Fitter / 異世界の神は細部に宿るか

あける

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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-15 眠れない日に

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眠れない。

ぽかぽかと温かい体温をそばで感じても、羊のぬいぐるみを抱っこしながら寝ている彼を眺め続けても、僕には一向に眠気というものが訪れなかった。

心地よい陽気に誘われて裏の丘でちょっと昼寝したのがよくなかったのか。それとも珍しく晩ごはんをおかわりしたせいか。いやもしかしたら両方とも違うかもしれない。

何か温かい飲み物でも飲めば落ち着くかも、と思い立ってキッチンへ向かう。その途中でトウジにいちゃんの部屋の明かりがついていることに気が付いた。

一緒に飲み物を作って差し入れしようかな。ついでに眠くなるまで雑談に付き合ってくれたらありがたい。


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以前クラウディオさんに生乳から生クリームを作る式を貰ったことがあったので、今日はスペシャル版でホイップ乗せココアに挑戦してみる。

ハンドミキサーで空気を含ませ、もこもこと膨らむ様子をイメージする。確か冷やしながら泡立てると良いと聞いたことがある。イメージのままに生乳に手をかざし魔法でホイップを作ると、ものすごい量が出来てしまった。今にも器から溢れそうだ。生クリームってこんなに増えるの?使わない分は明日のおやつにでも添えて貰うことにする。

別で作っていたココアにホイップを浮かべると、しょわわとココアに溶けて空気が弾ける音がする。それでも泡が溶けきることはなく、つんとホイップの角が立っている。

「なかなか上手にできた!」

ふたりだけでこんなにいいもの飲んじゃってナナンが羨ましがるかも。そんな出来栄えだった。

さっそくトウジにいちゃんに届けに行く。両手がマグカップで塞がっているのでつま先でトントンとノックすると、ゆっくりと扉が開いた。

「どうした」
「お届けもので~す」
「ふっ。お願いしまーす」

鼻で笑われつつも快く部屋に入れてくれた。
カップを受け取ったトウジにいちゃんがくんくんと香りを嗅いでいる。

「これね、ホイップ乗せココアだよ」
「夜中にエラいもん作ったな」

ふたりベッドに並んで座り、ごくりと一口。

「「あま~~い」」

同時に同じことを言ったのがおかしくて顔を見合わせる。更にお互い鼻の下に白ひげを作っていたのがおかしくて吹き出した。

ホイップがくるくるとココアの池に溶けて消えていくのを眺めながら、先日猫獣人さんの孤児院であったことを話した。僕が初対面の相手に対して距離感を間違えたふるまいをしてしまったこと。そしてそれがトウジにいちゃんの入れ知恵だとロイさんが言っていたことを話すと、トウジにいちゃんがついに我慢が利かないといった様子で笑い始めた。

「俺も交流会の時に同じようなことしたんだ、だからだろうな」
「同じようなことって?」
「初対面の犬獣人の子をわしゃわしゃした」
「想像に難くないね」

トウジにいちゃんは僕から空のマグカップを取り上げて自分の机に置くと、「なんだぁ?その生意気な言い方は」と言ってベッドにあったブランケットで僕をぐるぐる巻きにした。

僕はそのまま抱き上げられてベッドにごろんと優しく投げられた。

「は、歯磨きしてない!」
「後でしろ、後で」
「このまま寝ちゃうよ~」
「寝れなくて困るよりいいだろ」

それもそうか、なんて納得しそうになる。

ふたりともベッドに横になってしばらく静かに天井を見ていた。そのまま寝ようかと思ったけど、まだ隣は起きている感じがしたので僕は思い出したようにぽつぽつと呟いた。

「今日ね、お使いから帰るときに女の人からお手紙預かったんだ」
「トウジにいちゃんに渡してくださいって」

トウジにいちゃんは見た目も心も男前なので非常におモテになるが、本人から近寄るなオーラが出ていてアプローチが難しいらしく、職員や子供たちに手紙やプレゼントを託されることが多い。話には聞いていたけど、僕は今日初めてそういった場に遭遇した。

「へえ」
「へえって。明日、起きたら渡すね」

本当はココアと一緒に手紙をここへ持ってくることだって出来た。でも預かった時からなんだかモヤモヤとして、いろいろ考えていたらいつもの丘に居たし、気づいたらごはんもたくさん食べていた。そうかトウジにいちゃんも年頃だし、そろそろここを出て誰かと一緒になるってことも普通にありえるか、なんて。

ただのわがままだけど、もう少し僕のお兄ちゃんをしていて欲しい。もう少し一緒に居たい。

眠い目を必死でこじ開けているとトウジにいちゃんが僕の背中をトントンし始めた。
さっきまであんなにはしゃいでいたのに、体が温まってふかふかしたものに包まれたら眠たくなってきた。

トウジにいちゃんの隣で寝るなんていつぶりだろう。夜更かしして騒ぎ合ってこんな風に寝かしつけてくれるなら、眠れない夜も悪くはない。

「一緒にねよ」
「一緒に寝るよ」

たまに現れるこの優しい声色が大好きだ。

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