15 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-15 眠れない日に
しおりを挟む
眠れない。
ぽかぽかと温かい体温をそばで感じても、羊のぬいぐるみを抱っこしながら寝ている彼を眺め続けても、僕には一向に眠気というものが訪れなかった。
心地よい陽気に誘われて裏の丘でちょっと昼寝したのがよくなかったのか。それとも珍しく晩ごはんをおかわりしたせいか。いやもしかしたら両方とも違うかもしれない。
何か温かい飲み物でも飲めば落ち着くかも、と思い立ってキッチンへ向かう。その途中でトウジにいちゃんの部屋の明かりがついていることに気が付いた。
一緒に飲み物を作って差し入れしようかな。ついでに眠くなるまで雑談に付き合ってくれたらありがたい。
-----------
以前クラウディオさんに生乳から生クリームを作る式を貰ったことがあったので、今日はスペシャル版でホイップ乗せココアに挑戦してみる。
ハンドミキサーで空気を含ませ、もこもこと膨らむ様子をイメージする。確か冷やしながら泡立てると良いと聞いたことがある。イメージのままに生乳に手をかざし魔法でホイップを作ると、ものすごい量が出来てしまった。今にも器から溢れそうだ。生クリームってこんなに増えるの?使わない分は明日のおやつにでも添えて貰うことにする。
別で作っていたココアにホイップを浮かべると、しょわわとココアに溶けて空気が弾ける音がする。それでも泡が溶けきることはなく、つんとホイップの角が立っている。
「なかなか上手にできた!」
ふたりだけでこんなにいいもの飲んじゃってナナンが羨ましがるかも。そんな出来栄えだった。
さっそくトウジにいちゃんに届けに行く。両手がマグカップで塞がっているのでつま先でトントンとノックすると、ゆっくりと扉が開いた。
「どうした」
「お届けもので~す」
「ふっ。お願いしまーす」
鼻で笑われつつも快く部屋に入れてくれた。
カップを受け取ったトウジにいちゃんがくんくんと香りを嗅いでいる。
「これね、ホイップ乗せココアだよ」
「夜中にエラいもん作ったな」
ふたりベッドに並んで座り、ごくりと一口。
「「あま~~い」」
同時に同じことを言ったのがおかしくて顔を見合わせる。更にお互い鼻の下に白ひげを作っていたのがおかしくて吹き出した。
ホイップがくるくるとココアの池に溶けて消えていくのを眺めながら、先日猫獣人さんの孤児院であったことを話した。僕が初対面の相手に対して距離感を間違えたふるまいをしてしまったこと。そしてそれがトウジにいちゃんの入れ知恵だとロイさんが言っていたことを話すと、トウジにいちゃんがついに我慢が利かないといった様子で笑い始めた。
「俺も交流会の時に同じようなことしたんだ、だからだろうな」
「同じようなことって?」
「初対面の犬獣人の子をわしゃわしゃした」
「想像に難くないね」
トウジにいちゃんは僕から空のマグカップを取り上げて自分の机に置くと、「なんだぁ?その生意気な言い方は」と言ってベッドにあったブランケットで僕をぐるぐる巻きにした。
僕はそのまま抱き上げられてベッドにごろんと優しく投げられた。
「は、歯磨きしてない!」
「後でしろ、後で」
「このまま寝ちゃうよ~」
「寝れなくて困るよりいいだろ」
それもそうか、なんて納得しそうになる。
ふたりともベッドに横になってしばらく静かに天井を見ていた。そのまま寝ようかと思ったけど、まだ隣は起きている感じがしたので僕は思い出したようにぽつぽつと呟いた。
「今日ね、お使いから帰るときに女の人からお手紙預かったんだ」
「トウジにいちゃんに渡してくださいって」
トウジにいちゃんは見た目も心も男前なので非常におモテになるが、本人から近寄るなオーラが出ていてアプローチが難しいらしく、職員や子供たちに手紙やプレゼントを託されることが多い。話には聞いていたけど、僕は今日初めてそういった場に遭遇した。
「へえ」
「へえって。明日、起きたら渡すね」
本当はココアと一緒に手紙をここへ持ってくることだって出来た。でも預かった時からなんだかモヤモヤとして、いろいろ考えていたらいつもの丘に居たし、気づいたらごはんもたくさん食べていた。そうかトウジにいちゃんも年頃だし、そろそろここを出て誰かと一緒になるってことも普通にありえるか、なんて。
ただのわがままだけど、もう少し僕のお兄ちゃんをしていて欲しい。もう少し一緒に居たい。
眠い目を必死でこじ開けているとトウジにいちゃんが僕の背中をトントンし始めた。
さっきまであんなにはしゃいでいたのに、体が温まってふかふかしたものに包まれたら眠たくなってきた。
トウジにいちゃんの隣で寝るなんていつぶりだろう。夜更かしして騒ぎ合ってこんな風に寝かしつけてくれるなら、眠れない夜も悪くはない。
「一緒にねよ」
「一緒に寝るよ」
たまに現れるこの優しい声色が大好きだ。
.
ぽかぽかと温かい体温をそばで感じても、羊のぬいぐるみを抱っこしながら寝ている彼を眺め続けても、僕には一向に眠気というものが訪れなかった。
心地よい陽気に誘われて裏の丘でちょっと昼寝したのがよくなかったのか。それとも珍しく晩ごはんをおかわりしたせいか。いやもしかしたら両方とも違うかもしれない。
何か温かい飲み物でも飲めば落ち着くかも、と思い立ってキッチンへ向かう。その途中でトウジにいちゃんの部屋の明かりがついていることに気が付いた。
一緒に飲み物を作って差し入れしようかな。ついでに眠くなるまで雑談に付き合ってくれたらありがたい。
-----------
以前クラウディオさんに生乳から生クリームを作る式を貰ったことがあったので、今日はスペシャル版でホイップ乗せココアに挑戦してみる。
ハンドミキサーで空気を含ませ、もこもこと膨らむ様子をイメージする。確か冷やしながら泡立てると良いと聞いたことがある。イメージのままに生乳に手をかざし魔法でホイップを作ると、ものすごい量が出来てしまった。今にも器から溢れそうだ。生クリームってこんなに増えるの?使わない分は明日のおやつにでも添えて貰うことにする。
別で作っていたココアにホイップを浮かべると、しょわわとココアに溶けて空気が弾ける音がする。それでも泡が溶けきることはなく、つんとホイップの角が立っている。
「なかなか上手にできた!」
ふたりだけでこんなにいいもの飲んじゃってナナンが羨ましがるかも。そんな出来栄えだった。
さっそくトウジにいちゃんに届けに行く。両手がマグカップで塞がっているのでつま先でトントンとノックすると、ゆっくりと扉が開いた。
「どうした」
「お届けもので~す」
「ふっ。お願いしまーす」
鼻で笑われつつも快く部屋に入れてくれた。
カップを受け取ったトウジにいちゃんがくんくんと香りを嗅いでいる。
「これね、ホイップ乗せココアだよ」
「夜中にエラいもん作ったな」
ふたりベッドに並んで座り、ごくりと一口。
「「あま~~い」」
同時に同じことを言ったのがおかしくて顔を見合わせる。更にお互い鼻の下に白ひげを作っていたのがおかしくて吹き出した。
ホイップがくるくるとココアの池に溶けて消えていくのを眺めながら、先日猫獣人さんの孤児院であったことを話した。僕が初対面の相手に対して距離感を間違えたふるまいをしてしまったこと。そしてそれがトウジにいちゃんの入れ知恵だとロイさんが言っていたことを話すと、トウジにいちゃんがついに我慢が利かないといった様子で笑い始めた。
「俺も交流会の時に同じようなことしたんだ、だからだろうな」
「同じようなことって?」
「初対面の犬獣人の子をわしゃわしゃした」
「想像に難くないね」
トウジにいちゃんは僕から空のマグカップを取り上げて自分の机に置くと、「なんだぁ?その生意気な言い方は」と言ってベッドにあったブランケットで僕をぐるぐる巻きにした。
僕はそのまま抱き上げられてベッドにごろんと優しく投げられた。
「は、歯磨きしてない!」
「後でしろ、後で」
「このまま寝ちゃうよ~」
「寝れなくて困るよりいいだろ」
それもそうか、なんて納得しそうになる。
ふたりともベッドに横になってしばらく静かに天井を見ていた。そのまま寝ようかと思ったけど、まだ隣は起きている感じがしたので僕は思い出したようにぽつぽつと呟いた。
「今日ね、お使いから帰るときに女の人からお手紙預かったんだ」
「トウジにいちゃんに渡してくださいって」
トウジにいちゃんは見た目も心も男前なので非常におモテになるが、本人から近寄るなオーラが出ていてアプローチが難しいらしく、職員や子供たちに手紙やプレゼントを託されることが多い。話には聞いていたけど、僕は今日初めてそういった場に遭遇した。
「へえ」
「へえって。明日、起きたら渡すね」
本当はココアと一緒に手紙をここへ持ってくることだって出来た。でも預かった時からなんだかモヤモヤとして、いろいろ考えていたらいつもの丘に居たし、気づいたらごはんもたくさん食べていた。そうかトウジにいちゃんも年頃だし、そろそろここを出て誰かと一緒になるってことも普通にありえるか、なんて。
ただのわがままだけど、もう少し僕のお兄ちゃんをしていて欲しい。もう少し一緒に居たい。
眠い目を必死でこじ開けているとトウジにいちゃんが僕の背中をトントンし始めた。
さっきまであんなにはしゃいでいたのに、体が温まってふかふかしたものに包まれたら眠たくなってきた。
トウジにいちゃんの隣で寝るなんていつぶりだろう。夜更かしして騒ぎ合ってこんな風に寝かしつけてくれるなら、眠れない夜も悪くはない。
「一緒にねよ」
「一緒に寝るよ」
たまに現れるこの優しい声色が大好きだ。
.
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
騎士に溺愛されました
あいえだ
BL
ある日死んだはずの俺。でも、魔導士ジョージの力によって呼ばれた異世界は選ばれし魔法騎士たちがモンスターと戦う世界だった。新人騎士として新しい生活を始めた俺、セアラには次々と魔法騎士の溺愛が待っていた。セアラが生まれた理由、セアラを愛する魔法騎士たち、モンスターとの戦い、そしてモンスターを統べる敵のボスの存在。
総受けです。なんでも許せる方向け。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる