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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-18 蛍の光
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高校生の時に親が再婚した。
元々兄弟はおらず長いこと親父と二人暮らしだったが、この再婚によって三つ年上の兄が出来た。
兄は再婚にずっと反対していて、いつの日からかその不満を俺にぶつけてくるようになった。暴力とかそんな大したことではなく、嫌がらせレベルの小さいことだ。親に相談する程でもないほんの些細なこと。それでも俺の心には確実にダメージが蓄積していった。
良い大学に入ったマウントを毎日取ってくる兄に嫌気が差し、ここは兄を超えることで黙らせる他ないと考え始めるようになった。元々高校を卒業したら家を出ようと決めていたが、出来ることなら兄の鼻を明かしてから去りたい。
兄が家にいるようになってから俺はあまり家に居つかなくなっていった。図書館に通って、閉館してからはファミレスで勉強する毎日。
図書館というのはどこに座ってもいいはずなのに、決まった場所に決まった人が居ることが多い気がする。俺の定位置にもいつも同じご近所さんがいる。
料理本や図鑑を自分の周りに積んで、吸い込まれるように読み続けている少年。彼が司書の間で"ホタルくん"と呼ばれていることを最近知った。
「蛍の光が流れる頃までいるから"ホタルくん"」
単純すぎるあだ名だが、不思議と彼に似合っていた。
「なあ、ホタルくん」
ある日、ご近所の彼に話しかけてみた。
「ホタルくん?」
「ああ、お前のあだ名だよ」
「僕、あだ名って初めてつけて貰った」
そう言ってホタルくんは嬉しそうに笑った。俺が考えた訳じゃないのが心苦しいくらいの笑顔だった。
「いつも何読んでんだ?」
「新しいこと知るのが好きだから、いろんなの読んでる」
そう言うと彼は読んでいた本の表紙を見せてくれた。
『狩猟入門』という本だった。
「お前渋いな」
「そうかなあ?」
次の日も、またその次の日もホタルくんはそこにいた。こうなると自分の兄よりも長い時間一緒に過ごしているかもしれない。
「今日は何調べてんの?」
「今日は…猫みてる」
ちょっと恥ずかしそうに表紙を見せてくる。
「ホタルくんの推し猫はどの子?」
「えーっとね、いっぱいいて悩む~」
話が盛り上がっていたところで馴染みの司書さんが話しかけてくる。
「そことそこが仲良くなったの?意外だわ~」
「俺がちょっかいかけてるだけですよ」
「ちがうよ、僕がお兄ちゃんにかまってもらってるんだよ」
"お兄ちゃん"という響きに一瞬胸がドキッとした。
俺に弟がいたら、一生大事にするのに。
特にお前みたいな。
閉館を告げる、蛍の光。
俺の帰り支度をじっと見つめるホタルくん。
一緒に出ようと待っているらしい。可愛げしかない。
「ついてこいよ、なんかジュースでも買ってやる」
「ほんと?やった」
突然目が覚めた。
久しぶりに懐かしい夢を見た。
胸のあたりが温かいなと思いブランケットをめくると、自分の胸の上にリッカの頭があった。手でさらりと前髪をかき上げて、その寝顔を確かめる。
あ、こいつ俺の服に涎垂らしてやがる。他人の涎なんて普通は嫌悪感しかないだろうが、こいつに関しては可愛げしか感じない。服を摘まんでリッカの口元を拭ってやって、ついでに頬を指でもちもちと突いた。
この世界で再び会えたこと、兄としてそばに居られること。
「俺は、お前のことが本当可愛くて仕方ないよ」
-----------
「トウジにいちゃん!!」
慌てて孤児院に帰ると、トウジにいちゃんは食堂でコーヒーを飲んでいるところだった。
「トウジにいちゃん!ぼ、僕今あの、なんとかの実って」
「すっぱいヤツ!すっぱいヤツ食べてそんで、でー」
「一旦落ち着け」
僕の慌てた様子に気が付いた彼は、まだ中身の入ったカップをテーブルに置いてゆっくりと立ち上がった。
『「ついてこいよ」』
トウジにいちゃんの声が誰かと重なって聞こえる。
お互い言葉も交わさないまま、連れ立って歩いていく。
その道はとても慣れ親しんだ、いつもの丘へ繋がる道だった。
歩くたびに落ち葉がサクサクと音を響かせる。
やがて丘に着くと、一本の大きな木の前で立ち止まった。
今は葉をつけていないがそれでもかなりの大きさだ。
「ここに大きな窪みがあるだろ」
トウジにいちゃんが示す先に、木の根が絡んで籠状になった窪みがあった。
「これはゆりかごだ」
「…ゆりかご?」
.
元々兄弟はおらず長いこと親父と二人暮らしだったが、この再婚によって三つ年上の兄が出来た。
兄は再婚にずっと反対していて、いつの日からかその不満を俺にぶつけてくるようになった。暴力とかそんな大したことではなく、嫌がらせレベルの小さいことだ。親に相談する程でもないほんの些細なこと。それでも俺の心には確実にダメージが蓄積していった。
良い大学に入ったマウントを毎日取ってくる兄に嫌気が差し、ここは兄を超えることで黙らせる他ないと考え始めるようになった。元々高校を卒業したら家を出ようと決めていたが、出来ることなら兄の鼻を明かしてから去りたい。
兄が家にいるようになってから俺はあまり家に居つかなくなっていった。図書館に通って、閉館してからはファミレスで勉強する毎日。
図書館というのはどこに座ってもいいはずなのに、決まった場所に決まった人が居ることが多い気がする。俺の定位置にもいつも同じご近所さんがいる。
料理本や図鑑を自分の周りに積んで、吸い込まれるように読み続けている少年。彼が司書の間で"ホタルくん"と呼ばれていることを最近知った。
「蛍の光が流れる頃までいるから"ホタルくん"」
単純すぎるあだ名だが、不思議と彼に似合っていた。
「なあ、ホタルくん」
ある日、ご近所の彼に話しかけてみた。
「ホタルくん?」
「ああ、お前のあだ名だよ」
「僕、あだ名って初めてつけて貰った」
そう言ってホタルくんは嬉しそうに笑った。俺が考えた訳じゃないのが心苦しいくらいの笑顔だった。
「いつも何読んでんだ?」
「新しいこと知るのが好きだから、いろんなの読んでる」
そう言うと彼は読んでいた本の表紙を見せてくれた。
『狩猟入門』という本だった。
「お前渋いな」
「そうかなあ?」
次の日も、またその次の日もホタルくんはそこにいた。こうなると自分の兄よりも長い時間一緒に過ごしているかもしれない。
「今日は何調べてんの?」
「今日は…猫みてる」
ちょっと恥ずかしそうに表紙を見せてくる。
「ホタルくんの推し猫はどの子?」
「えーっとね、いっぱいいて悩む~」
話が盛り上がっていたところで馴染みの司書さんが話しかけてくる。
「そことそこが仲良くなったの?意外だわ~」
「俺がちょっかいかけてるだけですよ」
「ちがうよ、僕がお兄ちゃんにかまってもらってるんだよ」
"お兄ちゃん"という響きに一瞬胸がドキッとした。
俺に弟がいたら、一生大事にするのに。
特にお前みたいな。
閉館を告げる、蛍の光。
俺の帰り支度をじっと見つめるホタルくん。
一緒に出ようと待っているらしい。可愛げしかない。
「ついてこいよ、なんかジュースでも買ってやる」
「ほんと?やった」
突然目が覚めた。
久しぶりに懐かしい夢を見た。
胸のあたりが温かいなと思いブランケットをめくると、自分の胸の上にリッカの頭があった。手でさらりと前髪をかき上げて、その寝顔を確かめる。
あ、こいつ俺の服に涎垂らしてやがる。他人の涎なんて普通は嫌悪感しかないだろうが、こいつに関しては可愛げしか感じない。服を摘まんでリッカの口元を拭ってやって、ついでに頬を指でもちもちと突いた。
この世界で再び会えたこと、兄としてそばに居られること。
「俺は、お前のことが本当可愛くて仕方ないよ」
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「トウジにいちゃん!!」
慌てて孤児院に帰ると、トウジにいちゃんは食堂でコーヒーを飲んでいるところだった。
「トウジにいちゃん!ぼ、僕今あの、なんとかの実って」
「すっぱいヤツ!すっぱいヤツ食べてそんで、でー」
「一旦落ち着け」
僕の慌てた様子に気が付いた彼は、まだ中身の入ったカップをテーブルに置いてゆっくりと立ち上がった。
『「ついてこいよ」』
トウジにいちゃんの声が誰かと重なって聞こえる。
お互い言葉も交わさないまま、連れ立って歩いていく。
その道はとても慣れ親しんだ、いつもの丘へ繋がる道だった。
歩くたびに落ち葉がサクサクと音を響かせる。
やがて丘に着くと、一本の大きな木の前で立ち止まった。
今は葉をつけていないがそれでもかなりの大きさだ。
「ここに大きな窪みがあるだろ」
トウジにいちゃんが示す先に、木の根が絡んで籠状になった窪みがあった。
「これはゆりかごだ」
「…ゆりかご?」
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