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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-19 立夏と冬至
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その日はよく晴れた青空だった。
「こんなに良いお天気なんだから、みんなで丘に行きましょう」とレーネさんが言っていたのを覚えている。みんな遊びに行くものだと思って浮かれていたら、がっつり収穫作業の手伝いをさせられて騙されたような気分になっていたからだ。
裏の丘でそれぞれ収穫の作業をしていると、どこからか幼子の笑い声が聞こえた。
笑い声がこの場にいる誰よりも幼かったので「うちの子じゃないかも」と周りのヤツらが慌てて探し始めた。
でも俺にはひとつ、心当たりがあった。
白い花をつけた大きな木に向かって歩き出す。
根本を見ると、思った通りその籠状になった窪みに齢1歳くらいの子供が居た。
ひらひらと落ちてくる白い花びらを掴もうとしている。あと少しのところで手からすり抜けるのを見てきゃっきゃと笑っている。
花びらを追いかけて、子供が籠からころりと落ちそうになった。両手を伸ばして受け止め、ゆっくりと抱き上げると手足をバタつかせた。
「にゃ~」
「猫かよ」
頬も手もぷくぷくしている。その子供は細く柔らかい黒髪に、蛍の光のように鮮やかな色の瞳を持っていた。
俺がじっと瞳の奥を見つめていると、向こうも見つめ返してくる。ぼんやりと光に包まれたような感覚がして、図書館の彼の笑顔が思い出された。
こいつ"ホタルくん"だ。
全くなんの根拠もないが、不思議と俺にはそれがわかった。
胸の辺りがじわじわと温かくなる。これは子供特有の高い体温のせいか、愛しい人にまた会えた喜びのためか。
見知らぬ世界に自分ひとり流れ着いた感覚。最近はそのたまらない孤独感にも慣れつつあったのに。
気が付くと涙が零れていた。落ちていく水の粒を、腕の中の子供が掴もうと手を伸ばした。
「はは…なんでもかんでも掴もうとすんじゃねェよ」
「好奇心旺盛なところ、変わんねェな」
「あう」
強く抱きしめる。
「ありがとう…ここに、生まれてきてくれて」
-----------
初めて自分の幼い頃の話を聞いた。
木に居たなんてどっかの月のお姫様じゃないんだからと冗談のように思ってしまう。それに花びら捕まえようとしてひとり遊びしてるところ、自分ののんきな子供っぷりにがっくりきた。
「さっき言ってたけど、心当たりって?」
「俺もここに居たんだ」
「えっ、トウジにいちゃんも?」
次々と衝撃的な話を聞かされて頭がパンクしそうだ。彼もまた月のお姫様だったのだ。
「まだ生まれて幼いところをレーネさんが保護したと言ってた」
「だから、また同じ場所にいるんじゃねェかと思ったんだ」
異世界人が二人も同じ木の洞に居たことに何か超自然的というか、運命のようなものを感じる。
「僕たち、同じ木から生まれた兄弟だったんだね」大木を見上げながら小さな声でこっそり呟くと隣から笑い声が聞こえた。
「随分と可愛い考え方だな」
「先生は"これは命を運んでくる木じゃないか?"と言ってた」
「でも俺にとっては"願いを叶えてくれる木"だ」
「トウジにいちゃん何かお願い事してたの?」
彼は誰かに何かを願うより、自力で叶えるような人だから正直意外だった。
「ずっと会いたいと願っていた人に、また会わせてくれたからな」
トウジにいちゃんがいつものように僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。安心感に身を任せていると引き寄せられて、額に口付けられた。
「ちゅ…?ちゅ?」
全部吹っ飛んだ。
今、僕、トウジにいちゃんにちゅーされた???
おろおろしてる僕にニヤニヤといたずらっ子の笑みを向けるトウジにいちゃん。
「どうしたよ?」
驚きと恥ずかしさで軽く意識を飛ばしていたら、両手で顔を掴まれて頬をむにむにと揉まれた。
なんか悔しい僕ばっかり…いつも一方的にやられているんだ。前までは純粋に(?)いじめっ子という感じだったけど、ここ最近は特に変だ。自分でこんなこと言いたくはないけど"愛情全開弟バカ"だ。
せめてもの抵抗で、頬にあった彼の手を引っ掴んでがじがじと噛んだ。
「猫かよ」
トウジにいちゃんはちょっと泣きそうな顔をしながら笑ってた。
「ちなみに俺に名前をくれたのは先生だ」
「俺が見つかったのが冬だったこと、深く長い夜の色以って"冬至"と名付けてくれた」
「ぼ、僕は?」
「ん?」とろけるような笑み。
君を見つけた夏の始まり、それは蛍の季節。
「立夏」
初めて、正しい響きで名を呼ばれたような感じがした。
.
「こんなに良いお天気なんだから、みんなで丘に行きましょう」とレーネさんが言っていたのを覚えている。みんな遊びに行くものだと思って浮かれていたら、がっつり収穫作業の手伝いをさせられて騙されたような気分になっていたからだ。
裏の丘でそれぞれ収穫の作業をしていると、どこからか幼子の笑い声が聞こえた。
笑い声がこの場にいる誰よりも幼かったので「うちの子じゃないかも」と周りのヤツらが慌てて探し始めた。
でも俺にはひとつ、心当たりがあった。
白い花をつけた大きな木に向かって歩き出す。
根本を見ると、思った通りその籠状になった窪みに齢1歳くらいの子供が居た。
ひらひらと落ちてくる白い花びらを掴もうとしている。あと少しのところで手からすり抜けるのを見てきゃっきゃと笑っている。
花びらを追いかけて、子供が籠からころりと落ちそうになった。両手を伸ばして受け止め、ゆっくりと抱き上げると手足をバタつかせた。
「にゃ~」
「猫かよ」
頬も手もぷくぷくしている。その子供は細く柔らかい黒髪に、蛍の光のように鮮やかな色の瞳を持っていた。
俺がじっと瞳の奥を見つめていると、向こうも見つめ返してくる。ぼんやりと光に包まれたような感覚がして、図書館の彼の笑顔が思い出された。
こいつ"ホタルくん"だ。
全くなんの根拠もないが、不思議と俺にはそれがわかった。
胸の辺りがじわじわと温かくなる。これは子供特有の高い体温のせいか、愛しい人にまた会えた喜びのためか。
見知らぬ世界に自分ひとり流れ着いた感覚。最近はそのたまらない孤独感にも慣れつつあったのに。
気が付くと涙が零れていた。落ちていく水の粒を、腕の中の子供が掴もうと手を伸ばした。
「はは…なんでもかんでも掴もうとすんじゃねェよ」
「好奇心旺盛なところ、変わんねェな」
「あう」
強く抱きしめる。
「ありがとう…ここに、生まれてきてくれて」
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初めて自分の幼い頃の話を聞いた。
木に居たなんてどっかの月のお姫様じゃないんだからと冗談のように思ってしまう。それに花びら捕まえようとしてひとり遊びしてるところ、自分ののんきな子供っぷりにがっくりきた。
「さっき言ってたけど、心当たりって?」
「俺もここに居たんだ」
「えっ、トウジにいちゃんも?」
次々と衝撃的な話を聞かされて頭がパンクしそうだ。彼もまた月のお姫様だったのだ。
「まだ生まれて幼いところをレーネさんが保護したと言ってた」
「だから、また同じ場所にいるんじゃねェかと思ったんだ」
異世界人が二人も同じ木の洞に居たことに何か超自然的というか、運命のようなものを感じる。
「僕たち、同じ木から生まれた兄弟だったんだね」大木を見上げながら小さな声でこっそり呟くと隣から笑い声が聞こえた。
「随分と可愛い考え方だな」
「先生は"これは命を運んでくる木じゃないか?"と言ってた」
「でも俺にとっては"願いを叶えてくれる木"だ」
「トウジにいちゃん何かお願い事してたの?」
彼は誰かに何かを願うより、自力で叶えるような人だから正直意外だった。
「ずっと会いたいと願っていた人に、また会わせてくれたからな」
トウジにいちゃんがいつものように僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。安心感に身を任せていると引き寄せられて、額に口付けられた。
「ちゅ…?ちゅ?」
全部吹っ飛んだ。
今、僕、トウジにいちゃんにちゅーされた???
おろおろしてる僕にニヤニヤといたずらっ子の笑みを向けるトウジにいちゃん。
「どうしたよ?」
驚きと恥ずかしさで軽く意識を飛ばしていたら、両手で顔を掴まれて頬をむにむにと揉まれた。
なんか悔しい僕ばっかり…いつも一方的にやられているんだ。前までは純粋に(?)いじめっ子という感じだったけど、ここ最近は特に変だ。自分でこんなこと言いたくはないけど"愛情全開弟バカ"だ。
せめてもの抵抗で、頬にあった彼の手を引っ掴んでがじがじと噛んだ。
「猫かよ」
トウジにいちゃんはちょっと泣きそうな顔をしながら笑ってた。
「ちなみに俺に名前をくれたのは先生だ」
「俺が見つかったのが冬だったこと、深く長い夜の色以って"冬至"と名付けてくれた」
「ぼ、僕は?」
「ん?」とろけるような笑み。
君を見つけた夏の始まり、それは蛍の季節。
「立夏」
初めて、正しい響きで名を呼ばれたような感じがした。
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