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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-10 壊れたかごを持ってゆく
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ケイが目当てのもの(チーズパンの式)を手に入れるのにみんなで付き合って、その後冒険者向けの派手な攻撃魔法を試す広場をうろついていたら、遠くの方にトウジにいちゃんと退屈顔のナナンが歩いているのが見えた。
冒険者向けの魔法と僕の関連性は低い。どうしてこんなところにいるんだろう。すぐに「もしかしてこの人達、僕のこと探していないんじゃ?」と至りそうになって考えるのをやめた。今は無事合流できたことを喜ぼう。
すっかり安心しきった僕が涙目になりながら2人に駆け寄って行った。トウジにいちゃんに抱き着く寸前で首根っこを掴まれて、しこたま迷子をイジられた。下手な説教より、再発防止効果がある。それはもう、恥ずかしさで消えてしまいたいくらいだった。元迷子仲間も居心地悪そうに地面を見つめている。
ナナンの「もう、帰りたい」の一声でその場は解放された。君はみんなの命の恩人だよ。
迷子がいなくなったところで冒険者たちと別れることになった。心残りがないよう、プエムくんのほわほわ雛毛を撫でさせてもらう。
「また今度、お互いおっきくなって会おうね」
プエムくんはやっぱり僕の言葉を理解しているみたいに、ぴいいと長く鳴いたのだった。
-----------
カロンカロン、とドアベルの音。
この音を聞くのは二度目だ。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
クラウディオさんは奥のカウンターの方に立っていた。
「今日もお仕事でいらっしゃったんですか?」
「はい、そうなんです」
整然と商品の並んだ棚が今日も気持ち良い。店の中を真っすぐ進んで「よろしくお願いします」とクラウディオさんにお使いのメモを渡す。
クラウディオさんがメモの中身を確認しながら、こそっと話しかけてくる。
「おやつありますよ」
「えっっ」
途端にこの人のエプロンがお料理用に見えてくる。本当にカフェじゃないんだよね、ここ。
「今日はチーズケーキとレモンティー」
「わあ~!」と思わず声が漏れてしまった。
なんだか僕、おやつ目当てでここに来てるみたいじゃないか?いかんいかんと緩みきった顔と気持ちを引き締める。
「お仕事以外でも遊びに来て頂いて構わないんですよ?」
「お買い物もしないのでは迷惑かなと…」
「…実はね?」と言って、クラウディオさんが近くに立っていた僕を抱き上げてハイスツールに座らせた。
僕はこのハイスツールに自力で座らせて貰えないルールでもあるのだろうか。たしかにまだちょっと苦戦するサイズ感ではあるが、自分が赤ちゃんになってしまったような感じがして恥ずかしい。とりあえず1回くらいはチャレンジさせて欲しい。
「薬屋はありがたいことに大変繁盛してます。一方で趣味の方はあまり理解が得られていないというか、早い話が"変人"だと思われてしまっているんです…」
しょぼん…とクラウディオさんが困り眉と暗い表情でそうこぼす。
「わ、わかりますよ」
魔法を使わないと「魔法ですぐ出来ることをどうしてわざわざ?」という好奇の眼差しを向けられるという点についても共感するし、この人からそこはかとない変人気質を感じるという点にもちょっと共感しちゃうなあ。
「私の作ったおやつをあんなに楽しんでくれたのはリッカくん、君が初めてなんです」
「遠慮せず、友達の家とでも思って遊びにきて下さい。私も一緒に楽しみたいから」
ああ、そうか。ずっともやもやしていたのはそういうことだったのか。
前世の知識が何に活かせるのか、一体誰のために役立てることが出来るのか。いつもそんなことばかり考えていた自分にとって、それは雪解けのような言葉だった。
楽しいことをしたい。その楽しいことをみんなと共有したい。好きなことを共に楽しめる人がいるということは、それだけで豊かな気持ちにしてくれる。
「…実は今日、その"お友達"のクラウディオさんに聞きたいことがあって」
お友達、と言ったところでクラウディオさんの表情が明るくなる。
先日ロイさんに捨ててこいと言われた、壊れたかごを見せる。
「このかご、どうにか直せないかなと思って」
「ちょっとお借りしても?」
「はい」
かごを渡すと、クラウディオさんは壊れた周辺を調べ始めた。
「穴が空いたところは簡単に補修して、内布をつけたらどうでしょうか」
「穴を塞ぐ用の素材も布も、道具もうちにありますよ」
「おお~」予想以上の返答だったので、思わずパチパチと拍手してしまった。何か良いアイデアでも聞ければいいなとは思っていたが、たしかにこの店の主ならそれくらい揃えていてもおかしくはない。
今日はこのまま作業させて貰えるのかな。この間のミルクレープの作り方だって聞きたいし、さっき顔をゆるゆるにしてしまったけどチーズケーキとレモンティーもあるんだよね…はあ~~悩ましい。
「少し待っていてくださいね。かごの作業を進める前に一緒にチーズケーキ食べて、その次に」
「?」
クラウディオさんが僕の右手を掬い取って、目線の高さまで持ち上げた。
「君の爪を直しちゃいましょうね」
.
冒険者向けの魔法と僕の関連性は低い。どうしてこんなところにいるんだろう。すぐに「もしかしてこの人達、僕のこと探していないんじゃ?」と至りそうになって考えるのをやめた。今は無事合流できたことを喜ぼう。
すっかり安心しきった僕が涙目になりながら2人に駆け寄って行った。トウジにいちゃんに抱き着く寸前で首根っこを掴まれて、しこたま迷子をイジられた。下手な説教より、再発防止効果がある。それはもう、恥ずかしさで消えてしまいたいくらいだった。元迷子仲間も居心地悪そうに地面を見つめている。
ナナンの「もう、帰りたい」の一声でその場は解放された。君はみんなの命の恩人だよ。
迷子がいなくなったところで冒険者たちと別れることになった。心残りがないよう、プエムくんのほわほわ雛毛を撫でさせてもらう。
「また今度、お互いおっきくなって会おうね」
プエムくんはやっぱり僕の言葉を理解しているみたいに、ぴいいと長く鳴いたのだった。
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カロンカロン、とドアベルの音。
この音を聞くのは二度目だ。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
クラウディオさんは奥のカウンターの方に立っていた。
「今日もお仕事でいらっしゃったんですか?」
「はい、そうなんです」
整然と商品の並んだ棚が今日も気持ち良い。店の中を真っすぐ進んで「よろしくお願いします」とクラウディオさんにお使いのメモを渡す。
クラウディオさんがメモの中身を確認しながら、こそっと話しかけてくる。
「おやつありますよ」
「えっっ」
途端にこの人のエプロンがお料理用に見えてくる。本当にカフェじゃないんだよね、ここ。
「今日はチーズケーキとレモンティー」
「わあ~!」と思わず声が漏れてしまった。
なんだか僕、おやつ目当てでここに来てるみたいじゃないか?いかんいかんと緩みきった顔と気持ちを引き締める。
「お仕事以外でも遊びに来て頂いて構わないんですよ?」
「お買い物もしないのでは迷惑かなと…」
「…実はね?」と言って、クラウディオさんが近くに立っていた僕を抱き上げてハイスツールに座らせた。
僕はこのハイスツールに自力で座らせて貰えないルールでもあるのだろうか。たしかにまだちょっと苦戦するサイズ感ではあるが、自分が赤ちゃんになってしまったような感じがして恥ずかしい。とりあえず1回くらいはチャレンジさせて欲しい。
「薬屋はありがたいことに大変繁盛してます。一方で趣味の方はあまり理解が得られていないというか、早い話が"変人"だと思われてしまっているんです…」
しょぼん…とクラウディオさんが困り眉と暗い表情でそうこぼす。
「わ、わかりますよ」
魔法を使わないと「魔法ですぐ出来ることをどうしてわざわざ?」という好奇の眼差しを向けられるという点についても共感するし、この人からそこはかとない変人気質を感じるという点にもちょっと共感しちゃうなあ。
「私の作ったおやつをあんなに楽しんでくれたのはリッカくん、君が初めてなんです」
「遠慮せず、友達の家とでも思って遊びにきて下さい。私も一緒に楽しみたいから」
ああ、そうか。ずっともやもやしていたのはそういうことだったのか。
前世の知識が何に活かせるのか、一体誰のために役立てることが出来るのか。いつもそんなことばかり考えていた自分にとって、それは雪解けのような言葉だった。
楽しいことをしたい。その楽しいことをみんなと共有したい。好きなことを共に楽しめる人がいるということは、それだけで豊かな気持ちにしてくれる。
「…実は今日、その"お友達"のクラウディオさんに聞きたいことがあって」
お友達、と言ったところでクラウディオさんの表情が明るくなる。
先日ロイさんに捨ててこいと言われた、壊れたかごを見せる。
「このかご、どうにか直せないかなと思って」
「ちょっとお借りしても?」
「はい」
かごを渡すと、クラウディオさんは壊れた周辺を調べ始めた。
「穴が空いたところは簡単に補修して、内布をつけたらどうでしょうか」
「穴を塞ぐ用の素材も布も、道具もうちにありますよ」
「おお~」予想以上の返答だったので、思わずパチパチと拍手してしまった。何か良いアイデアでも聞ければいいなとは思っていたが、たしかにこの店の主ならそれくらい揃えていてもおかしくはない。
今日はこのまま作業させて貰えるのかな。この間のミルクレープの作り方だって聞きたいし、さっき顔をゆるゆるにしてしまったけどチーズケーキとレモンティーもあるんだよね…はあ~~悩ましい。
「少し待っていてくださいね。かごの作業を進める前に一緒にチーズケーキ食べて、その次に」
「?」
クラウディオさんが僕の右手を掬い取って、目線の高さまで持ち上げた。
「君の爪を直しちゃいましょうね」
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