Fitter / 異世界の神は細部に宿るか

あける

文字の大きさ
上 下
16 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-16 夢の中の人

しおりを挟む
暗い空間をゆっくり歩いている。

少し進むと遠くの方にぼんやりと白く四角い窓のようなものが見えたのでそれを目指して歩く。

近づくとそれは、まるでこの空間に似つかわしくない自動ドアだった。

手を伸ばすと自動ドアが開いて、ひんやりとした空気と古い本の匂いに包まれる。

見覚えがある。ここは図書館、前世の世界。
それに自分のことを俯瞰で見ているような感覚。これは夢だ。

窓辺、隅っこの席に自然と足が向かう。席に着くとさらにしっくりくる感じがした。

ここの図書館の中庭にはいろいろな植物が植えられており、近くの窓からは季節が移ろっていく様子が見えたはずだが、現在窓の向こうには見たことのない白い花をつけた大きな木がぽつんと植わっているだけだった。

手元に視線を戻すと何冊か本が積まれていた。一番上に料理本が置いてあったので手に取って、ぱらぱらとめくる。積んである本の背表紙を見ると図鑑とか仕組みを説明する本が多かった。あ、今猫の写真集が間に挟まってるのを見つけた。これらの本を集めてきたのは僕に違いないだろう。

積んである本を夢中になって読んでいると、同じテーブルに高校生くらいの男の人が座った。

使い古されたバックパックから勉強道具を取り出して机に並べて「なあ、ホタルくん」と声をかけてきた。

どうやら僕のことを呼んでいるらしい。

「なんですか?」
「なんですかあ?なんで今更敬語なんだよ、やめろよ」
「う、うん?」

どうやら彼と"ホタルくん"は親しい関係のようだ。

「今日は何調べてんの?」
「世界のお茶図鑑って本読んでるよ」
「いや、渋すぎだろ」
「そういやうちの親、茶入れるのが下手でさ。読ましてやりたいくらいだわ」
「はは…」
「ホタルくんここでいろいろ本読んでるんだったら、勉強して俺に美味いお茶入れてよ」
「いいよ」
「まじ?やった」

彼はそう言ったきり自分の勉強に戻っていった。

本の世界に没頭していると、閉館を知らせる音楽が流れる。曲は『蛍の光』だった。

しばらくすると、司書さんがこちらへやってきて「あなたたち今日も一緒だったのね。年も離れているのに本当に仲良しで羨ましいわ」と言われた。

向かいの彼の帰り支度をぼーっと眺めていると「行くぞ」と声をかけられたので、とりあえず立ち上がる。なんとなくついて行くと、自動販売機の前に着いた。

「俺はコンポタ飲むけど、お前は?」と聞かれたので「僕も同じの」と答える。

彼は「おう、出世払いな」と言って、僕の分も買ってくれた。

買った後も「粒を食べきるにはここの缶の回し方が大事だから!」と飲み方まで教えてくれる。本当に面倒見の良い人だ。

ベンチにふたりで座って飲みながらもう少し話す。

向こうは学校の話とか友達の話。
おすすめの本の話もしてくれたけど、今の僕には読めないと思うと悔しい。

僕はナナンとトウジにいちゃんの話。
時折最近読んでるファンタジーものの本と称して今の世界の話をすると、彼は喜んで聞いてくれた。

全然接点なんてない会話なのに、この人とおしゃべりをしているのが楽しい。前世のことを朧げにしか思い出せない僕にとっては、乾いた土に水が染み込むような感覚でその懐かしい記憶を求めた。

そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時、彼が寂しそうな顔をこちらに向けた。

「じゃーな」といって頭をわしゃわしゃされた瞬間、現実の僕の目が覚めた。

目の前にはトウジにいちゃんの胸があった。というか僕が彼の胸を枕にしてうつ伏せに寝ている状態だった。

深い呼吸によって自分の視界が上下している。よくこんな状態で眠り続けられるものだと感心してしまう。そっと隣によけたら、トウジにいちゃんは眠ったままむぎゅっと僕のことを抱きすくめた。

しょうがない。こうなっちゃもう少し一緒に寝る他にない。

もうひと眠りしたら、あの図書館に行くことが出来るのかな。お茶を入れる約束の時に言えなかった言葉は、飲み込んだままになってしまった。

またあなたと会えるなら、と。

.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...