6 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-6 未開拓系男子
しおりを挟む
「いえ、すみません。また随分と耕し甲斐のある子だと思いまして…」
「…たがや?」
「お気になさらず」と言って、クラウディオさんがカウンターの中に入っていく。
趣深い店構えと主人の柔和な面構えから一方的に安心感を感じていたけど、ちょっと笑われた上にこの場に全く関係のない"耕す"とかいうワードで突然自分が表現されて不安になる。変な空気を誤魔化すようにすぐそばの壁に視線を泳がせた。
「私のひいおじいさんが集めてきたものなんですよ」
壁一面に大小様々な時計が掛かっているが、その時計の針たちはすべてが同じ角度に揃っていて動いていないものはひとつもない。これだけの数があると、時を刻む音に厚みがあってそれが耳に心地よい。クラウディオさんやご家族が店とその想いを受け継いで、代々手入れをし続けているのだろう。
「ドアや窓も手作りの品なんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ、あなたは見る目がある」
パチン、とウインクされた。誰かにウインクを貰ったのなんてはじめてでドキッとする。
「リストはお持ちですか?」
「はい」
レーネさんに持たされた薬のメモをクラウディオさんに渡した。
「あの、お願いがあります」
「なんでしょう」
「傷治しの材料をメモの数より多めに頂きたいんです」
薬屋に向かう前に、今どのくらいの在庫がをあるかを確認した。頼まれているのはリスト通りの内容だと理解しつつも、今の時期は涼しいので外で遊ぶ子も多く転んで擦り傷を作る子が多い。前回と同じ量だと少し心許ない気がした。
「痛み止めはまだうちに残っているので、同じ予算で量を調整することは出来ますか?」
「「…」」
クラウディオさんがぽかんと驚いた表情のまま固まっている。その間も無言の時間が続き、じりじりと僕のメンタルを削っていく。やっぱり言われた通りにお使いすべきだったかな…
「あなたはやはり、見る目がありますね」
クラウディオさんはそう言うと、僕を驚かせないようにゆっくりと抱き上げカウンター前にあるハイスツールに座らせた。
「とりあえずリストのものを揃えますから、少々お待ち下さいね」
「後から調整するものを一緒に見て頂けますか?」
うんうんと頷く。子供の言う事だと聞く耳を持たれなかったらどうしようと思っていた。一人の大人の話を聞くように自分の意見を尊重して貰えて、なんだか胸がじわっと暖かくなった。
「こちら、よかったら召し上がっていてください」
-----------
クラウディオさんがティーカップに入ったお茶を出してくれたので頂く。何茶かな、と香ってみるとカモミールティーだった。しかもスライスしたリンゴが浮かべてある。ハイスツールの上に膝立ちになってカウンターの向こう側を覗く。白いカモミールの花が浮かぶビーカー、ナイフと切ったリンゴが置いてあった。
これ、魔法で作ったんじゃないんだ!
魔法を生活基盤としている国では魔法を使わない行動は"非効率的"だと考えられ、避けられることが多い。孤児院でもそういった社会で困らず生活できるように、と式を使う暮らしに慣れさせている。
孤児院で僕がなんとなく浮き始めているのは、前世の知識に触発されて式で生成したものに手を加えたり、イチから手で作ったりしているから。と、こんな悲しい気づきはさておき温かいうちにお茶を頂く。一切れのリンゴによって膨らむフルーティーなカモミールの香り。感動の波が押し寄せてくる。指先が温まり良い香りに包まれて、お口が勝手にニコニコしてしまう。
「これも食べる?」
「?」
クラウディオさんがまた新たにお皿を出してきた。うわあ、ミルクレープだ!こんなに工程の多いもの、なかなか魔法じゃ作れない。
「でも僕だけこんなにいいもの食べるわけにはいきません」
「作り方、教えて差し上げますよ」
「まずは味を確認してみてはどうでしょう?」
「あうう…」
たぶん、この人は僕だからカモミールティーもミルクレープも出したんだ。絶対僕が興味を持つとわかっていて、その後作りたがることも知っていたんだ。くっ、悔しい…というかここ薬屋じゃねーのかよ…なんでこんなの次々出てくるんだよ…
そんな疑問とは裏腹にいそいそとフォークで一口分を掬いとった。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
こんなに良いものを一人で楽しんではいけない、黙っておけない。みんなに食べさせなくては、という使命感に駆られるほどにそのミルクレープは美味かった。そうかやはり。この店の主人は手間暇かけることを楽しみ、慈しむことが出来る人なのだ。
「僕、ここが気に入ってしまいました。お店の感じも、今出して頂いたお茶とお菓子の感じも。あなたが愛している手間暇の世界を一緒に楽しみませんか?とお誘い頂いたように感じました」
「また、ここに来たいです」
クラウディオさんが一式揃えて戻ってきた。僕があっという間にティーカップもケーキ皿も空にしたところを見て、目尻をくしゃっとさせながら微笑んだ。
「私も君のことも気に入ってしまいましたよ。とっても手のかけ甲斐がありそうな子で」
耕すと言っていた意味がちょっぴりわかったような気がした。
.
「…たがや?」
「お気になさらず」と言って、クラウディオさんがカウンターの中に入っていく。
趣深い店構えと主人の柔和な面構えから一方的に安心感を感じていたけど、ちょっと笑われた上にこの場に全く関係のない"耕す"とかいうワードで突然自分が表現されて不安になる。変な空気を誤魔化すようにすぐそばの壁に視線を泳がせた。
「私のひいおじいさんが集めてきたものなんですよ」
壁一面に大小様々な時計が掛かっているが、その時計の針たちはすべてが同じ角度に揃っていて動いていないものはひとつもない。これだけの数があると、時を刻む音に厚みがあってそれが耳に心地よい。クラウディオさんやご家族が店とその想いを受け継いで、代々手入れをし続けているのだろう。
「ドアや窓も手作りの品なんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ、あなたは見る目がある」
パチン、とウインクされた。誰かにウインクを貰ったのなんてはじめてでドキッとする。
「リストはお持ちですか?」
「はい」
レーネさんに持たされた薬のメモをクラウディオさんに渡した。
「あの、お願いがあります」
「なんでしょう」
「傷治しの材料をメモの数より多めに頂きたいんです」
薬屋に向かう前に、今どのくらいの在庫がをあるかを確認した。頼まれているのはリスト通りの内容だと理解しつつも、今の時期は涼しいので外で遊ぶ子も多く転んで擦り傷を作る子が多い。前回と同じ量だと少し心許ない気がした。
「痛み止めはまだうちに残っているので、同じ予算で量を調整することは出来ますか?」
「「…」」
クラウディオさんがぽかんと驚いた表情のまま固まっている。その間も無言の時間が続き、じりじりと僕のメンタルを削っていく。やっぱり言われた通りにお使いすべきだったかな…
「あなたはやはり、見る目がありますね」
クラウディオさんはそう言うと、僕を驚かせないようにゆっくりと抱き上げカウンター前にあるハイスツールに座らせた。
「とりあえずリストのものを揃えますから、少々お待ち下さいね」
「後から調整するものを一緒に見て頂けますか?」
うんうんと頷く。子供の言う事だと聞く耳を持たれなかったらどうしようと思っていた。一人の大人の話を聞くように自分の意見を尊重して貰えて、なんだか胸がじわっと暖かくなった。
「こちら、よかったら召し上がっていてください」
-----------
クラウディオさんがティーカップに入ったお茶を出してくれたので頂く。何茶かな、と香ってみるとカモミールティーだった。しかもスライスしたリンゴが浮かべてある。ハイスツールの上に膝立ちになってカウンターの向こう側を覗く。白いカモミールの花が浮かぶビーカー、ナイフと切ったリンゴが置いてあった。
これ、魔法で作ったんじゃないんだ!
魔法を生活基盤としている国では魔法を使わない行動は"非効率的"だと考えられ、避けられることが多い。孤児院でもそういった社会で困らず生活できるように、と式を使う暮らしに慣れさせている。
孤児院で僕がなんとなく浮き始めているのは、前世の知識に触発されて式で生成したものに手を加えたり、イチから手で作ったりしているから。と、こんな悲しい気づきはさておき温かいうちにお茶を頂く。一切れのリンゴによって膨らむフルーティーなカモミールの香り。感動の波が押し寄せてくる。指先が温まり良い香りに包まれて、お口が勝手にニコニコしてしまう。
「これも食べる?」
「?」
クラウディオさんがまた新たにお皿を出してきた。うわあ、ミルクレープだ!こんなに工程の多いもの、なかなか魔法じゃ作れない。
「でも僕だけこんなにいいもの食べるわけにはいきません」
「作り方、教えて差し上げますよ」
「まずは味を確認してみてはどうでしょう?」
「あうう…」
たぶん、この人は僕だからカモミールティーもミルクレープも出したんだ。絶対僕が興味を持つとわかっていて、その後作りたがることも知っていたんだ。くっ、悔しい…というかここ薬屋じゃねーのかよ…なんでこんなの次々出てくるんだよ…
そんな疑問とは裏腹にいそいそとフォークで一口分を掬いとった。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
こんなに良いものを一人で楽しんではいけない、黙っておけない。みんなに食べさせなくては、という使命感に駆られるほどにそのミルクレープは美味かった。そうかやはり。この店の主人は手間暇かけることを楽しみ、慈しむことが出来る人なのだ。
「僕、ここが気に入ってしまいました。お店の感じも、今出して頂いたお茶とお菓子の感じも。あなたが愛している手間暇の世界を一緒に楽しみませんか?とお誘い頂いたように感じました」
「また、ここに来たいです」
クラウディオさんが一式揃えて戻ってきた。僕があっという間にティーカップもケーキ皿も空にしたところを見て、目尻をくしゃっとさせながら微笑んだ。
「私も君のことも気に入ってしまいましたよ。とっても手のかけ甲斐がありそうな子で」
耕すと言っていた意味がちょっぴりわかったような気がした。
.
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……
おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?!
ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。
凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる