7 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-7 祭に迷子に
しおりを挟むヤバい。完全に逸れてしまった。
-----------
今日は街で結構な規模のお祭り『フィエストプエム』があると聞いて遊びに出かけることになった。
僕はトウジにいちゃんとナナンと一緒に回る約束で孤児院を出発した。
この『フィエストプエム』はお祝い事が目的ではなく、メインの催しは"式(レシピ)の見本市"である。周辺の地域からも、ご当地レシピを売ったり買ったりするためにたくさんの人が集まる。家事などの生活式から冒険者向けの戦闘式まで幅が広い。式を売るために実演販売が盛んになり、その実演で生成したものをついでに売る。客が寄ったところに商売人が集まり、各々でイベントを組んでそうやって大きく成長していった祭なのだそうだ。
そんなの見てるだけで楽しいに決まっているじゃないか。出発する前の自分は本当に浮かれていたと思う。
会場に向かって歩き始める。毎年オレンジのフラッグガーランドが祭の目印になっているらしい。全体的にオレンジっぽい装飾が増え始め、魔法で大きな看板や案内板が宙に浮いている。増築的に大きくなった祭と聞いていたが、統一感というか一体感がある。
トウジにいちゃんは目当てのものがあるらしく、人の波をかき分けずんずんと先に歩いて行ってしまう。ナナンは食べ物食べ物食べ物、本当に食べ物ばかり見ている。通常運転だ。
僕は売り物の内容ももちろん気になるけど、祭を歩いている人がどんな顔しているのかとか、すれ違いざまに抱えているものをチラ見したり、しまいにはとんでもないサイズの靴を履いている人を見つけて心底驚いたりしていた。その上、置いて行かれないようにトウジにいちゃんについて行かないといけないので大変に忙しかった。
フルーツジュース屋を見たナナンが一言呟いた。
「リッカも、お茶屋さんになれる」
「そうかな」
「そうしたら買いにいくね」
「あ、手伝ってくれないんだ…」
黒くて小さい餅でも入れて売ったら流行るかな。
あっ今もふもふなウサギ獣人さんの耳が向こうに見えた…!
きっかけは明らか。こうして僕は迷子になってしまったのである。
街の中は人の流れが早くて思うように進めなかったので、人気のなさそうな森林公園の方へ移動した。
腰掛けられそうな小さな切り株があった。そこに座って休憩しながら今後の対応を考え始めた。幸い孤児院の方向はなんとなくわかるので、帰ってしまうのが一番かな。初めて来た祭なのでどのくらいの時間帯が人流のピークなのかわからないが、しばらくはここから動けないと考えた方が良さそうだ。
トウジにいちゃんとナナンも僕の迷子に気づいただろう。迷子がいるとその捜索にかかって純粋に祭を楽しむどころではない。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
ぐうう、と腹が鳴った。
トウジにいちゃんに「せっかく美味いもんがあっても納める胃がチビこくてかわいそう」と煽られ、屋台の食べ物をたくさん食べられるようにと朝ご飯を抜いてきていたんだった。加えて財布を持っているのはトウジにいちゃん。頭を抱えて項垂れる。ああ、またお腹が鳴りそうだ…
「ぴい」
僕のお腹はぴい、とは鳴らないが。
ゆっくり顔を上げると、目の前に大きな鷲がいた。座っているのに腰ぐらいの高さがあって、向こうはこちらを伺いながらくるくると首を傾げている。
大きさのわりには頭の毛がほわほわしていて、時折ぴいぴい鳴いている。まだ赤ちゃんらしい。近くに超巨大鷲のママとかいたりして…?そう思うと途端に動けなくなった。
「ヒポグリフ」
「わあああっ」
緊張MAXの状態で顔の真横、耳元で話しかけられた。振り返るとすぐ後ろに、ピンク髪の兄ちゃんがしゃがんでいた。
「まだ幼体だな」
「へ、へえ…」
「食い物の匂いに釣られて、森の奥から出てきたんだろう」
「そうですか…」
「「 …… 」」
そのピンク髪の兄ちゃんがゆっくり、僕の座っているすぐ隣に腰を掛けた。
「触れたり、何か食い物を与えたりしたか?」
「いえ」
僕はただ、この切り株に座って落ち込んで腹を鳴らしていただけで本当に何もしていません。
「あの…」
「お兄さんは…?」
「テイマーを志している」
はっ、テイマー!僕の中ではもふを統べる者…なんと羨ましい。
「こちらには冒険者向けの式を買いにいらっしゃったんですか?」
「ああ」
「おひとりで?」
「いや、仲間と3人だ」
「ふむ」
「ってことは、僕たちみんな迷子ってことですね」
能天気にそう呟くとヒポグリフが肯定するように、ぴいいと長めに鳴いた。
隣に座ったテイマーの彼の顔を見上げると、耳まで真っ赤だった。
.
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説

王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。


実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~
黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。
※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。
※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中
きよひ
BL
ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。
カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。
家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。
そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。
この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。
※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳)
※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。
※同性婚が認められている世界観です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる