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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-13 7歳の世界
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7歳の朝は雨だった。
ベッドに入っても明日を迎えるむずむずとした高揚感でしばらく眠れなかった。屋根と窓を叩く雨音が聞こえ始めてからは、それが目覚めたくない気分に変わった。
僕がこんなに落ち込んでいるのは街へのお出かけが中止になってしまうから。
そんなの傘差して出かければいいじゃないかと思うかもしれないが、そうはいかない事情がある。魔法使用者の多い国の天候は少し変わっていて、例えば魔獣との戦闘などで大きな魔法が使われると周辺地域の魔素のバランスが狂って異常気象が起こる。
隣町あたりで火属性の魔素が大量に消費されたということだろう。冠水は免れないレベルで大雨が一日中降り続く。
トウジにいちゃんとナナンとまだ行ったことのなかったエリアに探検に行く予定だったのに。僕の、誕生日なのに。なんで今日なんだ。
部屋に差し込む濁って薄暗い青が、どうしてもそういう気持ちにさせる。
冷え切ったつま先を擦り合わせていると、何か温かいものが触れた。
「おはよ」
-----------
「これ、みて」
そう言ってナナンがリボンの掛かった大きな袋を持ってきた。
「リッカにプレゼント、クーさんと一緒に作ったの」
ナナンの言うクーさんとはクラウディオさんのこと。僕に内緒にしながら2人でプレゼントを準備してくれたらしい。
「開けてもいい?」
「うん」
袋を開けて中身を取り出すと小さいエプロンが入っていた。白くて厚手の布地に黄緑のステッチがかけられていて、胸のところにペンホルダー、お腹周りにはたくさんのポケットがついていた。
「これ、とってもいいね。ものづくりの時にすごく便利そう!」
さっそく着けてみるとサイズがぴったりだった。さすがクラウディオさんが協力してくれただけあって、細かいところも丁寧に作られている。クラウディオさんにも今度お礼を言いに行かなくちゃ。
ナナンが僕の手を取った。
「リッカが何かつくるのすき。いっぱいつくって欲しいから、エプロンにした」
「宝石みたいな目がすき。同じ色の糸チクチクしたの」
ナナンがこんなにたくさんの想いを詰めたプレゼントを準備してくれたんだ。普段食べ物以外ほとんど関心のない子だからこそ、僕のためにと考えてくれたことが本当に嬉しい。
袋を触るとまだ何か入っていた。
取り出してみると一枚のカードだった。
それはナナンが書いた僕宛のバースデーカードだった。真ん中に僕と、以前にしてあげた三つ編みの髪型のナナン。絵の中のナナンは彼の誕生日にプレゼントした羊のぬいぐるみを持っている。周りにはミルクティーや一緒に直したかご、プリン、ローズマリーのブーケまで書いてある。
「ぼくはぜーんぶ、すきなの」
「リッカ、お誕生日おめでと」
ナナンはそう言うと僕に向かって
にへ、と笑った。
-----------
「リッカ」
部屋から出たところをトウジにいちゃんに呼び止められる。こんな朝早くに、いつから待っていたんだろう。
「手ェ出せ」と言われたので、両手を前に突き出した。
トウジにいちゃんの片手に包まれた何かが僕の手の上に乗っかる。そこには革のケースに入った小さなナイフと石が置かれていた。
プレゼントだ。
ラッピングされていないところがまたトウジにいちゃんらしい。たぶん石の方は裏表が平滑になっているので砥石だと思う。
「チビこいお前は、まずそのチビこいナイフから面倒見る練習してみろ」
「うん、トウジにいちゃんありがとう」
「おう、あと」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
ガチャン、と貰ったプレゼントを床に落としてしまった。
「んぇ?」驚きで言葉を失う。
段々頭が言われたことを理解し始める。トウジにいちゃんは芯が強いけどちょっといじわるというか、とにかくこんな明け透けなことを言ってくる人ではない。
なんてずるい人だ。
どうしてか言われた僕の方が恥ずかしくなってしまって、まともに顔が見れない。
放心したまま床に落としてしまったものを拾っているとトウジにいちゃんが去っていく気配がした。
待って、待って、振り返ってとっさに叫んだ。
「と、トウジにいちゃんも、僕のそばにいてくれてありがとう!!!」
たくさんの愛を受けて僕は今日、7歳になった。
.
ベッドに入っても明日を迎えるむずむずとした高揚感でしばらく眠れなかった。屋根と窓を叩く雨音が聞こえ始めてからは、それが目覚めたくない気分に変わった。
僕がこんなに落ち込んでいるのは街へのお出かけが中止になってしまうから。
そんなの傘差して出かければいいじゃないかと思うかもしれないが、そうはいかない事情がある。魔法使用者の多い国の天候は少し変わっていて、例えば魔獣との戦闘などで大きな魔法が使われると周辺地域の魔素のバランスが狂って異常気象が起こる。
隣町あたりで火属性の魔素が大量に消費されたということだろう。冠水は免れないレベルで大雨が一日中降り続く。
トウジにいちゃんとナナンとまだ行ったことのなかったエリアに探検に行く予定だったのに。僕の、誕生日なのに。なんで今日なんだ。
部屋に差し込む濁って薄暗い青が、どうしてもそういう気持ちにさせる。
冷え切ったつま先を擦り合わせていると、何か温かいものが触れた。
「おはよ」
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「これ、みて」
そう言ってナナンがリボンの掛かった大きな袋を持ってきた。
「リッカにプレゼント、クーさんと一緒に作ったの」
ナナンの言うクーさんとはクラウディオさんのこと。僕に内緒にしながら2人でプレゼントを準備してくれたらしい。
「開けてもいい?」
「うん」
袋を開けて中身を取り出すと小さいエプロンが入っていた。白くて厚手の布地に黄緑のステッチがかけられていて、胸のところにペンホルダー、お腹周りにはたくさんのポケットがついていた。
「これ、とってもいいね。ものづくりの時にすごく便利そう!」
さっそく着けてみるとサイズがぴったりだった。さすがクラウディオさんが協力してくれただけあって、細かいところも丁寧に作られている。クラウディオさんにも今度お礼を言いに行かなくちゃ。
ナナンが僕の手を取った。
「リッカが何かつくるのすき。いっぱいつくって欲しいから、エプロンにした」
「宝石みたいな目がすき。同じ色の糸チクチクしたの」
ナナンがこんなにたくさんの想いを詰めたプレゼントを準備してくれたんだ。普段食べ物以外ほとんど関心のない子だからこそ、僕のためにと考えてくれたことが本当に嬉しい。
袋を触るとまだ何か入っていた。
取り出してみると一枚のカードだった。
それはナナンが書いた僕宛のバースデーカードだった。真ん中に僕と、以前にしてあげた三つ編みの髪型のナナン。絵の中のナナンは彼の誕生日にプレゼントした羊のぬいぐるみを持っている。周りにはミルクティーや一緒に直したかご、プリン、ローズマリーのブーケまで書いてある。
「ぼくはぜーんぶ、すきなの」
「リッカ、お誕生日おめでと」
ナナンはそう言うと僕に向かって
にへ、と笑った。
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「リッカ」
部屋から出たところをトウジにいちゃんに呼び止められる。こんな朝早くに、いつから待っていたんだろう。
「手ェ出せ」と言われたので、両手を前に突き出した。
トウジにいちゃんの片手に包まれた何かが僕の手の上に乗っかる。そこには革のケースに入った小さなナイフと石が置かれていた。
プレゼントだ。
ラッピングされていないところがまたトウジにいちゃんらしい。たぶん石の方は裏表が平滑になっているので砥石だと思う。
「チビこいお前は、まずそのチビこいナイフから面倒見る練習してみろ」
「うん、トウジにいちゃんありがとう」
「おう、あと」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
ガチャン、と貰ったプレゼントを床に落としてしまった。
「んぇ?」驚きで言葉を失う。
段々頭が言われたことを理解し始める。トウジにいちゃんは芯が強いけどちょっといじわるというか、とにかくこんな明け透けなことを言ってくる人ではない。
なんてずるい人だ。
どうしてか言われた僕の方が恥ずかしくなってしまって、まともに顔が見れない。
放心したまま床に落としてしまったものを拾っているとトウジにいちゃんが去っていく気配がした。
待って、待って、振り返ってとっさに叫んだ。
「と、トウジにいちゃんも、僕のそばにいてくれてありがとう!!!」
たくさんの愛を受けて僕は今日、7歳になった。
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