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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-11 大人はお見通し
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「ど、どうしてわかったんですか?」
「私ではなくレーネさんですよ」
そう言ってメモを見せてくれた。
「普通のお使いメモだと思いますけど…?」
「普通すぎるんです」
「普通…すぎる」たしかに急ぎの用ではなさそうと思っていたけど。
「いつ求めても良いような品物でお使い。つまり用事があるのは人の方、ということです」
「なるほど」
ちび達とボール遊びしていた時にボールが手を掠めて、右手の薬指の爪が割れてしまっていた。その場にレーネさんは居なかったと思うけど、さすが子供のことをよく見ている。
この感じだと、かごの事もなんとなくわかっていてお使いに出してくれたのかな。かごを捨てろと言ったら僕が変な顔してましたってロイさんが伝えてくれたのかもしれない。
帰ってからお礼を言ったとしても、ふたりは「何が?」と惚けるのだろう。
クラウディオさんに美味しいものをたくさん習って、いずれそのお返しをしたいと思う。
-----------
クラウディオさんは店先の方に歩いて行って、看板を"CLOSE"にひっくり返した。
「お店閉めちゃっていいんですか?」
「いつもより少ーし早く閉めるだけです」
慣れた手つきでドアの前や窓辺にある薄手のカーテンを閉めている。僕はそれをハイスツールの上、届かない足をぶらぶらとさせながら眺めていた。
「どうしても急ぎの方がいる場合は対応できるようになっていますから、心配いりませんよ」
なんだろう、呼び鈴でも鳴るようになっているんだろうか。簡単な店じまいを終えて、クラウディオさんがこちらへ戻ってきた。
「それに、せっかくの楽しい感じですから。この勢いを止めたくないでしょう?」
予期していた通り、クラウディオさんが僕を抱えて椅子から降ろそうとしてきたので、「一人で降りられますので」と断った。宣言した以上はスマートに降りたい。余計なことを考えて勢いが付きすぎたのか、着地の際にかかとがジーンと痺れた。後ろからクックッと笑いを噛み殺す声が聞こえる。それでも赤子のように毎度抱き上げられるよりマシなんだ!僕は!
「一緒に二階に来て頂いても良いですか」
「二階…お住まいがあるんですか?」
「ええ、治療の道具も上にあるんです」
カウンターの奥のバックヤードを抜けると、二階に上がる階段があった。二階に上がって一番手前の部屋に案内される。そこは小さな客間だった。
席に着いて本日のおやつを一緒に頂いた後、治療式で割れた爪を治して貰うことになった。
「おててちっさ…」
差し出した僕の右手を見て、クラウディオさんが何故か眩しそうな顔をしている。治療はほんの数分で終わった。でもそこからいろいろと始まった。
他の爪をキレイに整えて貰ったり、簡単なハンドマッサージをしてもらったりした。
なんでもクラウディオさんは代々英才教育を受けてきた"お手入れ大好き人間"だそうで、僕のように自分に無頓着でもっさりと生きている人の面倒を見るのが大変に好きと言っていた。
今回爪を怪我したのだって自分が伸びていたのを放って置いたから。羊とナナンのカットをしていたのに、最後に自分が髪を切ったのがいつだったかすぐに思い出せない。
クラウディオさんに言われて初めて、自分のことは後でいいやと考えるクセを自覚した。
確かにお風呂に入るとき自分のこと洗うのは面倒くさい気持ちが強いけど、ちび達やナナンの事を洗ってあげるのは楽しくて癒されるから好きかもと話したら「それ!そこなんです!!そういうことなんです!!」とクラウディオさんは立ち上がって目頭を抑えていた。
手入れ談義が盛り上がってきた頃、部屋の扉をカシカシと引っ掻く音が聞こえた。
クラウディオさんが扉を開くと、真っ黒くて大きな犬が小包を咥えてのっそりと入ってきた。
「うちで飼っている犬です。ワフと言います」
「お店を閉めている間の来客はこの子が教えてくれるんですよ」
「え、偉い…」
ワフが近くに寄ってきて、その手を僕の膝に乗せた。よく見ると爪がキレイに切りそろえてある。毛並みも良く艶々としている。触るともふもふを通り越してちゅるんとしていたし、吸うといい匂いがした。
僕の美意識ってワンちゃん以下だった…?
結局、この日は(クラウディオさんの)話が盛り上がりすぎて作業どころではなかったので、かごを預けて孤児院に帰った。
向かいから歩いてきたトウジにいちゃんに「ただいま」と声を掛けたら「先生んトコ行ってきたのか」と呼び止められた。
「先生ってクラウディオさんのこと?」
「おう」
トウジにいちゃんが僕の服にくっ付いていた黒い毛を指さした。
「ワフの毛が付いてる」探偵かよ。
名推理に関心していると、不意に両手を包むように持ち上げられた。
「あと"おてて"がキレイ」
いやほんと…探偵かよ。
.
「私ではなくレーネさんですよ」
そう言ってメモを見せてくれた。
「普通のお使いメモだと思いますけど…?」
「普通すぎるんです」
「普通…すぎる」たしかに急ぎの用ではなさそうと思っていたけど。
「いつ求めても良いような品物でお使い。つまり用事があるのは人の方、ということです」
「なるほど」
ちび達とボール遊びしていた時にボールが手を掠めて、右手の薬指の爪が割れてしまっていた。その場にレーネさんは居なかったと思うけど、さすが子供のことをよく見ている。
この感じだと、かごの事もなんとなくわかっていてお使いに出してくれたのかな。かごを捨てろと言ったら僕が変な顔してましたってロイさんが伝えてくれたのかもしれない。
帰ってからお礼を言ったとしても、ふたりは「何が?」と惚けるのだろう。
クラウディオさんに美味しいものをたくさん習って、いずれそのお返しをしたいと思う。
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クラウディオさんは店先の方に歩いて行って、看板を"CLOSE"にひっくり返した。
「お店閉めちゃっていいんですか?」
「いつもより少ーし早く閉めるだけです」
慣れた手つきでドアの前や窓辺にある薄手のカーテンを閉めている。僕はそれをハイスツールの上、届かない足をぶらぶらとさせながら眺めていた。
「どうしても急ぎの方がいる場合は対応できるようになっていますから、心配いりませんよ」
なんだろう、呼び鈴でも鳴るようになっているんだろうか。簡単な店じまいを終えて、クラウディオさんがこちらへ戻ってきた。
「それに、せっかくの楽しい感じですから。この勢いを止めたくないでしょう?」
予期していた通り、クラウディオさんが僕を抱えて椅子から降ろそうとしてきたので、「一人で降りられますので」と断った。宣言した以上はスマートに降りたい。余計なことを考えて勢いが付きすぎたのか、着地の際にかかとがジーンと痺れた。後ろからクックッと笑いを噛み殺す声が聞こえる。それでも赤子のように毎度抱き上げられるよりマシなんだ!僕は!
「一緒に二階に来て頂いても良いですか」
「二階…お住まいがあるんですか?」
「ええ、治療の道具も上にあるんです」
カウンターの奥のバックヤードを抜けると、二階に上がる階段があった。二階に上がって一番手前の部屋に案内される。そこは小さな客間だった。
席に着いて本日のおやつを一緒に頂いた後、治療式で割れた爪を治して貰うことになった。
「おててちっさ…」
差し出した僕の右手を見て、クラウディオさんが何故か眩しそうな顔をしている。治療はほんの数分で終わった。でもそこからいろいろと始まった。
他の爪をキレイに整えて貰ったり、簡単なハンドマッサージをしてもらったりした。
なんでもクラウディオさんは代々英才教育を受けてきた"お手入れ大好き人間"だそうで、僕のように自分に無頓着でもっさりと生きている人の面倒を見るのが大変に好きと言っていた。
今回爪を怪我したのだって自分が伸びていたのを放って置いたから。羊とナナンのカットをしていたのに、最後に自分が髪を切ったのがいつだったかすぐに思い出せない。
クラウディオさんに言われて初めて、自分のことは後でいいやと考えるクセを自覚した。
確かにお風呂に入るとき自分のこと洗うのは面倒くさい気持ちが強いけど、ちび達やナナンの事を洗ってあげるのは楽しくて癒されるから好きかもと話したら「それ!そこなんです!!そういうことなんです!!」とクラウディオさんは立ち上がって目頭を抑えていた。
手入れ談義が盛り上がってきた頃、部屋の扉をカシカシと引っ掻く音が聞こえた。
クラウディオさんが扉を開くと、真っ黒くて大きな犬が小包を咥えてのっそりと入ってきた。
「うちで飼っている犬です。ワフと言います」
「お店を閉めている間の来客はこの子が教えてくれるんですよ」
「え、偉い…」
ワフが近くに寄ってきて、その手を僕の膝に乗せた。よく見ると爪がキレイに切りそろえてある。毛並みも良く艶々としている。触るともふもふを通り越してちゅるんとしていたし、吸うといい匂いがした。
僕の美意識ってワンちゃん以下だった…?
結局、この日は(クラウディオさんの)話が盛り上がりすぎて作業どころではなかったので、かごを預けて孤児院に帰った。
向かいから歩いてきたトウジにいちゃんに「ただいま」と声を掛けたら「先生んトコ行ってきたのか」と呼び止められた。
「先生ってクラウディオさんのこと?」
「おう」
トウジにいちゃんが僕の服にくっ付いていた黒い毛を指さした。
「ワフの毛が付いてる」探偵かよ。
名推理に関心していると、不意に両手を包むように持ち上げられた。
「あと"おてて"がキレイ」
いやほんと…探偵かよ。
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