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第二部 ムーンダガーの冒険者たち
2-6 しっかりした大人
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先生から「ナナンくんを連れて、お店に来て下さい」と言われたので、二人で薬屋に向かう。
「ワフッ」
ドアを開けるとすぐ足元に嬉しそうな表情のワフが居た。
「ワフがお出迎えしてくれたの?ありがとう」
わしゃわしゃと彼の頭を揉みくちゃに撫でると、目尻を下げて気持ちよさそうな顔で受け入れてくれる。しばらく好きに撫でさせてくれた後、尻尾をふりふりさせたまま二階へ上がる階段へ向かっていった。
ワフは階段を上がる途中で、僕たちがついてきているか確かめるように時々ちらと振り返る。そこが可愛すぎて、わざとゆっくり階段を上った。
いつもの客間のドア、その隙間へワフがするりと体を滑り込ませる。中から話し声が聞こえてきたので、部屋にお客さんが来ているようだ。ノックをすると「どうぞ入って下さい」と声が掛かった。
部屋に入ると、先生がお客さんの散髪をしているところだった。
「こんにちは」
「いらっしゃい、今ちょうど終わりました」と満足げな表情の先生。
「お風呂に入ってらっしゃい」とお客さんに声をかけると、その人は部屋の外へ出て行った。
すぐに先生が片付けを始めたので僕は箒、ナナンははたきを使って掃除を手伝った。箒で部屋の隅から掃いていくと、ものすごい量の毛が集まった。こんな量なら、切る側も切られた側もスッキリして気持ち良いだろうな。ところでこのモーヴがかったダークグレーの毛色、どこかで見たことがあるような…
片付けが終わってソファーでゆっくりしていると先生がジュースを持って戻ってきた。ナナンは喉が渇いていたようで、グラスが置かれてすぐに飲み干していた。
「今日は、魔法学校の引率の件でお呼びしました」
「先生が一緒に?」
「いえ、私はあまり長く店を開けられないので今回はお留守番ですね」
じゃあなんで薬屋に呼ばれたんだ?
僕の顔を見た先生がふふっと笑っている。
「実は私の知り合いで適任を見つけて、今日ここに呼んでいるんです」
「もしかしてさっきの人ですか?」
「ええ、さっきの人ですね」
ぽたん、と床に水滴が落ちる音がしてドアの方を見る。さっきのお客さんがびしょ濡れでそこに立っていた。
-----------
正面のソファーに座ったことで顔がよく見える。気だるげな感じのイケメンが黙って先生に髪を乾かされている。ケモ耳がついているので獣人さんだと思う。
目が合ったので「はじめまして…」と挨拶すると、そのイケメンが驚いて目を見開いていた。
「ほら、言ったでしょう」と得意げな先生。
「そんな…」イケメンの犬耳がぺたんと垂れた。
「人族はあまり鼻が利きませんからね」
声と仕草でピンと来た。
「もしかして…シモンちゃんですか?」
「…うん」
「え!じゃあ魔法学校までシモンちゃんが一緒に行ってくれるんですか!」
「…そうだよ」
あの毛玉頭の下はこうなっていたのか…あまりに美しいお顔をされているのでまじまじと眺めてしまう。
「ナナンはシモンちゃんのこと気付いてた?」
「わかんなかった」
元々出不精気味だったシモンちゃんに、先生が取材として魔法学校に行くことを勧めたらしい。
「生活力に関しては少々難ありですが、物書きとして生計を立てられるくらいにはしっかりした大人ですから心配いりませんよ」
「ご飯とお風呂だけ面倒見てあげて下さいね」と先生が僕にだけこっそりと耳打ちしてくる。
"しっかりした大人"にそんな面倒は不要だと思うんだけど。
同行よろしくお願いしますの意を込めて、シモンちゃんに改めて獣人さん式の挨拶をしたいと伝えたら、その美しい顔でにっこり笑いかけてくれた。前回は毛で見えてなかったけど、その下ではこうやっていろいろな表情をしてくれていたんだろうな。
シモンちゃんがナナンの首元をくんくんして、ナナンもシモンちゃんをくんくんしている。
この間は子供同士だったから気付かなかったけど、イケメンに首元の匂いを嗅がれるのってすごく緊張しそう。トウジにいちゃんのファンの女の子とか、こんなことされたら倒れちゃいそう。まあ、見た感じナナンは全く気にしてないみたいだけど。
続いて僕の番。顔を寄せる前にシモンちゃんが一言。
「君たちずっと一緒にいるんだね…お互いの匂いが移ってる…」
そういう風に表現されるとなんだかむず痒い。
風呂上がりということもあって、彼の首元はシャンプーの良い匂いだった。遠くに微かにインクのようなツンとした香りがあって、やっぱりまだまだこの人はお仕事が忙しいのだなと思った。
シモンちゃんが僕の首筋にすりすりと鼻先を擦り付けている。この間の孤児院では不用意に相手に触れないと教わったけど、知り合い同士だとそうじゃないのかな。疑問に思いながら、擽ったいのを堪えてじっと待つ。
僕だけいつも長い時間嗅がれるのが地味に恥ずかしい。そんなに不思議な匂いなのだろうか。チーズのようなクセになる臭さとかじゃないよね?と不安で胸がドキドキしてくる。
れ、と首を舐められたような濡れた感触がした。
濡れた、感触?
「え?今舐めました…?」
「うん…何かよくわからないけど…美味しそうな匂いだったから…」
「味も…美味しいのかなって…」
この大人、本当に大丈夫ですか?
.
「ワフッ」
ドアを開けるとすぐ足元に嬉しそうな表情のワフが居た。
「ワフがお出迎えしてくれたの?ありがとう」
わしゃわしゃと彼の頭を揉みくちゃに撫でると、目尻を下げて気持ちよさそうな顔で受け入れてくれる。しばらく好きに撫でさせてくれた後、尻尾をふりふりさせたまま二階へ上がる階段へ向かっていった。
ワフは階段を上がる途中で、僕たちがついてきているか確かめるように時々ちらと振り返る。そこが可愛すぎて、わざとゆっくり階段を上った。
いつもの客間のドア、その隙間へワフがするりと体を滑り込ませる。中から話し声が聞こえてきたので、部屋にお客さんが来ているようだ。ノックをすると「どうぞ入って下さい」と声が掛かった。
部屋に入ると、先生がお客さんの散髪をしているところだった。
「こんにちは」
「いらっしゃい、今ちょうど終わりました」と満足げな表情の先生。
「お風呂に入ってらっしゃい」とお客さんに声をかけると、その人は部屋の外へ出て行った。
すぐに先生が片付けを始めたので僕は箒、ナナンははたきを使って掃除を手伝った。箒で部屋の隅から掃いていくと、ものすごい量の毛が集まった。こんな量なら、切る側も切られた側もスッキリして気持ち良いだろうな。ところでこのモーヴがかったダークグレーの毛色、どこかで見たことがあるような…
片付けが終わってソファーでゆっくりしていると先生がジュースを持って戻ってきた。ナナンは喉が渇いていたようで、グラスが置かれてすぐに飲み干していた。
「今日は、魔法学校の引率の件でお呼びしました」
「先生が一緒に?」
「いえ、私はあまり長く店を開けられないので今回はお留守番ですね」
じゃあなんで薬屋に呼ばれたんだ?
僕の顔を見た先生がふふっと笑っている。
「実は私の知り合いで適任を見つけて、今日ここに呼んでいるんです」
「もしかしてさっきの人ですか?」
「ええ、さっきの人ですね」
ぽたん、と床に水滴が落ちる音がしてドアの方を見る。さっきのお客さんがびしょ濡れでそこに立っていた。
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正面のソファーに座ったことで顔がよく見える。気だるげな感じのイケメンが黙って先生に髪を乾かされている。ケモ耳がついているので獣人さんだと思う。
目が合ったので「はじめまして…」と挨拶すると、そのイケメンが驚いて目を見開いていた。
「ほら、言ったでしょう」と得意げな先生。
「そんな…」イケメンの犬耳がぺたんと垂れた。
「人族はあまり鼻が利きませんからね」
声と仕草でピンと来た。
「もしかして…シモンちゃんですか?」
「…うん」
「え!じゃあ魔法学校までシモンちゃんが一緒に行ってくれるんですか!」
「…そうだよ」
あの毛玉頭の下はこうなっていたのか…あまりに美しいお顔をされているのでまじまじと眺めてしまう。
「ナナンはシモンちゃんのこと気付いてた?」
「わかんなかった」
元々出不精気味だったシモンちゃんに、先生が取材として魔法学校に行くことを勧めたらしい。
「生活力に関しては少々難ありですが、物書きとして生計を立てられるくらいにはしっかりした大人ですから心配いりませんよ」
「ご飯とお風呂だけ面倒見てあげて下さいね」と先生が僕にだけこっそりと耳打ちしてくる。
"しっかりした大人"にそんな面倒は不要だと思うんだけど。
同行よろしくお願いしますの意を込めて、シモンちゃんに改めて獣人さん式の挨拶をしたいと伝えたら、その美しい顔でにっこり笑いかけてくれた。前回は毛で見えてなかったけど、その下ではこうやっていろいろな表情をしてくれていたんだろうな。
シモンちゃんがナナンの首元をくんくんして、ナナンもシモンちゃんをくんくんしている。
この間は子供同士だったから気付かなかったけど、イケメンに首元の匂いを嗅がれるのってすごく緊張しそう。トウジにいちゃんのファンの女の子とか、こんなことされたら倒れちゃいそう。まあ、見た感じナナンは全く気にしてないみたいだけど。
続いて僕の番。顔を寄せる前にシモンちゃんが一言。
「君たちずっと一緒にいるんだね…お互いの匂いが移ってる…」
そういう風に表現されるとなんだかむず痒い。
風呂上がりということもあって、彼の首元はシャンプーの良い匂いだった。遠くに微かにインクのようなツンとした香りがあって、やっぱりまだまだこの人はお仕事が忙しいのだなと思った。
シモンちゃんが僕の首筋にすりすりと鼻先を擦り付けている。この間の孤児院では不用意に相手に触れないと教わったけど、知り合い同士だとそうじゃないのかな。疑問に思いながら、擽ったいのを堪えてじっと待つ。
僕だけいつも長い時間嗅がれるのが地味に恥ずかしい。そんなに不思議な匂いなのだろうか。チーズのようなクセになる臭さとかじゃないよね?と不安で胸がドキドキしてくる。
れ、と首を舐められたような濡れた感触がした。
濡れた、感触?
「え?今舐めました…?」
「うん…何かよくわからないけど…美味しそうな匂いだったから…」
「味も…美味しいのかなって…」
この大人、本当に大丈夫ですか?
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