Fitter / 異世界の神は細部に宿るか

あける

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第二部 ムーンダガーの冒険者たち

2-12 ガラスの天井の下に

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「壁壊しちゃってすみません」
「全然気にしないで!ここは壊してもいいように出来ている場所だから」

先生が壁に埋められた式に魔力を込めると、破片が吸い寄せられて壁が元の状態に戻った。流石演習場だけある。ほっと胸を撫で下ろしていると、トリオがこちらへ歩いて来た。

「チビすけ、すげーーじゃん戦闘もいけんのかよ!」
「いや、本人が一番驚いていたように見えたが」

ジュノーの言う通りだ。今も手が少し震えている。

「僕は…」

それに気づいたナナンがそっと僕の手を握ってくれた。

「僕は料理と手入れ好きな、ただの子供です」
「…そっか」
「まあ長期演習の時はオレ達が守るから心配すんな!」

ジュノーが僕の背中を優しくさすりながら、静かに耳元で話す。

「俺たちはこれから終礼がある。そこの売店でジュースでも飲んで待っていてくれ」

教わった通り売店で買い物をして近くのベンチに座る。作り立てのフレッシュジュースが美味しい。近くの噴水でユンが水浴びして遊んでいるのを見ていたら、少し気分が落ち着いて来た。

「リッカ、大丈夫?」ナナンとはずっと手を繋いだままだった。

「大丈夫、ちょっと元気になったよ。ナナンのジュースもちょっとちょうだい」
「いーよ」

ナナンと自分のグラスを交換して飲んでいると、一人の男子生徒が近づいてきた。

「こんにちは、おじいさん」
「おっ…?」

「「おじいさん?」」

ナナンとシモンちゃんが頭にハテナを浮かべている。この人、さっきのおじいちゃんムーブを見ていた人か…

「こんにちは、何か?」
「いえお礼をと思いまして」
「お礼、ですか?」

おじいさん口調はせず、いつも通りの態度で受け答えをする。ところでお礼って何??

「今年、彼らのステラを引き受けて下さったことですよ。私としてはあなたのような人畜無害そうな方になって貰って安心しています」
「人畜無害…」
「つまり恋愛関係に発展する可能性がない、ということですね」

その男子生徒がニッコリと笑みを浮かべている。お顔も立ち姿もモデルのように美しい人だ。

「それは今あなたがどなたかと恋愛関係にあり、発展すると困るという意味ですか?」
「はは、今はまだね。シナリオ通りなら来年のステラは私ですから」
「ん?」

シナリオって…なんですか…

眉間に力が入る。わからない話を一方的にしてくるし、たぶん馬鹿にされていると思う。僕が変な顔をしているのに気がついたシモンちゃんが小さな声で耳打ちしてくる。

「たぶん…めちゃくちゃ俺の小説読んでる人だと思う…主人公が転生してきたって…設定にしてたから」

小説の主人公に成り切っているちょっとイタタな人ってこと?

噂をすればなんとやらだ。「チビすけ~~待たせた~~~」とケイの声が聞こえる。声のする方へ視線を向けると、終礼を済ませたトリオが歩いてきた。

「誰?知り合い?」
「いえ、皆さんのお知り合いでは?」

「知らね?」
「知らないねえ」
「知らん」

イタタな人確定でした。

トリオに揃って「知らない」と言われて例の男子生徒は、泣きながらこの場を去っていった。

「僕らのせいでいろいろ絡まれちゃうよねえ、ごめんね」
「いえいえ。皆さんの苦労を考えると僕のは一時的な物ですから」
「ホント大人だねえ」


 -----------


「帰る前に寄りたいところがある。あのドームが見えるか」

ジュノーが指差す方に目を向けると、他の建築様式とは打って変わって未来的な建造物が見えた。ガラスで出来たドーム型の天井が特徴的で、まるで万博にあるパビリオンのようだ。

「あれはプエムがいる厩舎だ」
「行きましょう!」

ジュノーの手を掴み、厩舎に向かってぐんぐん進む。建物に近づいていくほどに周囲に人気は少なくなり、獣臭が強くなっていった。入り口の前まで来るとジュノーがポケットから鍵を取り出して扉を開けてくれた。

中は巨大な温室になっており、植物が覆い茂っていた。ガラスの天井はそのまま青空を透かしていて閉塞感を感じない。それぞれ仕切られてはいるものの、厩舎というより動物園に近い印象だ。

「このエリアの幻獣は共同で生徒が育成をしている」

角の生えたウサギの群れがぴょんぴょん跳ねていく。その反対側からユニコーンがゆっくりと歩いてきた。

「角の子達はまとめて育ててるんだね」
「ね」

一番近くの柵の中を覗くと、そこには大型犬くらいのサイズの爬虫類?がいた。

「幼体のドラゴン。先週生まれたばかりだ。小さい上にまだ火は吹けないからここで育てている」

ここお金払って見るようなレベルの幻獣が勢揃いしているんじゃないか…?案の定シモンちゃんの目はキラキラと輝いていた。

「ドラゴンの赤ちゃん…ドラゴンって2週間くらいで大きくなっちゃうから…この時期は本当にレアだよ」

ちょっとスケッチさせて…と慌てて道具を出していた。

「こっちだ」

本当はゆっくり見て歩きたいのだが、スケッチ中のシモンちゃんを置いてサクサク進んでいく。そこにはお母さんと同じくらいの大きさになったプエムくんが居た。隣に同じヒポグリフがもう一頭いる。

「プエムとその弟のカラムだ。今は馬車を引かせる訓練をしているんだが、二人とも食いしん坊で気が散りやすくてな。すぐ道草を食う」

道端の草をもしゃもしゃ食べている二頭が思い浮かぶ。

「またあの森に行ったんですね」
「ああ、またあの母親に『兄と一緒に居させてやってくれ』と任されてしまった。今度の長期演習でも基本の移動は二人が引く馬車だ」
「それは楽しみです!」

ジュノーが撫でても大丈夫と言うので、手を伸ばすとプエムカラムがこちらに頭を下げてくれた。フカフカの羽毛を撫でる。目を閉じて気持ち良さそうにしている。

「今度の旅よろしくね」

二頭はクルルルルと喜ぶように喉を鳴らしていた。

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