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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-12 手作りという魔法
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今日は孤児院でのお手伝いを早めに済ませて、クラウディオさんのところに行く予定だ。前回はクラウディオさんの熱弁を聞いておやつ食べて帰ってきてしまったからな…
僕が出かけると知ったナナンが、着いていくと言ったので一緒に薬屋に向かうことにした。
「ナナンはあそこの薬屋さんに行ったことあるの?」
「ない」
かご作りの作業は恐らく二階で行うだろうと考えて、そうか今日彼はハイスツールに座るために抱き上げられるというあの恥ずかしい体験をすることはないのか、と少し悔しい気持ちになった。
「どうして薬屋にいくの」
説明が難しい。
「…趣味?」
「?」
道端でふたり立ち止まって首を傾げていた。
-----------
「ナナン」
ナナンがクラウディオさんに自己紹介しています。
他に紹介することないか?僕が紹介しようか?
クラウディオさんの耕し甲斐センサーが反応していないか気になる。じっ、っと表情の変化がないか観察してみる。
「はい、こんにちは」
ニコニコと微笑んでいるだけだ。
ナナンくんは僕が丹精込めて大事に育てているのだ。そのお株を奪われる訳にはいかないんだと心の中でこっそり対抗心を燃やす。耕すのは僕だ(?)
早速作業じゃないのかな?と考えていたところで、クラウディオさんから提案があった。
「今日はおやつも一緒に作ってみませんか?」
「おお~~」
"おやつ"の響きが耳に入ってきたら、パチパチと体が勝手に拍手していた。ナナンの方を見たら、よくわかっていないけどとりあえず僕の真似をして「おー?」と両手をぺちぺち叩いていた。
二階の奥の部屋に案内されると、広々としたキッチンがあった。
「我が家の自慢です」とクラウディオさんは誇らしげな表情。キッチンツールも豊富だけど、所々にビーカーなどの薬屋さんらしい道具が置いてあるのが面白かった。
「今日はプリンを作ります」
「プリンですか…?プリンはたまに孤児院でも食べることがあります」でも素朴というか普通というか、焦がれる感じがしない。なんだプリンか…と僕が肩を落とした瞬間を、待っていましたとばかりにクラウディオさんの目が輝く。
「手作りプリンならどうでしょう?きっとリッカくんも驚くと思いますよ」
「コツは目の細かいもので徹底的に卵液を漉すこと。それと香りづけです」
材料を秤で計量して大きなボウルで混ぜていく。香り付けにはレーズンのような香りのお酒を煮詰めて作ったシロップを加えていた。たぶんバニラビーンズがない代わりだと思う。バニラ味、この世界のどこかにあるといいな。
漉す時はフィルターのようなものを使っていた。こんなのどこのご家庭にもないですよ。真似出来ませんよ。出来たものは大きな器に入れて蒸した。巨大プリンの気配にナナンの目つきが変わる。
「さて、これを冷やす間にかごの方を直しましょうか。すみませんね、この間から待ち遠しかったでしょう」
クラウディオさんが先日預けたかごに合わせて、手ごろな太さの枝と内布用の型紙を用意していてくれた。それと内布の材料としていつも身に着けているリネンのエプロンのお古を頂いた。
クラウディオさんが魔法を使ってろうそくに火を灯した。それをナナンが興味深そうに見つめている。孤児院では火属性の魔素に反応する魔道具を明かりに使っている上、料理魔法では火そのものを使うこと自体少ない。この国で火を見るシチュエーションとして、攻撃魔法が一般的とされているくらいなので、彼も吸い込まれるように見続けてしまうわけだ。
火を使う作業はクラウディオさんにお任せしつつ、ナナンとふたりでお手伝いする。枝をろうそくの火で炙って柔らかくした後、数本曲げていく。それを交互に編んで穴に合わせて端を絡め、余った部分を切る。イチから作る訳じゃないから、すごく簡単に完成したように感じる。
次は布を型紙の通りに切り取って、針と糸で縫い合わせていく。この世界ではじめての縫製作業はなかなか上手くいかない。ナナンはそこまで不器用な方じゃないけど初めての裁縫道具らしいので見ていてもらった。
もちろん服もこの国では魔法で作られている。魔法で作った服には縫い目はないので、こんな細い糸で布同士をくっつけているなんて原始的に感じて仕方ないだろう。4目ほど縫い進めては、少しずつにじり寄ってくる彼の肩を押して戻すという二重の作業が発生していた。
最後に縫ったものをひっくり返してかごに被せて、修理が完了した。前世でいうところの調理実習と工作の時間がいっぺんに来たような、懐かしくも楽しい時間を過ごすことが出来て大満足だった。
「そろそろプリンも冷えている頃でしょうから。今持って来ますね」
クラウディオさんが部屋に戻ってくると同時に、少しだけ空いていた扉の隙間からワフがするっと入って来た。
「今から、みんなでおやつ食べるの」
「ワフもおやつおねだりして一緒に食べようよ」とふたりで話しかけたら、ワフッと小さくお返事が聞こえた。
プリンの入った大きな器を平たい皿に返すと、がぽんっと音がした。「ナナンくん、開けてみてください」と促され、ナナンが器を持ち上げた。
そこには深いカラメルの雨を浴びた巨大プリンが鎮座していた。
「はああ~」となんだかありがたさを感じた僕は咄嗟に拝んでしまった。
「好きなだけ掬って食べてください」と言ったクラウディオさんも拝んだ。
クラウディオさんがロマン重視で、子供の口には入らない大きめのスプーンを持って来た。ガツっと欲張りに掬うとプリンがふるふる揺れる。
「いただきます」「ます」
泣いた。僕は気づいたら涙を流していた。
そんな僕を見たナナンはこれ幸い、君が食べないなら僕食べちゃうよとばかりに貪り食らっていた。
漉す作業を丁寧にするだけでこんなにも滑らかになるんだ。何か一部分だけでも丁寧にするだけで、こんなに幸福度は膨らむものなんだ。今日はクラウディオさんに、いやプリンに学んだ日だった。
「ところでワフってさ、トウジにいちゃんが付けそうなお名前じゃない?」
「メェメとモォモみたい」
「おや、よくわかりましたね」
「やっぱりそうだったんですね…」
.
僕が出かけると知ったナナンが、着いていくと言ったので一緒に薬屋に向かうことにした。
「ナナンはあそこの薬屋さんに行ったことあるの?」
「ない」
かご作りの作業は恐らく二階で行うだろうと考えて、そうか今日彼はハイスツールに座るために抱き上げられるというあの恥ずかしい体験をすることはないのか、と少し悔しい気持ちになった。
「どうして薬屋にいくの」
説明が難しい。
「…趣味?」
「?」
道端でふたり立ち止まって首を傾げていた。
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「ナナン」
ナナンがクラウディオさんに自己紹介しています。
他に紹介することないか?僕が紹介しようか?
クラウディオさんの耕し甲斐センサーが反応していないか気になる。じっ、っと表情の変化がないか観察してみる。
「はい、こんにちは」
ニコニコと微笑んでいるだけだ。
ナナンくんは僕が丹精込めて大事に育てているのだ。そのお株を奪われる訳にはいかないんだと心の中でこっそり対抗心を燃やす。耕すのは僕だ(?)
早速作業じゃないのかな?と考えていたところで、クラウディオさんから提案があった。
「今日はおやつも一緒に作ってみませんか?」
「おお~~」
"おやつ"の響きが耳に入ってきたら、パチパチと体が勝手に拍手していた。ナナンの方を見たら、よくわかっていないけどとりあえず僕の真似をして「おー?」と両手をぺちぺち叩いていた。
二階の奥の部屋に案内されると、広々としたキッチンがあった。
「我が家の自慢です」とクラウディオさんは誇らしげな表情。キッチンツールも豊富だけど、所々にビーカーなどの薬屋さんらしい道具が置いてあるのが面白かった。
「今日はプリンを作ります」
「プリンですか…?プリンはたまに孤児院でも食べることがあります」でも素朴というか普通というか、焦がれる感じがしない。なんだプリンか…と僕が肩を落とした瞬間を、待っていましたとばかりにクラウディオさんの目が輝く。
「手作りプリンならどうでしょう?きっとリッカくんも驚くと思いますよ」
「コツは目の細かいもので徹底的に卵液を漉すこと。それと香りづけです」
材料を秤で計量して大きなボウルで混ぜていく。香り付けにはレーズンのような香りのお酒を煮詰めて作ったシロップを加えていた。たぶんバニラビーンズがない代わりだと思う。バニラ味、この世界のどこかにあるといいな。
漉す時はフィルターのようなものを使っていた。こんなのどこのご家庭にもないですよ。真似出来ませんよ。出来たものは大きな器に入れて蒸した。巨大プリンの気配にナナンの目つきが変わる。
「さて、これを冷やす間にかごの方を直しましょうか。すみませんね、この間から待ち遠しかったでしょう」
クラウディオさんが先日預けたかごに合わせて、手ごろな太さの枝と内布用の型紙を用意していてくれた。それと内布の材料としていつも身に着けているリネンのエプロンのお古を頂いた。
クラウディオさんが魔法を使ってろうそくに火を灯した。それをナナンが興味深そうに見つめている。孤児院では火属性の魔素に反応する魔道具を明かりに使っている上、料理魔法では火そのものを使うこと自体少ない。この国で火を見るシチュエーションとして、攻撃魔法が一般的とされているくらいなので、彼も吸い込まれるように見続けてしまうわけだ。
火を使う作業はクラウディオさんにお任せしつつ、ナナンとふたりでお手伝いする。枝をろうそくの火で炙って柔らかくした後、数本曲げていく。それを交互に編んで穴に合わせて端を絡め、余った部分を切る。イチから作る訳じゃないから、すごく簡単に完成したように感じる。
次は布を型紙の通りに切り取って、針と糸で縫い合わせていく。この世界ではじめての縫製作業はなかなか上手くいかない。ナナンはそこまで不器用な方じゃないけど初めての裁縫道具らしいので見ていてもらった。
もちろん服もこの国では魔法で作られている。魔法で作った服には縫い目はないので、こんな細い糸で布同士をくっつけているなんて原始的に感じて仕方ないだろう。4目ほど縫い進めては、少しずつにじり寄ってくる彼の肩を押して戻すという二重の作業が発生していた。
最後に縫ったものをひっくり返してかごに被せて、修理が完了した。前世でいうところの調理実習と工作の時間がいっぺんに来たような、懐かしくも楽しい時間を過ごすことが出来て大満足だった。
「そろそろプリンも冷えている頃でしょうから。今持って来ますね」
クラウディオさんが部屋に戻ってくると同時に、少しだけ空いていた扉の隙間からワフがするっと入って来た。
「今から、みんなでおやつ食べるの」
「ワフもおやつおねだりして一緒に食べようよ」とふたりで話しかけたら、ワフッと小さくお返事が聞こえた。
プリンの入った大きな器を平たい皿に返すと、がぽんっと音がした。「ナナンくん、開けてみてください」と促され、ナナンが器を持ち上げた。
そこには深いカラメルの雨を浴びた巨大プリンが鎮座していた。
「はああ~」となんだかありがたさを感じた僕は咄嗟に拝んでしまった。
「好きなだけ掬って食べてください」と言ったクラウディオさんも拝んだ。
クラウディオさんがロマン重視で、子供の口には入らない大きめのスプーンを持って来た。ガツっと欲張りに掬うとプリンがふるふる揺れる。
「いただきます」「ます」
泣いた。僕は気づいたら涙を流していた。
そんな僕を見たナナンはこれ幸い、君が食べないなら僕食べちゃうよとばかりに貪り食らっていた。
漉す作業を丁寧にするだけでこんなにも滑らかになるんだ。何か一部分だけでも丁寧にするだけで、こんなに幸福度は膨らむものなんだ。今日はクラウディオさんに、いやプリンに学んだ日だった。
「ところでワフってさ、トウジにいちゃんが付けそうなお名前じゃない?」
「メェメとモォモみたい」
「おや、よくわかりましたね」
「やっぱりそうだったんですね…」
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