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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-20 ファトゥスの花は白い
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トウジにいちゃんが僕の背中に引っ付いてくる。僕が立ち止まると一緒に止まる。後ろから手を回してゆるく抱きついてくる。
こういう時は大体見当がついている。おねだりだ。
「俺に緑茶いれて」
「いれて…?」
「いれて…ください」
少し前に、生の茶葉から緑茶を入れられるようになった。
鮮やかな緑色の液体を見て「ポーションだ!」と騒ぎになったのでみんなにも一応振舞ったけど、苦味があるものが飲み慣れないようでリピーターは少なかった。
トウジにいちゃんには一番最初に完成品を出した。
彼は「よくやった…本当によく作ってくれた…」と泣きながら握手を求めてきてまるで僕がノーベル賞級の発明でもしたかのようなリアクションだった。
初めから無いものとわかっていれば欲することもないけれど、緑茶に多くの感覚が刺激されて段々と欲が出てくるようになった異世界人ブラザー。
「頼むっ…次はどうにか和食を作ってくれ!」と土下座しそうな勢いで頼みこまれた。
-----------
「みうくちーあいます」
「ろくちゃもあいますよー」
この子は今お茶屋さんごっこ中だ。
「じゃあ緑茶をひとつ下さいな」とお願いしてみた。
ガラスの水槽から薄い緑のちびスライムが掬われてままごと用の小さなカップにぽにょんと入った。
「どーじょ」
「どうもありがとう」ごくごく、と飲む真似をする。
「お茶屋さん、とってもおいしいお茶でした」とカップを返すとお茶屋のその子はとっても嬉しそうにしていた。
最近うちの孤児院ではこういう遊びが流行ってきた。
砂遊びでいろいろな食べ物を作ったり、ぬいぐるみの洋服を自分で作ってみたり。自分で壊してしまったものを直そうとする子もいた。自分が勝手気ままに作りたいものを作って過ごしていたことにこんな影響があるとは正直考えていなかったし、レーネさんから呼び出された時にはさすがに説教だと思って身構えた。
「あら、お説教だと思っているの?」
「は、はい」
レーネさんが手を叩いて笑い始めたので、僕は拍子抜けした。
「そんな訳ないじゃない!ほら突っ立ってないでこっち来て座りなさい」
僕が椅子に腰掛けたのを見て彼女が話し始める。説教じゃないというのは理解しているけれど、普段こんなに真面目な雰囲気で話をすることもないので少し緊張する。
「この国では、多くの魔法を扱えることが暮らしの豊かさに繋がっている。その価値観に沿って子を育てている家庭がほとんどだから、この孤児院でも同じようにしてきた。あなたもそれは知っているわよね」
「はい」
「でも私は最近、それは少し違っていると思い始めてきたの。どうしてかって言うとそれはね、あなたがとっても楽しそうだったからよ」
「楽しそう…」
何かに自分の能力を役立てねば、という意識で頭がいっぱいだった時期もあったが周りからはそのように思われていたらしい。
「あなたがいろいろ作り始めた時は正直こちらも混乱していたのだけど、今は私たちが学ばせて貰うことの方が多いわ」
すべてを魔法に頼るんじゃなくて、自分なりに工夫することを覚えてくれる。自分の手で生み出す、その喜びは心を豊かにする。
「なにより、あなたが面白そうなことを楽しそうにやっているから子供たちも真似したくてたまらないの」
大きなことは出来ない。
僕に出来るのはプリンの卵液を漉した時みたいな、ほんの少しの丁寧さ。
特別な能力はない。
僕にあるのは前世の知識と数十年物の好奇心。
レーネさんの話を聞いて、原石だった自分の考えがまた少し磨かれていくような感じがした。
自分がこの手出来ることを考えて、まずは僕自身がそれを楽しんで、その楽しさをほんのちょっとでも近くにいる人におすそ分け出来たらいいなと思う。
-----------
「クラウディオさん!この間は突然出て行ってしまってすみませんでした」
先日例の実を食べて飛び出してから、数日ぶりに薬屋を訪れた。
「いえいえ、気にしないで下さい。トウジくんと話は出来ましたか?」
「はい!僕の知らない話もいろいろしてくれました。クラウディオさんのおかげです」
お礼の品になるか不安だったが緑茶の茶葉を彼に渡す。ここで緑茶は飲んだことがなかったから、どうだろう?
「緑茶ですか!私は飲んだことがなくて…」
「ひいおじいさんがよく飲んでいたらしいのですが、家族からは不評で引き継がれなかったのです」
「どんなお菓子が合いますかね?」とそわそわし始めている。
本当にこの人はひいおじいさんっ子だなあ。とりあえず思っていた以上に喜んで貰えたのでよかった。
「そういえばお隣の本屋にこんなものがあって、良かったら読んでみませんか?」
クラウディオさんが一冊の本を差し出した。
かなり古い感じの本だが、表紙にキラキラとした縁取りがついて凝った装丁だった。タイトルは『永遠なるファトゥス』と書かれている。僕のためにわざわざ探してくれたのだろうか。試しに数ページ捲ってみると、先日食べたファトゥスの実の挿絵が書いてあった。
「ファトゥスの本だ、ちょうど気になっていたんです!ありがとうございます」
後で読ませて貰おう、パタンと本を閉じた裏表紙に木の絵が描いてあった。
「あれ、この木…」
トウジにいちゃんに連れて行ってもらった木に似ている気がする。絵の中の木には白い花が咲いていて、その佇まいにも見覚えがあった。
それは僕の記憶が戻った日。
それは夢の中の図書館。
幼い僕が掴もうとした白い花びら。
それらはすべて、ファトゥスの木だったんだ。
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こういう時は大体見当がついている。おねだりだ。
「俺に緑茶いれて」
「いれて…?」
「いれて…ください」
少し前に、生の茶葉から緑茶を入れられるようになった。
鮮やかな緑色の液体を見て「ポーションだ!」と騒ぎになったのでみんなにも一応振舞ったけど、苦味があるものが飲み慣れないようでリピーターは少なかった。
トウジにいちゃんには一番最初に完成品を出した。
彼は「よくやった…本当によく作ってくれた…」と泣きながら握手を求めてきてまるで僕がノーベル賞級の発明でもしたかのようなリアクションだった。
初めから無いものとわかっていれば欲することもないけれど、緑茶に多くの感覚が刺激されて段々と欲が出てくるようになった異世界人ブラザー。
「頼むっ…次はどうにか和食を作ってくれ!」と土下座しそうな勢いで頼みこまれた。
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「みうくちーあいます」
「ろくちゃもあいますよー」
この子は今お茶屋さんごっこ中だ。
「じゃあ緑茶をひとつ下さいな」とお願いしてみた。
ガラスの水槽から薄い緑のちびスライムが掬われてままごと用の小さなカップにぽにょんと入った。
「どーじょ」
「どうもありがとう」ごくごく、と飲む真似をする。
「お茶屋さん、とってもおいしいお茶でした」とカップを返すとお茶屋のその子はとっても嬉しそうにしていた。
最近うちの孤児院ではこういう遊びが流行ってきた。
砂遊びでいろいろな食べ物を作ったり、ぬいぐるみの洋服を自分で作ってみたり。自分で壊してしまったものを直そうとする子もいた。自分が勝手気ままに作りたいものを作って過ごしていたことにこんな影響があるとは正直考えていなかったし、レーネさんから呼び出された時にはさすがに説教だと思って身構えた。
「あら、お説教だと思っているの?」
「は、はい」
レーネさんが手を叩いて笑い始めたので、僕は拍子抜けした。
「そんな訳ないじゃない!ほら突っ立ってないでこっち来て座りなさい」
僕が椅子に腰掛けたのを見て彼女が話し始める。説教じゃないというのは理解しているけれど、普段こんなに真面目な雰囲気で話をすることもないので少し緊張する。
「この国では、多くの魔法を扱えることが暮らしの豊かさに繋がっている。その価値観に沿って子を育てている家庭がほとんどだから、この孤児院でも同じようにしてきた。あなたもそれは知っているわよね」
「はい」
「でも私は最近、それは少し違っていると思い始めてきたの。どうしてかって言うとそれはね、あなたがとっても楽しそうだったからよ」
「楽しそう…」
何かに自分の能力を役立てねば、という意識で頭がいっぱいだった時期もあったが周りからはそのように思われていたらしい。
「あなたがいろいろ作り始めた時は正直こちらも混乱していたのだけど、今は私たちが学ばせて貰うことの方が多いわ」
すべてを魔法に頼るんじゃなくて、自分なりに工夫することを覚えてくれる。自分の手で生み出す、その喜びは心を豊かにする。
「なにより、あなたが面白そうなことを楽しそうにやっているから子供たちも真似したくてたまらないの」
大きなことは出来ない。
僕に出来るのはプリンの卵液を漉した時みたいな、ほんの少しの丁寧さ。
特別な能力はない。
僕にあるのは前世の知識と数十年物の好奇心。
レーネさんの話を聞いて、原石だった自分の考えがまた少し磨かれていくような感じがした。
自分がこの手出来ることを考えて、まずは僕自身がそれを楽しんで、その楽しさをほんのちょっとでも近くにいる人におすそ分け出来たらいいなと思う。
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「クラウディオさん!この間は突然出て行ってしまってすみませんでした」
先日例の実を食べて飛び出してから、数日ぶりに薬屋を訪れた。
「いえいえ、気にしないで下さい。トウジくんと話は出来ましたか?」
「はい!僕の知らない話もいろいろしてくれました。クラウディオさんのおかげです」
お礼の品になるか不安だったが緑茶の茶葉を彼に渡す。ここで緑茶は飲んだことがなかったから、どうだろう?
「緑茶ですか!私は飲んだことがなくて…」
「ひいおじいさんがよく飲んでいたらしいのですが、家族からは不評で引き継がれなかったのです」
「どんなお菓子が合いますかね?」とそわそわし始めている。
本当にこの人はひいおじいさんっ子だなあ。とりあえず思っていた以上に喜んで貰えたのでよかった。
「そういえばお隣の本屋にこんなものがあって、良かったら読んでみませんか?」
クラウディオさんが一冊の本を差し出した。
かなり古い感じの本だが、表紙にキラキラとした縁取りがついて凝った装丁だった。タイトルは『永遠なるファトゥス』と書かれている。僕のためにわざわざ探してくれたのだろうか。試しに数ページ捲ってみると、先日食べたファトゥスの実の挿絵が書いてあった。
「ファトゥスの本だ、ちょうど気になっていたんです!ありがとうございます」
後で読ませて貰おう、パタンと本を閉じた裏表紙に木の絵が描いてあった。
「あれ、この木…」
トウジにいちゃんに連れて行ってもらった木に似ている気がする。絵の中の木には白い花が咲いていて、その佇まいにも見覚えがあった。
それは僕の記憶が戻った日。
それは夢の中の図書館。
幼い僕が掴もうとした白い花びら。
それらはすべて、ファトゥスの木だったんだ。
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