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第二部 ムーンダガーの冒険者たち
2-11 想像の力は良くも悪くも
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「いやアンタかーーーいッ!!!」
ガチャン、とカトラリーを粗雑に手放したケイが叫ぶ。驚いたシモンちゃんが更に身を縮める。
この首都でバカ売れしているという恋愛小説の作家様を前にして、驚きと喜びとうんざりと…ケイはどんな気持ちでいるのが正しいのか混乱しているといった表情だった。
一方のリュリュはちゃっかりしていて「帰ったら本にサイン頂戴ねえ~」とニコニコ顔。
「おい、そろそろ午後の授業が始まる。騒いでいないで食事を済ませろ」ジュノーは普段通りだった。
塔の鐘が休憩時間の終了を告げる。午後はこのまま彼らに着いていって、冒険科の授業を見学するつもりだ。
-----------
冒険科の学科棟は食堂のあった本館からかなり遠い場所にあった。どれくらいかと言うと最初は元気に飛び回っていたユンも疲れて僕の肩で休むほどの遠さだった。
「剣とか斧とか…魔法とか飛んできて危ないから、うちはちょっと離れた場所にあるんだよねえ」
なるほど。それは怖いな。
本日冒険科の午後の授業は戦闘魔法の実技ということで、演習場に集合する。見学者で場内は混雑し彼らを導いてきた白い小鳥達も、手すりいっぱいにもふもふと並んでいて大変に可愛かった。学校入学希望者に加えて、アイドル化加速中の冒険科トリオのファンっぽい人達もたくさんいたが、それは学校として許していいのか…?
演習場の奥には訓練用のゴーレムが5体見える。これから戦闘魔法を使ってパーティごとの模擬戦が始まる。見学者が途中で帰ってしまわないように配慮しているのか、はたまた偶然なのか。冒険科トリオの順番は最後だった。
初めて目の前で見る戦闘はまるでサーカスのようだった。お客さんに向かって皆笑顔を向けている。彼らの戦闘服は衣装のように華やかだし、炎や水を自由に操る姿は美しい。時折緊張感を感じるものの、命のやりとりをしているというようなひりつきはない。これは魅せる戦闘なのだ。
僕は今までずっと小さな世界で暮らしてきて、怖い思いをしたことはなかったけれど、これから彼らと旅に出たらどうだろうか。今日のように美しい戦闘ばかりで済まないかもしれない。「楽しいショーでした」なんて3ヶ月後笑って帰れはしないだろう。意識の端で歓声が聞こえてくる。女の子も男の子も皆キャーキャー言ってる。戦いって怖いものじゃなかったのか?その感覚のズレが僕を一層不安にさせる。
最後にケイ・リュリュ・ジュノーの順番が来た。
一際大きく膨らんでいた歓声が、突然静まり返る。
一歩前に出たリュリュが真剣な眼差しで「シィ」と人差し指を立て、口元に当てていた。
何が起こったのかよくわからなかった。一瞬でゴーレム5体が砕け散った。観客は皆呆気に取られていた。
僕の心は不思議と落ち着いていた。それは彼らを信じてついて行くに充分な一瞬だった。
-----------
一通り授業が終わり見学者が帰っていった後、なにやらトリオが先生に相談してくれていたらしく「よかったら君も戦闘式を使ってみないかい?」と声をかけられた。
「いいんですか?」
「ああ、但し1年生用の式に限定させてもらうけどね」
戦闘用の式なんて生まれて初めて扱う。怖さもあるがわずかに知的好奇心が上回る。ちらっとナナンの方を見ると彼はユンと遊んでいた。本当にこの子は食べ物以外興味ないんだな…
目の前で先生がジュエリーボックスを開けると、大粒の石がはめられた指輪がいくつも並んでいる。装飾品なんてこの場にそぐわないと思うかもしれないが、実はこれが戦闘式になっている。生活用の式は木や金属で出来たプレート状のものが多いが、戦闘用の式は装備に組み込まれていたり、アクセサリー型で身に着けるものがほとんどだ。
小さい指輪に目が留まる。鈍く輝く金色の石がついていて、手に取ると一瞬小さなスパークが見えたような気がした。
「それは雷属性のものだね。そこの的を焦がすくらいの小さなものだから、怖がらずに思いっきり魔力を込めても大丈夫だよ」
「小さいものと言われても、初めてなのですごく緊張します…」
ナナンとシモンちゃんに見守られてドキドキしながら、右の中指に例の指輪をつける。他の生徒はそれぞれ片付けを終えて棟内へ戻っていく中、トリオだけはこちらに注目していて、僕が初めて戦闘魔法を使う瞬間を見届けてくれるらしかった。
5m先に木製の丸い的が立っている。狙いを真ん中に定めて、それに向かって一直線になるように手を伸ばす。集中して魔力を込めていると、線香花火を大きくしたような金色の大きな火花がパチパチと弾け出した。
息を大きく吸い込む。3、2、1、と頭の中でカウントダウン。
ゼロの瞬間、眼前が白い閃光で溢れ眩しさのあまり目を閉じてしまった。
数秒後に目を開くと、的そのものが消えて無くなっていることに気がついた。その直線上、時間差で数百m先の演習場を囲む外壁の一部がガラッと音を立てて崩れた。
やっちまった…咄嗟にアニメの戦闘シーンを思い浮かべてしまった…
「すっげええええええ!!!なにそれ!!!!!」ケイの興奮した声が聞こえてくる。リュリュとジュノーはぽかーんと口を開けて固まっていた。
「あれぇぇ?おかしいな…6年生用のが混ざっちゃってたのかな?ごめんね、びっくりしたよね」と先生が大慌てで僕の手から指輪を回収した。
「い、いえ…えへへ…だいじょぶです…」
上級生用か驚いた、なんて後ろでシモンちゃんはぶつぶつ呟いているけど、その指輪は本当に1年生用だと思う。おかしいのは僕の方だ。
紅茶をちょっと美味しくする程度だと思っていた僕の魔法の不規則性。
これ、人に当たってたら一体どうなってた?
生まれて初めて、自分の力を怖いと思った。
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ガチャン、とカトラリーを粗雑に手放したケイが叫ぶ。驚いたシモンちゃんが更に身を縮める。
この首都でバカ売れしているという恋愛小説の作家様を前にして、驚きと喜びとうんざりと…ケイはどんな気持ちでいるのが正しいのか混乱しているといった表情だった。
一方のリュリュはちゃっかりしていて「帰ったら本にサイン頂戴ねえ~」とニコニコ顔。
「おい、そろそろ午後の授業が始まる。騒いでいないで食事を済ませろ」ジュノーは普段通りだった。
塔の鐘が休憩時間の終了を告げる。午後はこのまま彼らに着いていって、冒険科の授業を見学するつもりだ。
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冒険科の学科棟は食堂のあった本館からかなり遠い場所にあった。どれくらいかと言うと最初は元気に飛び回っていたユンも疲れて僕の肩で休むほどの遠さだった。
「剣とか斧とか…魔法とか飛んできて危ないから、うちはちょっと離れた場所にあるんだよねえ」
なるほど。それは怖いな。
本日冒険科の午後の授業は戦闘魔法の実技ということで、演習場に集合する。見学者で場内は混雑し彼らを導いてきた白い小鳥達も、手すりいっぱいにもふもふと並んでいて大変に可愛かった。学校入学希望者に加えて、アイドル化加速中の冒険科トリオのファンっぽい人達もたくさんいたが、それは学校として許していいのか…?
演習場の奥には訓練用のゴーレムが5体見える。これから戦闘魔法を使ってパーティごとの模擬戦が始まる。見学者が途中で帰ってしまわないように配慮しているのか、はたまた偶然なのか。冒険科トリオの順番は最後だった。
初めて目の前で見る戦闘はまるでサーカスのようだった。お客さんに向かって皆笑顔を向けている。彼らの戦闘服は衣装のように華やかだし、炎や水を自由に操る姿は美しい。時折緊張感を感じるものの、命のやりとりをしているというようなひりつきはない。これは魅せる戦闘なのだ。
僕は今までずっと小さな世界で暮らしてきて、怖い思いをしたことはなかったけれど、これから彼らと旅に出たらどうだろうか。今日のように美しい戦闘ばかりで済まないかもしれない。「楽しいショーでした」なんて3ヶ月後笑って帰れはしないだろう。意識の端で歓声が聞こえてくる。女の子も男の子も皆キャーキャー言ってる。戦いって怖いものじゃなかったのか?その感覚のズレが僕を一層不安にさせる。
最後にケイ・リュリュ・ジュノーの順番が来た。
一際大きく膨らんでいた歓声が、突然静まり返る。
一歩前に出たリュリュが真剣な眼差しで「シィ」と人差し指を立て、口元に当てていた。
何が起こったのかよくわからなかった。一瞬でゴーレム5体が砕け散った。観客は皆呆気に取られていた。
僕の心は不思議と落ち着いていた。それは彼らを信じてついて行くに充分な一瞬だった。
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一通り授業が終わり見学者が帰っていった後、なにやらトリオが先生に相談してくれていたらしく「よかったら君も戦闘式を使ってみないかい?」と声をかけられた。
「いいんですか?」
「ああ、但し1年生用の式に限定させてもらうけどね」
戦闘用の式なんて生まれて初めて扱う。怖さもあるがわずかに知的好奇心が上回る。ちらっとナナンの方を見ると彼はユンと遊んでいた。本当にこの子は食べ物以外興味ないんだな…
目の前で先生がジュエリーボックスを開けると、大粒の石がはめられた指輪がいくつも並んでいる。装飾品なんてこの場にそぐわないと思うかもしれないが、実はこれが戦闘式になっている。生活用の式は木や金属で出来たプレート状のものが多いが、戦闘用の式は装備に組み込まれていたり、アクセサリー型で身に着けるものがほとんどだ。
小さい指輪に目が留まる。鈍く輝く金色の石がついていて、手に取ると一瞬小さなスパークが見えたような気がした。
「それは雷属性のものだね。そこの的を焦がすくらいの小さなものだから、怖がらずに思いっきり魔力を込めても大丈夫だよ」
「小さいものと言われても、初めてなのですごく緊張します…」
ナナンとシモンちゃんに見守られてドキドキしながら、右の中指に例の指輪をつける。他の生徒はそれぞれ片付けを終えて棟内へ戻っていく中、トリオだけはこちらに注目していて、僕が初めて戦闘魔法を使う瞬間を見届けてくれるらしかった。
5m先に木製の丸い的が立っている。狙いを真ん中に定めて、それに向かって一直線になるように手を伸ばす。集中して魔力を込めていると、線香花火を大きくしたような金色の大きな火花がパチパチと弾け出した。
息を大きく吸い込む。3、2、1、と頭の中でカウントダウン。
ゼロの瞬間、眼前が白い閃光で溢れ眩しさのあまり目を閉じてしまった。
数秒後に目を開くと、的そのものが消えて無くなっていることに気がついた。その直線上、時間差で数百m先の演習場を囲む外壁の一部がガラッと音を立てて崩れた。
やっちまった…咄嗟にアニメの戦闘シーンを思い浮かべてしまった…
「すっげええええええ!!!なにそれ!!!!!」ケイの興奮した声が聞こえてくる。リュリュとジュノーはぽかーんと口を開けて固まっていた。
「あれぇぇ?おかしいな…6年生用のが混ざっちゃってたのかな?ごめんね、びっくりしたよね」と先生が大慌てで僕の手から指輪を回収した。
「い、いえ…えへへ…だいじょぶです…」
上級生用か驚いた、なんて後ろでシモンちゃんはぶつぶつ呟いているけど、その指輪は本当に1年生用だと思う。おかしいのは僕の方だ。
紅茶をちょっと美味しくする程度だと思っていた僕の魔法の不規則性。
これ、人に当たってたら一体どうなってた?
生まれて初めて、自分の力を怖いと思った。
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