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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-6 未開拓系男子
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「いえ、すみません。また随分と耕し甲斐のある子だと思いまして…」
「…たがや?」
「お気になさらず」と言って、クラウディオさんがカウンターの中に入っていく。
趣深い店構えと主人の柔和な面構えから一方的に安心感を感じていたけど、ちょっと笑われた上にこの場に全く関係のない"耕す"とかいうワードで突然自分が表現されて不安になる。変な空気を誤魔化すようにすぐそばの壁に視線を泳がせた。
「私のひいおじいさんが集めてきたものなんですよ」
壁一面に大小様々な時計が掛かっているが、その時計の針たちはすべてが同じ角度に揃っていて動いていないものはひとつもない。これだけの数があると、時を刻む音に厚みがあってそれが耳に心地よい。クラウディオさんやご家族が店とその想いを受け継いで、代々手入れをし続けているのだろう。
「ドアや窓も手作りの品なんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ、あなたは見る目がある」
パチン、とウインクされた。誰かにウインクを貰ったのなんてはじめてでドキッとする。
「リストはお持ちですか?」
「はい」
レーネさんに持たされた薬のメモをクラウディオさんに渡した。
「あの、お願いがあります」
「なんでしょう」
「傷治しの材料をメモの数より多めに頂きたいんです」
薬屋に向かう前に、今どのくらいの在庫がをあるかを確認した。頼まれているのはリスト通りの内容だと理解しつつも、今の時期は涼しいので外で遊ぶ子も多く転んで擦り傷を作る子が多い。前回と同じ量だと少し心許ない気がした。
「痛み止めはまだうちに残っているので、同じ予算で量を調整することは出来ますか?」
「「…」」
クラウディオさんがぽかんと驚いた表情のまま固まっている。その間も無言の時間が続き、じりじりと僕のメンタルを削っていく。やっぱり言われた通りにお使いすべきだったかな…
「あなたはやはり、見る目がありますね」
クラウディオさんはそう言うと、僕を驚かせないようにゆっくりと抱き上げカウンター前にあるハイスツールに座らせた。
「とりあえずリストのものを揃えますから、少々お待ち下さいね」
「後から調整するものを一緒に見て頂けますか?」
うんうんと頷く。子供の言う事だと聞く耳を持たれなかったらどうしようと思っていた。一人の大人の話を聞くように自分の意見を尊重して貰えて、なんだか胸がじわっと暖かくなった。
「こちら、よかったら召し上がっていてください」
-----------
クラウディオさんがティーカップに入ったお茶を出してくれたので頂く。何茶かな、と香ってみるとカモミールティーだった。しかもスライスしたリンゴが浮かべてある。ハイスツールの上に膝立ちになってカウンターの向こう側を覗く。白いカモミールの花が浮かぶビーカー、ナイフと切ったリンゴが置いてあった。
これ、魔法で作ったんじゃないんだ!
魔法を生活基盤としている国では魔法を使わない行動は"非効率的"だと考えられ、避けられることが多い。孤児院でもそういった社会で困らず生活できるように、と式を使う暮らしに慣れさせている。
孤児院で僕がなんとなく浮き始めているのは、前世の知識に触発されて式で生成したものに手を加えたり、イチから手で作ったりしているから。と、こんな悲しい気づきはさておき温かいうちにお茶を頂く。一切れのリンゴによって膨らむフルーティーなカモミールの香り。感動の波が押し寄せてくる。指先が温まり良い香りに包まれて、お口が勝手にニコニコしてしまう。
「これも食べる?」
「?」
クラウディオさんがまた新たにお皿を出してきた。うわあ、ミルクレープだ!こんなに工程の多いもの、なかなか魔法じゃ作れない。
「でも僕だけこんなにいいもの食べるわけにはいきません」
「作り方、教えて差し上げますよ」
「まずは味を確認してみてはどうでしょう?」
「あうう…」
たぶん、この人は僕だからカモミールティーもミルクレープも出したんだ。絶対僕が興味を持つとわかっていて、その後作りたがることも知っていたんだ。くっ、悔しい…というかここ薬屋じゃねーのかよ…なんでこんなの次々出てくるんだよ…
そんな疑問とは裏腹にいそいそとフォークで一口分を掬いとった。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
こんなに良いものを一人で楽しんではいけない、黙っておけない。みんなに食べさせなくては、という使命感に駆られるほどにそのミルクレープは美味かった。そうかやはり。この店の主人は手間暇かけることを楽しみ、慈しむことが出来る人なのだ。
「僕、ここが気に入ってしまいました。お店の感じも、今出して頂いたお茶とお菓子の感じも。あなたが愛している手間暇の世界を一緒に楽しみませんか?とお誘い頂いたように感じました」
「また、ここに来たいです」
クラウディオさんが一式揃えて戻ってきた。僕があっという間にティーカップもケーキ皿も空にしたところを見て、目尻をくしゃっとさせながら微笑んだ。
「私も君のことも気に入ってしまいましたよ。とっても手のかけ甲斐がありそうな子で」
耕すと言っていた意味がちょっぴりわかったような気がした。
.
「…たがや?」
「お気になさらず」と言って、クラウディオさんがカウンターの中に入っていく。
趣深い店構えと主人の柔和な面構えから一方的に安心感を感じていたけど、ちょっと笑われた上にこの場に全く関係のない"耕す"とかいうワードで突然自分が表現されて不安になる。変な空気を誤魔化すようにすぐそばの壁に視線を泳がせた。
「私のひいおじいさんが集めてきたものなんですよ」
壁一面に大小様々な時計が掛かっているが、その時計の針たちはすべてが同じ角度に揃っていて動いていないものはひとつもない。これだけの数があると、時を刻む音に厚みがあってそれが耳に心地よい。クラウディオさんやご家族が店とその想いを受け継いで、代々手入れをし続けているのだろう。
「ドアや窓も手作りの品なんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ、あなたは見る目がある」
パチン、とウインクされた。誰かにウインクを貰ったのなんてはじめてでドキッとする。
「リストはお持ちですか?」
「はい」
レーネさんに持たされた薬のメモをクラウディオさんに渡した。
「あの、お願いがあります」
「なんでしょう」
「傷治しの材料をメモの数より多めに頂きたいんです」
薬屋に向かう前に、今どのくらいの在庫がをあるかを確認した。頼まれているのはリスト通りの内容だと理解しつつも、今の時期は涼しいので外で遊ぶ子も多く転んで擦り傷を作る子が多い。前回と同じ量だと少し心許ない気がした。
「痛み止めはまだうちに残っているので、同じ予算で量を調整することは出来ますか?」
「「…」」
クラウディオさんがぽかんと驚いた表情のまま固まっている。その間も無言の時間が続き、じりじりと僕のメンタルを削っていく。やっぱり言われた通りにお使いすべきだったかな…
「あなたはやはり、見る目がありますね」
クラウディオさんはそう言うと、僕を驚かせないようにゆっくりと抱き上げカウンター前にあるハイスツールに座らせた。
「とりあえずリストのものを揃えますから、少々お待ち下さいね」
「後から調整するものを一緒に見て頂けますか?」
うんうんと頷く。子供の言う事だと聞く耳を持たれなかったらどうしようと思っていた。一人の大人の話を聞くように自分の意見を尊重して貰えて、なんだか胸がじわっと暖かくなった。
「こちら、よかったら召し上がっていてください」
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クラウディオさんがティーカップに入ったお茶を出してくれたので頂く。何茶かな、と香ってみるとカモミールティーだった。しかもスライスしたリンゴが浮かべてある。ハイスツールの上に膝立ちになってカウンターの向こう側を覗く。白いカモミールの花が浮かぶビーカー、ナイフと切ったリンゴが置いてあった。
これ、魔法で作ったんじゃないんだ!
魔法を生活基盤としている国では魔法を使わない行動は"非効率的"だと考えられ、避けられることが多い。孤児院でもそういった社会で困らず生活できるように、と式を使う暮らしに慣れさせている。
孤児院で僕がなんとなく浮き始めているのは、前世の知識に触発されて式で生成したものに手を加えたり、イチから手で作ったりしているから。と、こんな悲しい気づきはさておき温かいうちにお茶を頂く。一切れのリンゴによって膨らむフルーティーなカモミールの香り。感動の波が押し寄せてくる。指先が温まり良い香りに包まれて、お口が勝手にニコニコしてしまう。
「これも食べる?」
「?」
クラウディオさんがまた新たにお皿を出してきた。うわあ、ミルクレープだ!こんなに工程の多いもの、なかなか魔法じゃ作れない。
「でも僕だけこんなにいいもの食べるわけにはいきません」
「作り方、教えて差し上げますよ」
「まずは味を確認してみてはどうでしょう?」
「あうう…」
たぶん、この人は僕だからカモミールティーもミルクレープも出したんだ。絶対僕が興味を持つとわかっていて、その後作りたがることも知っていたんだ。くっ、悔しい…というかここ薬屋じゃねーのかよ…なんでこんなの次々出てくるんだよ…
そんな疑問とは裏腹にいそいそとフォークで一口分を掬いとった。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
こんなに良いものを一人で楽しんではいけない、黙っておけない。みんなに食べさせなくては、という使命感に駆られるほどにそのミルクレープは美味かった。そうかやはり。この店の主人は手間暇かけることを楽しみ、慈しむことが出来る人なのだ。
「僕、ここが気に入ってしまいました。お店の感じも、今出して頂いたお茶とお菓子の感じも。あなたが愛している手間暇の世界を一緒に楽しみませんか?とお誘い頂いたように感じました」
「また、ここに来たいです」
クラウディオさんが一式揃えて戻ってきた。僕があっという間にティーカップもケーキ皿も空にしたところを見て、目尻をくしゃっとさせながら微笑んだ。
「私も君のことも気に入ってしまいましたよ。とっても手のかけ甲斐がありそうな子で」
耕すと言っていた意味がちょっぴりわかったような気がした。
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