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第二部 ムーンダガーの冒険者たち
2-13 解きほぐす手
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先生がシモンちゃんの「ご飯とお風呂だけ面倒見てあげて下さいね」と言った時、執筆活動中でもないのにそこまで気にかける必要があるのかな?と思った。
今こうして彼の姿を目にするまでは。
客間の隅、床に寝転がって丸まり、お耳をぺたんと閉じて外の音をシャットアウトしている。この様子では、みんなと並んで一緒に食事を取れそうにない。
昼間に冒険科トリオが話した小説の件、その他諸々でダメージを受けているらしい。学校にいる間もネタの発見とその小説が産む弊害とのはざまで、感情がぐるぐる変わっていたように見えた。自分の作品が特定の誰かに迷惑を掛けていると知って、殊更に落ち込んでいるのだと思う。
起きた事を整理したり、その中に落ち込む時間があるのは悪いことじゃないと僕は思っている。でもきっと彼は繊細で想像力の豊かな人だから、無い事まで考え及んで落ち込み続けている。食欲が無くなるほど、考えること(落ち込むこと)に時間を使ってしまっているのだ。
「シモンちゃん」
垂れた耳がぴくっと震える。
「僕とナナンは向こうの部屋で夕飯を頂いてこようと思います」
「うん…俺は…」
「シモンちゃんの分はここに運んで貰えるように頼んでみますから、ちゃんと食べてくださいね」
「…はい」
夕食の帰り、ナナンには先に戻って貰い僕はシモンちゃんの部屋に寄る。彼は変わらず部屋の隅で同じ体勢をとっていたが、トレーの上の食事は半分ほど手がつけられていた。
「ご飯ちゃんと食べて偉いです」
シモンちゃんの側に寄ると頭に手を伸ばして、なでなでしながらそう声をかけた。彼はぱちくり、と音が聞こえてきそうな程ゆっくりと瞬きをして固まってしまった。
「あのごめんなさい」
子供にするように頭を撫でてしまったことを謝り、すぐに手を下げる。
「…」
シモンちゃんが上目遣いでこちらを見上げてくる。引っ込めた手と僕の目と交互に視線を泳がせている。その瞳に不快感はなく、むしろ何か期待しているように見えた。
「俺ごはん…食べた…」
「はい、偉いです」
しばらく無言で何か僕に訴えていたシモンちゃんは、やがて諦めたようにゆっくりと上半身を起こして、僕の手に自分の頭をぐいっと押し付けてきた。触れている指をこしょこしょと動かすと、視界の端の方で尻尾が小さく揺れる。わしゃわしゃと耳までもみくちゃにすると、尻尾の揺れが大きくなった。
耳を指で挟み、根元から先に向けて撫でる。先生のカットのおかげで気持ち良さそうな表情がよく見えた。長いまつ毛は伏せられ、緩んだ口元から唾液が溢れそうになる。赤い舌がちろりとそれを掬い取った。
「シモンちゃん」
「…?」
「お風呂入りましょうか」
「…う」
夢から覚めたような顔と共に尻尾ブンブンが止まった。
「今入るなら僕が頭洗います」
「…」
「乾かすのも僕がやります」
「…」
「なでなでタイムもおまけしましょう!」
「…入る」
なんでちょっと満足げな表情してるんだ、この人。
-----------
リュリュの家のお風呂はすごく立派だ。
ディープブルーのタイルが敷き詰められた水深浅めの大浴場。その外には帯状に広がった小さな滝があって、浴槽と共に全体は植栽で囲まれている。水しぶきが霧のようにうっすらと立ち込めていて、もうお風呂と言うより室内版の泉といった雰囲気。
エルフって森で暮らしているイメージがあるから、この風呂場は特に彼らに似合うだろうな。秘境って感じだ。
シモンちゃんがぷかぷかと湯に浮かんでいるのを横目に石鹸を泡立てる。浴槽の淵にはヘッドレスト用の石が付いていて、普段はここで湯に浸かりながら従者に髪を洗って貰うらしい。美容室のシャワー台みたいだ。僕らも勧められたのだが、ちょっと気恥ずかしかったので断った。今日は特に身内だけで入りたい。
準備が出来たので水面をパシャパシャ叩いて、彼を呼んだ。
わっしゃわっしゃと強めに地肌を指圧しながらマッサージ。耳は中に泡が入らないように気をつけながら優しく洗う。
「かゆいところありませんか~?」
「ない…」
気持ちが良いらしく、口がだんだん開いている。さっきもそうだったけど、この人気持ちが良いとお口がゆるゆるになるタイプなんだな。
よく濯いだ後、トリートメント代わりにオイルを塗り込んでシャンプータイムが終了した。
「僕は先に出てますから、ゆっくり浸かってくださいね」
「あっ…ま、待って」
「どうかしました?」
「尻尾も…洗って欲しい…かも」
「えっ」
浴槽の淵に座り、濡れて細くなった尻尾を恥ずかしそうにこちらに向けてきた。何がきっかけか今日一日でシモンちゃんがものすごい甘えん坊に。え、尻尾って親しい人にしか触らせないんですよね??
「先生にもよく洗って貰ってるんですか?」
「クラウディオに?…まさか」
「…リッカくんだけ」
何それ。かわいい。
風呂上りは魔道具で全身を乾かしながら、髪や尻尾にブラシをかけてあげる。リュリュの家はそのどれもが良質な物ばかりで、シモンちゃんの全身の毛が綿毛のように柔らかくなった。
「…なでなで」
ほかほかになったシモンちゃんがベッドの上で待ち構えている。端に座ると、膝の上に頭を乗っけてきたので背中をよしよしと撫でる。
足が痺れ始めた頃、下からシモンちゃんに腕を引かれてベッドに転がされる。とろりと溶けた瞳の奥、澱みのようなものが見える。でもそれは彼の瞳に映った僕自身にも思えた。
「今日はいろんなことがありましたね」
「うん…」
頭の中で一日を振り返っていると、ぎゅっと横から抱きしめられた。
普段俯きがちで姿勢が悪く、ジュノーと比べてかなり線が細いので全然気がつかなかったがこの人…デカい上に結構体格いいな…
甘えん坊なデカわんこを気の済むまで面倒を見ることが出来て、僕は大変満足した。このままだとここで寝てしまいそうなので、腕の中からゆっくりすり抜けるとベッドから起き上がってすぐに捕まってしまった。
「どこいくの…」
わんこの方はまだ満足していなかったらしい。僕の両手を掴むと自分の頭に乗せた。
「もうちょっとしてて…」
ああ、僕のこの手はいつもこうやって誰かを癒していたいな。
.
今こうして彼の姿を目にするまでは。
客間の隅、床に寝転がって丸まり、お耳をぺたんと閉じて外の音をシャットアウトしている。この様子では、みんなと並んで一緒に食事を取れそうにない。
昼間に冒険科トリオが話した小説の件、その他諸々でダメージを受けているらしい。学校にいる間もネタの発見とその小説が産む弊害とのはざまで、感情がぐるぐる変わっていたように見えた。自分の作品が特定の誰かに迷惑を掛けていると知って、殊更に落ち込んでいるのだと思う。
起きた事を整理したり、その中に落ち込む時間があるのは悪いことじゃないと僕は思っている。でもきっと彼は繊細で想像力の豊かな人だから、無い事まで考え及んで落ち込み続けている。食欲が無くなるほど、考えること(落ち込むこと)に時間を使ってしまっているのだ。
「シモンちゃん」
垂れた耳がぴくっと震える。
「僕とナナンは向こうの部屋で夕飯を頂いてこようと思います」
「うん…俺は…」
「シモンちゃんの分はここに運んで貰えるように頼んでみますから、ちゃんと食べてくださいね」
「…はい」
夕食の帰り、ナナンには先に戻って貰い僕はシモンちゃんの部屋に寄る。彼は変わらず部屋の隅で同じ体勢をとっていたが、トレーの上の食事は半分ほど手がつけられていた。
「ご飯ちゃんと食べて偉いです」
シモンちゃんの側に寄ると頭に手を伸ばして、なでなでしながらそう声をかけた。彼はぱちくり、と音が聞こえてきそうな程ゆっくりと瞬きをして固まってしまった。
「あのごめんなさい」
子供にするように頭を撫でてしまったことを謝り、すぐに手を下げる。
「…」
シモンちゃんが上目遣いでこちらを見上げてくる。引っ込めた手と僕の目と交互に視線を泳がせている。その瞳に不快感はなく、むしろ何か期待しているように見えた。
「俺ごはん…食べた…」
「はい、偉いです」
しばらく無言で何か僕に訴えていたシモンちゃんは、やがて諦めたようにゆっくりと上半身を起こして、僕の手に自分の頭をぐいっと押し付けてきた。触れている指をこしょこしょと動かすと、視界の端の方で尻尾が小さく揺れる。わしゃわしゃと耳までもみくちゃにすると、尻尾の揺れが大きくなった。
耳を指で挟み、根元から先に向けて撫でる。先生のカットのおかげで気持ち良さそうな表情がよく見えた。長いまつ毛は伏せられ、緩んだ口元から唾液が溢れそうになる。赤い舌がちろりとそれを掬い取った。
「シモンちゃん」
「…?」
「お風呂入りましょうか」
「…う」
夢から覚めたような顔と共に尻尾ブンブンが止まった。
「今入るなら僕が頭洗います」
「…」
「乾かすのも僕がやります」
「…」
「なでなでタイムもおまけしましょう!」
「…入る」
なんでちょっと満足げな表情してるんだ、この人。
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リュリュの家のお風呂はすごく立派だ。
ディープブルーのタイルが敷き詰められた水深浅めの大浴場。その外には帯状に広がった小さな滝があって、浴槽と共に全体は植栽で囲まれている。水しぶきが霧のようにうっすらと立ち込めていて、もうお風呂と言うより室内版の泉といった雰囲気。
エルフって森で暮らしているイメージがあるから、この風呂場は特に彼らに似合うだろうな。秘境って感じだ。
シモンちゃんがぷかぷかと湯に浮かんでいるのを横目に石鹸を泡立てる。浴槽の淵にはヘッドレスト用の石が付いていて、普段はここで湯に浸かりながら従者に髪を洗って貰うらしい。美容室のシャワー台みたいだ。僕らも勧められたのだが、ちょっと気恥ずかしかったので断った。今日は特に身内だけで入りたい。
準備が出来たので水面をパシャパシャ叩いて、彼を呼んだ。
わっしゃわっしゃと強めに地肌を指圧しながらマッサージ。耳は中に泡が入らないように気をつけながら優しく洗う。
「かゆいところありませんか~?」
「ない…」
気持ちが良いらしく、口がだんだん開いている。さっきもそうだったけど、この人気持ちが良いとお口がゆるゆるになるタイプなんだな。
よく濯いだ後、トリートメント代わりにオイルを塗り込んでシャンプータイムが終了した。
「僕は先に出てますから、ゆっくり浸かってくださいね」
「あっ…ま、待って」
「どうかしました?」
「尻尾も…洗って欲しい…かも」
「えっ」
浴槽の淵に座り、濡れて細くなった尻尾を恥ずかしそうにこちらに向けてきた。何がきっかけか今日一日でシモンちゃんがものすごい甘えん坊に。え、尻尾って親しい人にしか触らせないんですよね??
「先生にもよく洗って貰ってるんですか?」
「クラウディオに?…まさか」
「…リッカくんだけ」
何それ。かわいい。
風呂上りは魔道具で全身を乾かしながら、髪や尻尾にブラシをかけてあげる。リュリュの家はそのどれもが良質な物ばかりで、シモンちゃんの全身の毛が綿毛のように柔らかくなった。
「…なでなで」
ほかほかになったシモンちゃんがベッドの上で待ち構えている。端に座ると、膝の上に頭を乗っけてきたので背中をよしよしと撫でる。
足が痺れ始めた頃、下からシモンちゃんに腕を引かれてベッドに転がされる。とろりと溶けた瞳の奥、澱みのようなものが見える。でもそれは彼の瞳に映った僕自身にも思えた。
「今日はいろんなことがありましたね」
「うん…」
頭の中で一日を振り返っていると、ぎゅっと横から抱きしめられた。
普段俯きがちで姿勢が悪く、ジュノーと比べてかなり線が細いので全然気がつかなかったがこの人…デカい上に結構体格いいな…
甘えん坊なデカわんこを気の済むまで面倒を見ることが出来て、僕は大変満足した。このままだとここで寝てしまいそうなので、腕の中からゆっくりすり抜けるとベッドから起き上がってすぐに捕まってしまった。
「どこいくの…」
わんこの方はまだ満足していなかったらしい。僕の両手を掴むと自分の頭に乗せた。
「もうちょっとしてて…」
ああ、僕のこの手はいつもこうやって誰かを癒していたいな。
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