5 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-5 老舗の薬屋
しおりを挟む
実はまだスライムに触ったことがない。
子供の遊びの定番だというのに小さい頃から怖がって近づかないようにしていた。生物なのか無生物なのか曖昧な感じとか、バクっと食べられたらどうしようとか、溶かされたらどうしようとか。とにかく苦手意識があった。
ちび達にこのスライムに対するビビりがバレてしまい、半ば強引にスライムのよく採れる森まで連れてこられた。僕のすぐ後ろでロイさんがニヤついている。前後をがっちり固められてしまった。これでは腹をくくるしかない。
「リッカにいちゃんおてて出しててぇ」
「…はい、はい」
両手をお椀のようにして待っているとラムネ瓶みたいな色したスライムがとぷん、と乗った。手からたぷたぷと零れそうになる。
「へえ、冷たいんだ!」
「おみじゅのとこでちゅかまえたんだよ!」
「スライムは水を吸収すると冷たくなるんだよ」
意外だったのは触感。こんにゃくゼリーを詰めたゴム風船みたいな感じでハリがある。どろねちゃっとしているのかと思っていたが、これは癖になる触り心地だ。
持ってきたトタンのバケツに子供たちがスライムを小さくちぎって入れ始めた。
「うちで飼うの」
「いろがきれいだもんね」
「うちにもたくさん居るだろうが」とロイさんが呆れている。
それスライム側に痛みはないの…?と顔を引きつらせていると、不意にちびっこに手を握られた。
「ねー変なやちゅ、またちゅくってー」
ヤバい。このままではミルクティーの通り名が"変なヤツ"になってしまう。ミルクティーが主人公の絵本でも作って名前を浸透させるべきか真剣に考えるほどに焦る。
「ミ・ル・ク・ティーって言えたらいいよ!!にいちゃんいくらでも、ちゅくってあげるよ!!」
「み・く・く・ちー!」
「にいちゃんが悪かった」
持ち帰ったミニスライムはガラスの器に移し替えられ、窓辺に置かれていた。
なんだろうこの感じ、どっかで見たことある…
ころころとまるくて水に漂っている感じ。
あ、わかった…
「マリモだ!!」
「まりも…?」
「あ、なんでもないよ…」
スライムに愛しさが芽生えた日だった。
-----------
今日の仕事は孤児院の常備薬の買い出し。僕は初めて訪れるが、昔から孤児院が贔屓にしている店だそうだ。
薬屋に辿り着いたがその店構えに圧倒される。
古い木造の建物。手がよく触れる部分が艶々と輝いている。かなり年季が入ってるけど、きちんと手入れされてる感じ。そのどっしりとした重厚感ある佇まいは、訪れる人々から長年信頼を得てきた証のようにも思えた。
ヴェスピエットでは建物も魔法で生成している。そうやって作られたものは変質しにくいと聞いた。大枠は多分魔法で造ったんだろうけど、経年変化が見られるドアや窓などのパーツは手作りなのかもしれない。孤児院の周りでこういった建物は他にないし、結構珍しいんじゃないだろうか。
「こういう感じ好きだなあ」
ドアハンドルを両手で掴んでゆっくりと引く。ずっしり重たい手応えとともにカロンカロン、と鈍いドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すぐ目の前に立っていた丸眼鏡の優男に声を掛けられる。くったりとしたリネンの白いエプロンに、ゆるく編んだライトブラウンの長い髪が垂れている。
「こんにちは」
どうぞ、と男に導かれて店内へ入る。店内も商品が整然と並べられていて、実に気持ちが良い。
「本日は何をお求めですか?」
店内を見回していると声を掛けられた。
「そこの孤児院から参りました。常備薬の残りがないので補充分を購入したいです」
「おや、お仕事でしたか」
「こちらで伺いましょうね」と店の奥のカウンターに案内してくれる。
飴色の大きな一枚板で出来たカウンターが立派だ。思わず見入ってしまう。
「私はここの店主、クラウディオと申します」
「あなたのお名前は?」
「リッカです、6歳です」
「ふふ」
「?」名乗ったら笑われた。
.
子供の遊びの定番だというのに小さい頃から怖がって近づかないようにしていた。生物なのか無生物なのか曖昧な感じとか、バクっと食べられたらどうしようとか、溶かされたらどうしようとか。とにかく苦手意識があった。
ちび達にこのスライムに対するビビりがバレてしまい、半ば強引にスライムのよく採れる森まで連れてこられた。僕のすぐ後ろでロイさんがニヤついている。前後をがっちり固められてしまった。これでは腹をくくるしかない。
「リッカにいちゃんおてて出しててぇ」
「…はい、はい」
両手をお椀のようにして待っているとラムネ瓶みたいな色したスライムがとぷん、と乗った。手からたぷたぷと零れそうになる。
「へえ、冷たいんだ!」
「おみじゅのとこでちゅかまえたんだよ!」
「スライムは水を吸収すると冷たくなるんだよ」
意外だったのは触感。こんにゃくゼリーを詰めたゴム風船みたいな感じでハリがある。どろねちゃっとしているのかと思っていたが、これは癖になる触り心地だ。
持ってきたトタンのバケツに子供たちがスライムを小さくちぎって入れ始めた。
「うちで飼うの」
「いろがきれいだもんね」
「うちにもたくさん居るだろうが」とロイさんが呆れている。
それスライム側に痛みはないの…?と顔を引きつらせていると、不意にちびっこに手を握られた。
「ねー変なやちゅ、またちゅくってー」
ヤバい。このままではミルクティーの通り名が"変なヤツ"になってしまう。ミルクティーが主人公の絵本でも作って名前を浸透させるべきか真剣に考えるほどに焦る。
「ミ・ル・ク・ティーって言えたらいいよ!!にいちゃんいくらでも、ちゅくってあげるよ!!」
「み・く・く・ちー!」
「にいちゃんが悪かった」
持ち帰ったミニスライムはガラスの器に移し替えられ、窓辺に置かれていた。
なんだろうこの感じ、どっかで見たことある…
ころころとまるくて水に漂っている感じ。
あ、わかった…
「マリモだ!!」
「まりも…?」
「あ、なんでもないよ…」
スライムに愛しさが芽生えた日だった。
-----------
今日の仕事は孤児院の常備薬の買い出し。僕は初めて訪れるが、昔から孤児院が贔屓にしている店だそうだ。
薬屋に辿り着いたがその店構えに圧倒される。
古い木造の建物。手がよく触れる部分が艶々と輝いている。かなり年季が入ってるけど、きちんと手入れされてる感じ。そのどっしりとした重厚感ある佇まいは、訪れる人々から長年信頼を得てきた証のようにも思えた。
ヴェスピエットでは建物も魔法で生成している。そうやって作られたものは変質しにくいと聞いた。大枠は多分魔法で造ったんだろうけど、経年変化が見られるドアや窓などのパーツは手作りなのかもしれない。孤児院の周りでこういった建物は他にないし、結構珍しいんじゃないだろうか。
「こういう感じ好きだなあ」
ドアハンドルを両手で掴んでゆっくりと引く。ずっしり重たい手応えとともにカロンカロン、と鈍いドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すぐ目の前に立っていた丸眼鏡の優男に声を掛けられる。くったりとしたリネンの白いエプロンに、ゆるく編んだライトブラウンの長い髪が垂れている。
「こんにちは」
どうぞ、と男に導かれて店内へ入る。店内も商品が整然と並べられていて、実に気持ちが良い。
「本日は何をお求めですか?」
店内を見回していると声を掛けられた。
「そこの孤児院から参りました。常備薬の残りがないので補充分を購入したいです」
「おや、お仕事でしたか」
「こちらで伺いましょうね」と店の奥のカウンターに案内してくれる。
飴色の大きな一枚板で出来たカウンターが立派だ。思わず見入ってしまう。
「私はここの店主、クラウディオと申します」
「あなたのお名前は?」
「リッカです、6歳です」
「ふふ」
「?」名乗ったら笑われた。
.
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説


【完結】元ヤクザの俺が推しの家政夫になってしまった件
深淵歩く猫
BL
元ヤクザの黛 慎矢(まゆずみ しんや)はハウスキーパーとして働く36歳。
ある日黛が務める家政婦事務所に、とある芸能事務所から依頼が来たのだが――
その内容がとても信じられないもので…
bloveさんにも投稿しております。
完結しました。


過食症の僕なんかが異世界に行ったって……
おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?!
ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。
凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。
幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件
雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。
主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。
その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。
リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。
個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。
ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。
リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。
だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。
その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。
数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。
ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。
だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。
次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。
ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。
ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。
後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。
彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。
一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。
ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。
そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。
※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。
※現在、改稿したものを順次投稿中です。
詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる