Fitter / 異世界の神は細部に宿るか

あける

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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-7 祭に迷子に

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ヤバい。完全に逸れてしまった。


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今日は街で結構な規模のお祭り『フィエストプエム』があると聞いて遊びに出かけることになった。
僕はトウジにいちゃんとナナンと一緒に回る約束で孤児院を出発した。

この『フィエストプエム』はお祝い事が目的ではなく、メインの催しは"式(レシピ)の見本市"である。周辺の地域からも、ご当地レシピを売ったり買ったりするためにたくさんの人が集まる。家事などの生活式から冒険者向けの戦闘式まで幅が広い。式を売るために実演販売が盛んになり、その実演で生成したものをついでに売る。客が寄ったところに商売人が集まり、各々でイベントを組んでそうやって大きく成長していった祭なのだそうだ。

そんなの見てるだけで楽しいに決まっているじゃないか。出発する前の自分は本当に浮かれていたと思う。

会場に向かって歩き始める。毎年オレンジのフラッグガーランドが祭の目印になっているらしい。全体的にオレンジっぽい装飾が増え始め、魔法で大きな看板や案内板が宙に浮いている。増築的に大きくなった祭と聞いていたが、統一感というか一体感がある。

トウジにいちゃんは目当てのものがあるらしく、人の波をかき分けずんずんと先に歩いて行ってしまう。ナナンは食べ物食べ物食べ物、本当に食べ物ばかり見ている。通常運転だ。

僕は売り物の内容ももちろん気になるけど、祭を歩いている人がどんな顔しているのかとか、すれ違いざまに抱えているものをチラ見したり、しまいにはとんでもないサイズの靴を履いている人を見つけて心底驚いたりしていた。その上、置いて行かれないようにトウジにいちゃんについて行かないといけないので大変に忙しかった。

フルーツジュース屋を見たナナンが一言呟いた。
「リッカも、お茶屋さんになれる」
「そうかな」
「そうしたら買いにいくね」
「あ、手伝ってくれないんだ…」

黒くて小さい餅でも入れて売ったら流行るかな。
あっ今もふもふなウサギ獣人さんの耳が向こうに見えた…!

きっかけは明らか。こうして僕は迷子になってしまったのである。

街の中は人の流れが早くて思うように進めなかったので、人気のなさそうな森林公園の方へ移動した。

腰掛けられそうな小さな切り株があった。そこに座って休憩しながら今後の対応を考え始めた。幸い孤児院の方向はなんとなくわかるので、帰ってしまうのが一番かな。初めて来た祭なのでどのくらいの時間帯が人流のピークなのかわからないが、しばらくはここから動けないと考えた方が良さそうだ。

トウジにいちゃんとナナンも僕の迷子に気づいただろう。迷子がいるとその捜索にかかって純粋に祭を楽しむどころではない。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。

ぐうう、と腹が鳴った。

トウジにいちゃんに「せっかく美味いもんがあっても納める胃がチビこくてかわいそう」と煽られ、屋台の食べ物をたくさん食べられるようにと朝ご飯を抜いてきていたんだった。加えて財布を持っているのはトウジにいちゃん。頭を抱えて項垂れる。ああ、またお腹が鳴りそうだ…

「ぴい」

僕のお腹はぴい、とは鳴らないが。

ゆっくり顔を上げると、目の前に大きな鷲がいた。座っているのに腰ぐらいの高さがあって、向こうはこちらを伺いながらくるくると首を傾げている。

大きさのわりには頭の毛がほわほわしていて、時折ぴいぴい鳴いている。まだ赤ちゃんらしい。近くに超巨大鷲のママとかいたりして…?そう思うと途端に動けなくなった。

「ヒポグリフ」
「わあああっ」

緊張MAXの状態で顔の真横、耳元で話しかけられた。振り返るとすぐ後ろに、ピンク髪の兄ちゃんがしゃがんでいた。

「まだ幼体だな」
「へ、へえ…」
「食い物の匂いに釣られて、森の奥から出てきたんだろう」
「そうですか…」

「「 …… 」」

そのピンク髪の兄ちゃんがゆっくり、僕の座っているすぐ隣に腰を掛けた。

「触れたり、何か食い物を与えたりしたか?」
「いえ」

僕はただ、この切り株に座って落ち込んで腹を鳴らしていただけで本当に何もしていません。

「あの…」
「お兄さんは…?」
「テイマーを志している」

はっ、テイマー!僕の中ではもふを統べる者…なんと羨ましい。

「こちらには冒険者向けの式を買いにいらっしゃったんですか?」
「ああ」
「おひとりで?」
「いや、仲間と3人だ」
「ふむ」

「ってことは、僕たちみんな迷子ってことですね」

能天気にそう呟くとヒポグリフが肯定するように、ぴいいと長めに鳴いた。

隣に座ったテイマーの彼の顔を見上げると、耳まで真っ赤だった。

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