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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-16 夢の中の人
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暗い空間をゆっくり歩いている。
少し進むと遠くの方にぼんやりと白く四角い窓のようなものが見えたのでそれを目指して歩く。
近づくとそれは、まるでこの空間に似つかわしくない自動ドアだった。
手を伸ばすと自動ドアが開いて、ひんやりとした空気と古い本の匂いに包まれる。
見覚えがある。ここは図書館、前世の世界。
それに自分のことを俯瞰で見ているような感覚。これは夢だ。
窓辺、隅っこの席に自然と足が向かう。席に着くとさらにしっくりくる感じがした。
ここの図書館の中庭にはいろいろな植物が植えられており、近くの窓からは季節が移ろっていく様子が見えたはずだが、現在窓の向こうには見たことのない白い花をつけた大きな木がぽつんと植わっているだけだった。
手元に視線を戻すと何冊か本が積まれていた。一番上に料理本が置いてあったので手に取って、ぱらぱらとめくる。積んである本の背表紙を見ると図鑑とか仕組みを説明する本が多かった。あ、今猫の写真集が間に挟まってるのを見つけた。これらの本を集めてきたのは僕に違いないだろう。
積んである本を夢中になって読んでいると、同じテーブルに高校生くらいの男の人が座った。
使い古されたバックパックから勉強道具を取り出して机に並べて「なあ、ホタルくん」と声をかけてきた。
どうやら僕のことを呼んでいるらしい。
「なんですか?」
「なんですかあ?なんで今更敬語なんだよ、やめろよ」
「う、うん?」
どうやら彼と"ホタルくん"は親しい関係のようだ。
「今日は何調べてんの?」
「世界のお茶図鑑って本読んでるよ」
「いや、渋すぎだろ」
「そういやうちの親、茶入れるのが下手でさ。読ましてやりたいくらいだわ」
「はは…」
「ホタルくんここでいろいろ本読んでるんだったら、勉強して俺に美味いお茶入れてよ」
「いいよ」
「まじ?やった」
彼はそう言ったきり自分の勉強に戻っていった。
本の世界に没頭していると、閉館を知らせる音楽が流れる。曲は『蛍の光』だった。
しばらくすると、司書さんがこちらへやってきて「あなたたち今日も一緒だったのね。年も離れているのに本当に仲良しで羨ましいわ」と言われた。
向かいの彼の帰り支度をぼーっと眺めていると「行くぞ」と声をかけられたので、とりあえず立ち上がる。なんとなくついて行くと、自動販売機の前に着いた。
「俺はコンポタ飲むけど、お前は?」と聞かれたので「僕も同じの」と答える。
彼は「おう、出世払いな」と言って、僕の分も買ってくれた。
買った後も「粒を食べきるにはここの缶の回し方が大事だから!」と飲み方まで教えてくれる。本当に面倒見の良い人だ。
ベンチにふたりで座って飲みながらもう少し話す。
向こうは学校の話とか友達の話。
おすすめの本の話もしてくれたけど、今の僕には読めないと思うと悔しい。
僕はナナンとトウジにいちゃんの話。
時折最近読んでるファンタジーものの本と称して今の世界の話をすると、彼は喜んで聞いてくれた。
全然接点なんてない会話なのに、この人とおしゃべりをしているのが楽しい。前世のことを朧げにしか思い出せない僕にとっては、乾いた土に水が染み込むような感覚でその懐かしい記憶を求めた。
そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時、彼が寂しそうな顔をこちらに向けた。
「じゃーな」といって頭をわしゃわしゃされた瞬間、現実の僕の目が覚めた。
目の前にはトウジにいちゃんの胸があった。というか僕が彼の胸を枕にしてうつ伏せに寝ている状態だった。
深い呼吸によって自分の視界が上下している。よくこんな状態で眠り続けられるものだと感心してしまう。そっと隣によけたら、トウジにいちゃんは眠ったままむぎゅっと僕のことを抱きすくめた。
しょうがない。こうなっちゃもう少し一緒に寝る他にない。
もうひと眠りしたら、あの図書館に行くことが出来るのかな。お茶を入れる約束の時に言えなかった言葉は、飲み込んだままになってしまった。
またあなたと会えるなら、と。
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少し進むと遠くの方にぼんやりと白く四角い窓のようなものが見えたのでそれを目指して歩く。
近づくとそれは、まるでこの空間に似つかわしくない自動ドアだった。
手を伸ばすと自動ドアが開いて、ひんやりとした空気と古い本の匂いに包まれる。
見覚えがある。ここは図書館、前世の世界。
それに自分のことを俯瞰で見ているような感覚。これは夢だ。
窓辺、隅っこの席に自然と足が向かう。席に着くとさらにしっくりくる感じがした。
ここの図書館の中庭にはいろいろな植物が植えられており、近くの窓からは季節が移ろっていく様子が見えたはずだが、現在窓の向こうには見たことのない白い花をつけた大きな木がぽつんと植わっているだけだった。
手元に視線を戻すと何冊か本が積まれていた。一番上に料理本が置いてあったので手に取って、ぱらぱらとめくる。積んである本の背表紙を見ると図鑑とか仕組みを説明する本が多かった。あ、今猫の写真集が間に挟まってるのを見つけた。これらの本を集めてきたのは僕に違いないだろう。
積んである本を夢中になって読んでいると、同じテーブルに高校生くらいの男の人が座った。
使い古されたバックパックから勉強道具を取り出して机に並べて「なあ、ホタルくん」と声をかけてきた。
どうやら僕のことを呼んでいるらしい。
「なんですか?」
「なんですかあ?なんで今更敬語なんだよ、やめろよ」
「う、うん?」
どうやら彼と"ホタルくん"は親しい関係のようだ。
「今日は何調べてんの?」
「世界のお茶図鑑って本読んでるよ」
「いや、渋すぎだろ」
「そういやうちの親、茶入れるのが下手でさ。読ましてやりたいくらいだわ」
「はは…」
「ホタルくんここでいろいろ本読んでるんだったら、勉強して俺に美味いお茶入れてよ」
「いいよ」
「まじ?やった」
彼はそう言ったきり自分の勉強に戻っていった。
本の世界に没頭していると、閉館を知らせる音楽が流れる。曲は『蛍の光』だった。
しばらくすると、司書さんがこちらへやってきて「あなたたち今日も一緒だったのね。年も離れているのに本当に仲良しで羨ましいわ」と言われた。
向かいの彼の帰り支度をぼーっと眺めていると「行くぞ」と声をかけられたので、とりあえず立ち上がる。なんとなくついて行くと、自動販売機の前に着いた。
「俺はコンポタ飲むけど、お前は?」と聞かれたので「僕も同じの」と答える。
彼は「おう、出世払いな」と言って、僕の分も買ってくれた。
買った後も「粒を食べきるにはここの缶の回し方が大事だから!」と飲み方まで教えてくれる。本当に面倒見の良い人だ。
ベンチにふたりで座って飲みながらもう少し話す。
向こうは学校の話とか友達の話。
おすすめの本の話もしてくれたけど、今の僕には読めないと思うと悔しい。
僕はナナンとトウジにいちゃんの話。
時折最近読んでるファンタジーものの本と称して今の世界の話をすると、彼は喜んで聞いてくれた。
全然接点なんてない会話なのに、この人とおしゃべりをしているのが楽しい。前世のことを朧げにしか思い出せない僕にとっては、乾いた土に水が染み込むような感覚でその懐かしい記憶を求めた。
そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時、彼が寂しそうな顔をこちらに向けた。
「じゃーな」といって頭をわしゃわしゃされた瞬間、現実の僕の目が覚めた。
目の前にはトウジにいちゃんの胸があった。というか僕が彼の胸を枕にしてうつ伏せに寝ている状態だった。
深い呼吸によって自分の視界が上下している。よくこんな状態で眠り続けられるものだと感心してしまう。そっと隣によけたら、トウジにいちゃんは眠ったままむぎゅっと僕のことを抱きすくめた。
しょうがない。こうなっちゃもう少し一緒に寝る他にない。
もうひと眠りしたら、あの図書館に行くことが出来るのかな。お茶を入れる約束の時に言えなかった言葉は、飲み込んだままになってしまった。
またあなたと会えるなら、と。
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