に出てこないような真っ黒な感情。俺はとことん普通の人間じゃないんだな、と賢は心の中で自分の惨めさに笑う。



──彼へのプレゼント。最高で最悪で、飛びっきりの愛を彼へ。きっと彼なら、生き延びてくれる。そうでしょう?


俺の中で、何かが燃えた。それはきっと、人間に必要な何かなんだと思う。人間?家族を失った俺はもうなんにだってなっていい、こいつを殺してやる。例えこいつに、どんな生きる理由があろうとも。

──刹那、賢の身体から炎が湧き出た。その炎が出た瞬間、賢の脳内に知らない知識がまるで昔から知ってたかのように記憶される。それは一瞬の出来事で、不思議とその炎の使い方が理解出来た。炎を掴み、丸め、相手に投げる。それだけだ。炎は、恐らく音速を超えて相手の方へと飛んでいった。

「.....やっぱり、今殺しに来て本当に良かった。」
飛んで行った炎は、相手を巻き込み、その場で爆裂する。家の壁は消し飛び、壁の破片が飛び散る。その場に和装姿の男の姿は無い。だが、消し飛んだはずの奴は無傷で別の場所へ移動しており、静かにそう呟く。

賢は身体から溢れる炎を再び掴み、限界まで握りしめ、相手にぶつける。瞬間、圧縮された炎が爆発し、大切な思い出の、もはや今はどうでもいい家ごと相手を消しさらんとする。勿論これをまともに受けたら無傷なんてレベルではなく、相手もろとも....

だが、あの男には傷一つ付かず、思い出のある家だけが倒壊した。

「ふむ、戦闘の中で成長していく力.....場合によっては本部へ──いや、そんな事は後で考えるとしましょうか。」
男はニヤニヤと笑い、刀に付着した血を払い、刀を握り直す。

男は、足音を無くし、賢の方向へと歩いてくる。そんな男の姿は、見とれるほど美しく、一片の隙もない。だが、今の賢にはそんなことどうでもよかった。見とれるほど美しく、それでいてこちらへと確実に歩みを進める。

死が、目の前に迫る。人生が終わりを告げようとする。

なんの積み重ねも無い、つまらない人生だったな。
でも、死んでも、死んでも、俺はこいつを、必ず...殺してやる。

剣戟の一閃が視界に映る。
そのまま賢を一刀両断し、賢は死を迎え入れようと──

鉄と鉄のぶつかる音がし、賢は空を飛んでいるような浮遊感を感じる。驚きに目を見開き、腹を見ると、賢の胴体と下半身は繋がっていた。

「なーんか大きい音がしたから来てみたけど、こりゃあ.....酷いね」

──目の前には、細長い糸で剣を受け止めるさっきの男がいた。

「や、さっきぶり。元気そう、ではないね」

もはや誰かのことなんて考えられるはずもなく、俺は黙ったまま着物姿の男を指さした。

「うん、分かってるよ。」

「横槍を...矢羽根凪ですか。」

「そ。見たところ君は前頭かな?」
人を見るだけで前頭とか分かるんだ...と思いつつ少しの安堵と、感情に余裕が出来ていることに気付く。

「残念、私は後頭ですよ」

「まぁどっちも似たようなもんだろ」
賢はポカーンと大口を開き、和装姿の男は変なものを見たような顔をしている。

「はっはっ、面白い御方のようで」

糸男と和装男、片方は糸を体の至る所から出し、片方はもう一度刀を握り直した。

開戦の合図など、両者には必要なかった。

両者の武器は糸と刀だったが、それが重なる時、剣同士が打ち付けあっている様な音を発した。今更だがどれだけ硬いんだ、あの糸は。賢はそこに参戦したかったが、先の力を使った反動かその場から動けなかった。それにあの2人の間に割って入るのは無粋とも思えた。

「くっ、ははっこれも受けますか!」
和装男が凄まじい速度の剣戟を繰り出しながら言う。
だがそれよりもなお速く、糸男の体のありとあらゆる場所から糸が出て剣戟に対応していた。

「喜」
糸男がそう言葉を放った瞬間、和装男の足元が弾けた。

和装男は足元から出てきた無数の黄色の糸を刀で斬った。
なんで切れるんだ?強度が落ちているのか?速度も明らかに落ちている。

「ふむ。力の開示、早くないですか?」

「まあ短期決戦にしたいしね」

「そうですか、ならば──」
和装男は瞬きの間に糸男の眼前へと移動した。
そして、和装男の刀の一閃が糸男を切り裂いた。糸男の胴体と下半身は泣き別れになり、周囲に血が飛び散る。
だが、

「哀」
そう糸男が放った瞬間、一刀両断にされたはずの糸男の胴から糸が勢いよく飛び出し、下半身が糸で繋がり、次の瞬間には胴と下半身がくっついていた。

「やはり後頭はデタラメじゃない様ですね。引き返します。後頭、それもかなり上澄みのあなたを相手にする程愚かではありません。」

逃げる...?ダメだ、俺はこいつを殺すと、俺の家族をこんな目にあわせたこいつを...
「ぐぁっ、はぁ はぁ はっ」
もう一回力を使って炎を出そうとしたところで体に激痛が走る。それと共に頭痛が賢を襲い、思わず地面に膝を着く。

「力を使い果たしましたか。では失礼致します。そもそも、私はこの仕事は向いてないんですよね」

「逃がすかよ.....!!怒」
次の瞬間、逃げの体勢へと入った和装男を糸が切り刻まんと音速を超えた速度で和装男へ襲いかかる。和装男は突然の斬撃に対応しきれず、体の数カ所が切り刻まれた。だが賢が瞬きをした頃には和装男はいなかった。

「逃げられたか。本日2回目だけど、大丈夫かい?」

「大丈夫なわけ、ないじゃないですか」
違う。それは言っちゃダメだ。この人は俺を助けてくれたんだ。それは傲慢というものだろ。
でも、でも...
「まぁ、そうだね。ご家族のことは本当に──」

「なんで、もっと早く来れなかったんですか?気配も察知出来たはずなのに!!なんで!!!」

「それは俺が、俺が油断していたからだ。」
なんで、なんだよ。なんでそんな...弟と同じ目をするんだよ...

「ッ、とりあえずもうすぐ警察が来ると思うので──」

「いや、俺が保護するよ。責任を持って」

「.....分かりました」
どうせ行くあても無いのだから、俺はこの人について行くことにした。

「...アイス、買ってくかい?」

「今冬ですよ」

「冬のアイスも美味いかもよ?」

「.....じゃあ、頂きます」

「OK、じゃあコンビニ寄ってから帰ろうか。」
そう言って俺たちはコンビニへ行って、アイスを買って...まだ抵抗はあるが一応俺たちの家へ行った。その後警察から事情聴取やらなんやらで、学校には結局行けなかった。

​───────​───────​──────────
「──矢羽根さん」
家族の火葬が終わり、火葬場から俺は逃げるように出て、外で待っていたとある男の元へと向かう。あの事件の後、警察から事情聴取、政府公認組織の【対反政府主力班】と名乗る団体に和装姿の男について詮索をされ、心身ケアの出来る力を持つ医師から治療を受けた。やっと落ち着いたところで葬式、火葬場を行い、今に至る。

「おかえり、賢」
そう返事をするのは、あの時に俺を救ってくれた糸の力を使う男──【矢羽根 凪】だ。矢羽根さんは、火葬場を出てすぐ横にある椅子に座り、俺を待っていた。

矢羽根さんとは、警察から事情聴取を受けている時に手続きを行って俺は矢羽根さんの養子となった。医師からの治療も効果があったのだろうが、何よりも傍に支えてくれる人物が出来たという事が俺が何とか立ち直れた原因だろう。

「じゃ、帰ろうか」
灰色のグラデーションがかった短い髪を僅かに揺らし、矢羽根さんは家に帰ろうと促す。俺は無言で矢羽根さんに着いていき、火葬場は振り返らないように真正面を見つめながら歩く。

確かに俺はあの時と比べるとかなり心が落ち着いた方だと思う。それに実際、事件が終わった後にはあまり取り乱していなかった。だが、あの和装姿の男への復讐心はひと時も忘れていない。人の命を無造作に奪い、不条理に生きる為の灯火を散らす。そんな奴への復讐を、俺はあの日から誓った。周りからはきっともう関わるな、と止められるだろう。だが、これは俺が家族を守れなかった、弱かった事への贖罪として行う復讐劇だ。

皆、そんな俺の我儘を、どうか許してくれ。

家族へのさよならを済ませ、誰に向けているのか分からない思いを空へぶつける。ここから、俺の復讐劇は始まるのだ。
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