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第二部 ムーンダガーの冒険者たち
2-14 なでなでの関係
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頭まで被った白いシーツに太陽の光が透けて届く。その隣にシモンちゃんはいない。彼が寝た後、自分に与えられた部屋に戻ったからだ。一夜明けてすっきりと目が覚めると共に、冷静になった頭で考える。
「ああ…人が落ち込んでいるという弱みにつけこんで触りまくってしまった…」
やっちまった、と額を押さえる。
いくら本人が良いと言ったからといって、尻尾を洗うのはやりすぎだったのではないか?「この獣人たらし!」と心の中のロイさんが説教している。以前猫獣人の孤児院に行った時もそうだったが、僕はもふを目の前にするとどうも欲望に忠実になってしまうらしい。
もふもふ…
未だ手に残る感触と彼の満足そうな顔を思い出す。
ぐるぐると思考が巡ってしまいそうな夜をひとりで過ごさずにいられたこと。シモンちゃんは始めからそのつもりだったのかもしれない。昨日はそのまま寝てしまったから、後で改めて感謝を伝えなくては。
-----------
朝はそんなに得意じゃない。
でも先生に「朝は絶好の手入れボーナスタイム」と教わってから、目覚めるのが少しだけ楽しみになった。今日は早めに起きて、ふたりの身支度を手伝うことにする。
ナナンの耳元で「ごはん」と呟くと、むにゃむにゃ言いながらゆっくり起き上がる。手を引いて洗面台まで連れて行き、タオルを渡してあげたりブラシをかけて寝癖を直した。
「今日の朝ご飯はなんだろうね」「んね」
続いてシモンちゃんの部屋に行くと、驚いたことに本人が準備万端の状態で出てきた。まだふたりとも眠そう。しかし空腹には勝てないといった様子で朝食が振舞われる場所へとろとろ進んでいく。突然、目の前にいたシモンちゃんがくるりと振り返った。
「どうして…朝いなかったの…」
シモンちゃんがしょんぼり眉毛で話しかけてくる。
「朝ですか?」
「起きた時…一緒がよかった…」
そう言うと手の甲を指先ですりっと撫でてきた。
突然の甘い触れ合いにドキッとする。それって…昨日限定の距離感ではなかったんですか?
普段はひとりで執筆をしてるというから、寂しさには耐性がある人なのだと勝手に勘違いしていた。きゅんきゅんと子犬が縋るような目でこちらを見てくる。
「昨日シモンちゃんが一緒にいてくれたおかげで、今日も僕は元気です。ありがとう」
「う…俺は…まだちょっと…元気必要かも…」
そう言ってシモンちゃんがぺとっと僕の背中にくっついてくる。しかしこの甘えん坊さん、このままだと依存の沼へまっしぐらな気配しかしない。
「僕、この後3ヶ月くらいいなくなるんですけど、大丈夫ですか?」
「!」
一瞬で顔が真っ青になったシモンちゃん。子犬再びぷるぷると震えている。知っていたのは引率の件だけで、長期演習の話は初耳だったようだ。
「元々先生に面倒見てもらっていたんですよね?その時と何も変わりませんよ」
「その話し方…クラウディオみたいで…ヤダ!」
「ヤダって…」
「それに…クラウディオとは…なでなでの関係じゃないし…」
先生も多分喜んでしてくれると思いますけど。なでなで。
ところで、なでなでの関係って何?
-----------
「ユン、おはよう」
それに答えるようにチュルルルと囀りながらユンが飛び回る。
今日は座学を中心に見学した後、午後は繁華街の方で買い物をする予定だ。今度の長期演習に向けて必要なものを買うらしい。主に僕の。最低限の装備と生活用品、後は食糧調達と言ってたが何故か誰よりも冒険科トリオの方がはしゃいだ雰囲気だった。
「冒険科以外にはどんな学科があるんですか?」
「他には魔術式科とか料理式科とかあるよ。どっちも式の開発を専門としてる学科」
「えっ料理専門の式を開発する学科がある…んですか?」
「うん」
「僕の料理いらなくないですか?」
「んな訳ねーだろ!」
その学科が作り出す料理式は、なんと「美味しさ」の重要度が低いそうだ。
材料のロスが少ないとか、誰がどんな状況で作っても"同じ味"に仕上がることの方が社会的に貢献度が高い。その基本が守れていなければ、いくら美味しくても道具として良い評価が貰えない。
「美味いものを食いたくても美味い式がないと食えない。それに手作りで美味いもの作れる者は一層貴重だ」
ジュノーが遠い目をしている。
「そこらで手に入るものは大概試したが、もう飽きた」
「科学発展系の国はメシうめーらしいな。うちのおばさんが今度そっちの料理人雇うって言ってた」
「いいねえ~それじゃあ僕はおチビを雇うことにしようかな」
「おい!」
この教室ではこれから戦術学の授業が始まるが、他にも幻獣学・植物学・術式学・環境学・社会学など移動教室スタイルで各学科が交代で授業を受ける。
先程隣の教室を覗いてみたら、冒険科と年齢層が全然違っていたのが興味深かった。多くが10代の冒険科と比べて、大体20~30代の見た目の人がほとんど。このお金持ち学校とは今後縁がありそうにもないが、いろいろと社会経験を積みつつお金を貯めて学校で術式の勉強をして、"美味しい"料理の式を作って一発当てるっていうのも夢があるなあと思った。
需要は確実にある。とりあえず3人分。
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「ああ…人が落ち込んでいるという弱みにつけこんで触りまくってしまった…」
やっちまった、と額を押さえる。
いくら本人が良いと言ったからといって、尻尾を洗うのはやりすぎだったのではないか?「この獣人たらし!」と心の中のロイさんが説教している。以前猫獣人の孤児院に行った時もそうだったが、僕はもふを目の前にするとどうも欲望に忠実になってしまうらしい。
もふもふ…
未だ手に残る感触と彼の満足そうな顔を思い出す。
ぐるぐると思考が巡ってしまいそうな夜をひとりで過ごさずにいられたこと。シモンちゃんは始めからそのつもりだったのかもしれない。昨日はそのまま寝てしまったから、後で改めて感謝を伝えなくては。
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朝はそんなに得意じゃない。
でも先生に「朝は絶好の手入れボーナスタイム」と教わってから、目覚めるのが少しだけ楽しみになった。今日は早めに起きて、ふたりの身支度を手伝うことにする。
ナナンの耳元で「ごはん」と呟くと、むにゃむにゃ言いながらゆっくり起き上がる。手を引いて洗面台まで連れて行き、タオルを渡してあげたりブラシをかけて寝癖を直した。
「今日の朝ご飯はなんだろうね」「んね」
続いてシモンちゃんの部屋に行くと、驚いたことに本人が準備万端の状態で出てきた。まだふたりとも眠そう。しかし空腹には勝てないといった様子で朝食が振舞われる場所へとろとろ進んでいく。突然、目の前にいたシモンちゃんがくるりと振り返った。
「どうして…朝いなかったの…」
シモンちゃんがしょんぼり眉毛で話しかけてくる。
「朝ですか?」
「起きた時…一緒がよかった…」
そう言うと手の甲を指先ですりっと撫でてきた。
突然の甘い触れ合いにドキッとする。それって…昨日限定の距離感ではなかったんですか?
普段はひとりで執筆をしてるというから、寂しさには耐性がある人なのだと勝手に勘違いしていた。きゅんきゅんと子犬が縋るような目でこちらを見てくる。
「昨日シモンちゃんが一緒にいてくれたおかげで、今日も僕は元気です。ありがとう」
「う…俺は…まだちょっと…元気必要かも…」
そう言ってシモンちゃんがぺとっと僕の背中にくっついてくる。しかしこの甘えん坊さん、このままだと依存の沼へまっしぐらな気配しかしない。
「僕、この後3ヶ月くらいいなくなるんですけど、大丈夫ですか?」
「!」
一瞬で顔が真っ青になったシモンちゃん。子犬再びぷるぷると震えている。知っていたのは引率の件だけで、長期演習の話は初耳だったようだ。
「元々先生に面倒見てもらっていたんですよね?その時と何も変わりませんよ」
「その話し方…クラウディオみたいで…ヤダ!」
「ヤダって…」
「それに…クラウディオとは…なでなでの関係じゃないし…」
先生も多分喜んでしてくれると思いますけど。なでなで。
ところで、なでなでの関係って何?
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「ユン、おはよう」
それに答えるようにチュルルルと囀りながらユンが飛び回る。
今日は座学を中心に見学した後、午後は繁華街の方で買い物をする予定だ。今度の長期演習に向けて必要なものを買うらしい。主に僕の。最低限の装備と生活用品、後は食糧調達と言ってたが何故か誰よりも冒険科トリオの方がはしゃいだ雰囲気だった。
「冒険科以外にはどんな学科があるんですか?」
「他には魔術式科とか料理式科とかあるよ。どっちも式の開発を専門としてる学科」
「えっ料理専門の式を開発する学科がある…んですか?」
「うん」
「僕の料理いらなくないですか?」
「んな訳ねーだろ!」
その学科が作り出す料理式は、なんと「美味しさ」の重要度が低いそうだ。
材料のロスが少ないとか、誰がどんな状況で作っても"同じ味"に仕上がることの方が社会的に貢献度が高い。その基本が守れていなければ、いくら美味しくても道具として良い評価が貰えない。
「美味いものを食いたくても美味い式がないと食えない。それに手作りで美味いもの作れる者は一層貴重だ」
ジュノーが遠い目をしている。
「そこらで手に入るものは大概試したが、もう飽きた」
「科学発展系の国はメシうめーらしいな。うちのおばさんが今度そっちの料理人雇うって言ってた」
「いいねえ~それじゃあ僕はおチビを雇うことにしようかな」
「おい!」
この教室ではこれから戦術学の授業が始まるが、他にも幻獣学・植物学・術式学・環境学・社会学など移動教室スタイルで各学科が交代で授業を受ける。
先程隣の教室を覗いてみたら、冒険科と年齢層が全然違っていたのが興味深かった。多くが10代の冒険科と比べて、大体20~30代の見た目の人がほとんど。このお金持ち学校とは今後縁がありそうにもないが、いろいろと社会経験を積みつつお金を貯めて学校で術式の勉強をして、"美味しい"料理の式を作って一発当てるっていうのも夢があるなあと思った。
需要は確実にある。とりあえず3人分。
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