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第二部 ムーンダガーの冒険者たち
2-2 見える気持ち、わからない想い
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「もう、シモンちゃんって呼んで…」
「はは…状況的に笑えてくる…」
先生の仕掛けた小さないたずらに呆れたような気配を漂わせていた彼だったが、この際子供に"ちゃん付け"で呼ばれるようなキャラクター性ではない自分を、あえてそのように呼ばせる方が面白いと考え始めたらしい。
「あ!」
一瞬目を離した隙に、喜びの勢いのままワフが部屋の奥へ走っていってしまった。
「大丈夫、君たちも寄っていくように言われてるでしょ…」
「中…入って」
そういえばそうだった。
先生の話を聞いて庭先で駆け回る兄弟犬的な想像をしていたけれど、本日ワフと戯れる"シモンちゃん"は彼であった。
「ありがとうございます。じゃあ、お邪魔します」
中はかなり散らかった様子で、ドアを開ける前にあったガタガタという音の正体らしきものが散乱していた。
「あの、お仕事お忙しいんですか?」
部屋は結構広いけど、それ以上に物が多すぎて床が見えない。普段片づける時間がないのかなと思わず聞いてしまった。
「はは…部屋汚いよね、ごめん」
申し訳なさそうな様子で積んである本を棚に戻しているシモンちゃん。少しふらついているように見えた。
「シモンちゃん」
「…はい?」
「最後にご飯食べたのいつです?」
「…うーん、覚えてない」
片付け中の彼の手を止めて、場所が空いたばかりのソファーに座らせる。
「僕、お腹空いちゃったので何か買ってきます」先生の栄養剤を一本手に握らせてそう言った。
「食べたいものありますか?」
「食べたいもの…」
「ん…ん…」
この人全然食べてないんだ。今食べたいものが思いつかないくらい食欲が失せてしまっている。廊下をうろうろしていたワフをこちらへ呼ぶ。
「ワフいい?シモンちゃんの面倒を頼んだからね」
「…面目ない」
ナナンと買い出しに出かけたけど、屋台には胃に優しそうなものが売っていなかったので白パンといくつか材料を買って帰った。あの家の料理式はかなり少ない方だったけど、工夫すれば簡単なスープくらい作れそうだ。
「手際がいいね…ちっちゃいクラウディオみたいだ…」
焼いたベーコンで出汁を取って、形が残らなくなるまで柔らかくしたかぶと牛乳を混ぜてポタージュにする。
「まあ弟子みたいなもんですから」
料理を見ていたシモンちゃんの頭の辺りがぴょこぴょこと動いている。毛が長くて分かりにくかったけどそこに耳があるんだ。「はやくたべたい」とナナンが急かす後ろで、シモンちゃんとワフが待ちきれない様子でお互いのお尻をぐるぐると追い掛けている。
「あったかいうちにみんなで食べようね」
シモンちゃんは長い毛を器用に避けてスプーンを口に入れている。ポタージュを一口食べると耳がぴんと立った。
「し、染み込むぅ…」
口に運ぶ時は急ぎながらもゆっくり味わってから飲み込んでいる。一口一口、大事に食べてくれているのが分かって嬉しい。
「俺、本書いてるんだけど…筆がのってくるといろいろ後回しにしちゃって…」
「食事も忘れることが多いから…時々クラウディオが栄養剤持って様子見に来てくれるんだ…」
せっかく立っていたお耳がぺたんと垂れてしまう。顔は見えないけど本当に感情が豊かな人だ。
「クラウディオさんは無類のお手入れ好きですから、気にせずお任せしていいと思います」
「そうだね…あと…」
「はい」
「おかわり…ある?」
足元からもキュンキュン聞こえる。
見るとワフがお皿を咥えてアピールしていた。
この後シモンちゃんが三回もおかわりしたことに驚いたが、個人的には周りのことを考えておかわり二回で我慢したナナンをたくさん褒めてあげたい。
-----------
「ワフちゃん!」
「ワフッ」
はーい、と右手をあげるとそれを見たワフが真似して前足をあげる。「ワフちゃん上手ですね~」とジャーキーを差し出すと、そおっと優しく咥えた。後ろから肩を揺すられて振り返ると、手をあげて待っている人がいた。
「ナナちゃんはどうしたの」
今何も持っていないんだけど…?
「それ、見たい」
ナナンが僕の胸ポケットを指差す。
ポケットからはベージュの紙片が見えていた。
よくわからないけど、抜き取ってナナンに渡した。メッセージカードだとわかったそれを読んでナナンは不機嫌そうに「ふーん」と口をへの字に曲げた。
「たぶん、今日のお姉さん」そう言うと彼はぺいっとカードを投げてよこした。
『前髪とっても似合ってるね ユナより』と書いてあった。
あ、そういうこと直接言ってもらえないんだ。
トウジにいちゃんもこういう気持ちなのかな。直接渡せる距離にいるのにやけに遠回りで、なんだか手紙と恋愛している気分になりそう。
僕の気を引くようにぐでーんとナナンが寄りかかってくる。
「他、もらってないよね」
とろけるように眠たそうなはずの彼の目がキッと吊り上がっているのに気が付いて、慌ててポケットを探したけど見当たらなかった。よかった。ゆるゆるといつも通りに戻っていく表情を見て胸を撫で下ろす。
「それより僕これイジられてない?大丈夫?」と首を傾げる。
「イジられるって、なに?」目線を合わせたままナナンも頭を傾けていた。
初めて女の子から貰う手紙。引き出しの奥に隠すようにしまっては、時折取り出して読み返す。ドキドキと始まる駆け引き、きっと今の僕くらいの子はそうするイメージ。
そう、あくまで想像上のもの。
年頃の女の子の気持ちがわからず、好意をそのまま受け取ることも出来ない。想いに対する敏感さは、前世の知識と引き換えにどこかへやってしまったのだと感じた日だった。
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「はは…状況的に笑えてくる…」
先生の仕掛けた小さないたずらに呆れたような気配を漂わせていた彼だったが、この際子供に"ちゃん付け"で呼ばれるようなキャラクター性ではない自分を、あえてそのように呼ばせる方が面白いと考え始めたらしい。
「あ!」
一瞬目を離した隙に、喜びの勢いのままワフが部屋の奥へ走っていってしまった。
「大丈夫、君たちも寄っていくように言われてるでしょ…」
「中…入って」
そういえばそうだった。
先生の話を聞いて庭先で駆け回る兄弟犬的な想像をしていたけれど、本日ワフと戯れる"シモンちゃん"は彼であった。
「ありがとうございます。じゃあ、お邪魔します」
中はかなり散らかった様子で、ドアを開ける前にあったガタガタという音の正体らしきものが散乱していた。
「あの、お仕事お忙しいんですか?」
部屋は結構広いけど、それ以上に物が多すぎて床が見えない。普段片づける時間がないのかなと思わず聞いてしまった。
「はは…部屋汚いよね、ごめん」
申し訳なさそうな様子で積んである本を棚に戻しているシモンちゃん。少しふらついているように見えた。
「シモンちゃん」
「…はい?」
「最後にご飯食べたのいつです?」
「…うーん、覚えてない」
片付け中の彼の手を止めて、場所が空いたばかりのソファーに座らせる。
「僕、お腹空いちゃったので何か買ってきます」先生の栄養剤を一本手に握らせてそう言った。
「食べたいものありますか?」
「食べたいもの…」
「ん…ん…」
この人全然食べてないんだ。今食べたいものが思いつかないくらい食欲が失せてしまっている。廊下をうろうろしていたワフをこちらへ呼ぶ。
「ワフいい?シモンちゃんの面倒を頼んだからね」
「…面目ない」
ナナンと買い出しに出かけたけど、屋台には胃に優しそうなものが売っていなかったので白パンといくつか材料を買って帰った。あの家の料理式はかなり少ない方だったけど、工夫すれば簡単なスープくらい作れそうだ。
「手際がいいね…ちっちゃいクラウディオみたいだ…」
焼いたベーコンで出汁を取って、形が残らなくなるまで柔らかくしたかぶと牛乳を混ぜてポタージュにする。
「まあ弟子みたいなもんですから」
料理を見ていたシモンちゃんの頭の辺りがぴょこぴょこと動いている。毛が長くて分かりにくかったけどそこに耳があるんだ。「はやくたべたい」とナナンが急かす後ろで、シモンちゃんとワフが待ちきれない様子でお互いのお尻をぐるぐると追い掛けている。
「あったかいうちにみんなで食べようね」
シモンちゃんは長い毛を器用に避けてスプーンを口に入れている。ポタージュを一口食べると耳がぴんと立った。
「し、染み込むぅ…」
口に運ぶ時は急ぎながらもゆっくり味わってから飲み込んでいる。一口一口、大事に食べてくれているのが分かって嬉しい。
「俺、本書いてるんだけど…筆がのってくるといろいろ後回しにしちゃって…」
「食事も忘れることが多いから…時々クラウディオが栄養剤持って様子見に来てくれるんだ…」
せっかく立っていたお耳がぺたんと垂れてしまう。顔は見えないけど本当に感情が豊かな人だ。
「クラウディオさんは無類のお手入れ好きですから、気にせずお任せしていいと思います」
「そうだね…あと…」
「はい」
「おかわり…ある?」
足元からもキュンキュン聞こえる。
見るとワフがお皿を咥えてアピールしていた。
この後シモンちゃんが三回もおかわりしたことに驚いたが、個人的には周りのことを考えておかわり二回で我慢したナナンをたくさん褒めてあげたい。
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「ワフちゃん!」
「ワフッ」
はーい、と右手をあげるとそれを見たワフが真似して前足をあげる。「ワフちゃん上手ですね~」とジャーキーを差し出すと、そおっと優しく咥えた。後ろから肩を揺すられて振り返ると、手をあげて待っている人がいた。
「ナナちゃんはどうしたの」
今何も持っていないんだけど…?
「それ、見たい」
ナナンが僕の胸ポケットを指差す。
ポケットからはベージュの紙片が見えていた。
よくわからないけど、抜き取ってナナンに渡した。メッセージカードだとわかったそれを読んでナナンは不機嫌そうに「ふーん」と口をへの字に曲げた。
「たぶん、今日のお姉さん」そう言うと彼はぺいっとカードを投げてよこした。
『前髪とっても似合ってるね ユナより』と書いてあった。
あ、そういうこと直接言ってもらえないんだ。
トウジにいちゃんもこういう気持ちなのかな。直接渡せる距離にいるのにやけに遠回りで、なんだか手紙と恋愛している気分になりそう。
僕の気を引くようにぐでーんとナナンが寄りかかってくる。
「他、もらってないよね」
とろけるように眠たそうなはずの彼の目がキッと吊り上がっているのに気が付いて、慌ててポケットを探したけど見当たらなかった。よかった。ゆるゆるといつも通りに戻っていく表情を見て胸を撫で下ろす。
「それより僕これイジられてない?大丈夫?」と首を傾げる。
「イジられるって、なに?」目線を合わせたままナナンも頭を傾けていた。
初めて女の子から貰う手紙。引き出しの奥に隠すようにしまっては、時折取り出して読み返す。ドキドキと始まる駆け引き、きっと今の僕くらいの子はそうするイメージ。
そう、あくまで想像上のもの。
年頃の女の子の気持ちがわからず、好意をそのまま受け取ることも出来ない。想いに対する敏感さは、前世の知識と引き換えにどこかへやってしまったのだと感じた日だった。
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