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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-3 お風呂にローズマリー
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「これおいしいよ」「今日のはとくべつおいしいの」
"より美味しい"を知ったナナン。それを強調しながら僕の口目掛けてスプーンを突き出してくる。食い意地の張っている彼が、自分の分を分け与えてくるなんてちょっとした事件だ。
「大丈夫だよ」と断ると、料理を少しだけ取り分けて僕の皿の隅っこに乗せた。
前世のことを認識したあの日からナナンの行動に変化があった。いつも一緒にいるけど、もっと一緒にいる時間が増えた。単純に隣で過ごす時間が長くなったというより、甲斐甲斐しくなった。
僕自身は変わらず接しているつもりでも、ナナンには僕が変わったように感じるみたいだった。
-----------
ヴェスピエットでは浴槽に湯を溜めて浸かる文化はないそうだ。それでも、たくさんの小さな子供たちを入浴させるためにはシャワーより湯船の方が効率がよかったのだろう。ありがたいことに、ここの風呂場はかなり広めだ。
以前、ナナンが湯船にハーブを入れたいと言っていたのを今日試してみる。
風呂掃除等々、準備と後片付けは自分たちでやるのでハーブ風呂をやらせて下さいと職員にお願いをした。ぜひやってみて、と快く許可を頂いた上に、上手くいったらそのハーブ風呂を定期開催しましょうと言われた。
柑橘とか良い香りの木のチップとか他にもいろいろ試してみたいな。
ローズマリーは昼間摘んでおいた花と一緒にブーケのようにして束ねておいた。
「わあ。かっこいい」
「か、かっこいい?なにが?どこが?」
ブーケを両手で優しくふりふりしながら、ナナンがさっぱり訳の分からないことを呟いていた。
風呂場に入り、ナナンの頭を洗ってやる。白くモコモコしたシャンプーの泡のせいで一層羊に見えてくる。首周りや体もたくさんの泡で覆ってすっかり羊さん。ごめんね、いつも勝手に癒されてます。
僕が頭と体を洗っている間、先にナナンに入ってもらうことに。
「じゃあ入れてみよっか」
「うん」
ローズマリーのブーケを浮かべて、ついでに塩も振り入れる。塩を入れてしまうと料理っぽい。ハーブの方もなんだかブーケガルニってヤツに見えてきた…
煮込まれ中の子羊さんに感想を聞いてみる。
「入れてみた感じはどうでしょう」
「…うぬぅ」
おお、溶けてる溶けてる。
僕も湯船に浸かる。塩の効果でいつもよりぽかぽかする感じがする。
「あったまっていいね、これ」
「…ぐぅ」
好きなローズマリーの香りに包まれて、やっぱりナナンは寝てしまった。
このままだとお料理感が強いから、みんなが入るときにはもう少しお花を増やして賑やかな感じにした方がいいかな。
かくしてハーブ風呂はその成功を収めると同時に、風呂当番には入浴剤の交渉権を与えるという謎ルールを生み出したのだった。レーネさんは、ちびっ子達が風呂掃除をやりたがる良いアイデアになるわと言っていた。ちび達がお風呂を楽しめるようにいろいろな入浴剤を作ってみようかな。
風呂から上がり、眠る準備を済ませて寝室に向かった。
各々ベッドをあてがわれているというのに、最近のナナンは同じベッドで眠ろうとしてくる。今日も例に漏れず自分の枕とブランケットを持ち、先に僕のベッドに入って待っていた。
食事の時は自分が食べたい分まで犠牲にするので断っていたが、一緒に眠ることに悪い要素はないので何も言わずそのまま隣に入る。
「リッカ、どっか行っちゃうの」
自分のブランケットを頭まで被り、ぼやぼやとした声で聞いてきた。
「どっかって、どこ?」
「わかんない」
前世の記憶を思い出すという不思議体験はしてしまったけど、何か新しい人生の目標を得たわけでもないし、自分探しの旅に出たいわけでもない。勇者に指名されてここを出てゆくなんてこともないと思うよ。
ブランケットの隙間から、彼がちらりとこちらを覗いていた。
自分の大好きな食べ物を譲って、夜は一緒に眠って、朝目が覚めた時隣にいることにほっとしている。
君は何がそんなに心配なの?
と聞きたくなって、やめた。
それは僕以上に、僕のことを見通すような目だった。
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"より美味しい"を知ったナナン。それを強調しながら僕の口目掛けてスプーンを突き出してくる。食い意地の張っている彼が、自分の分を分け与えてくるなんてちょっとした事件だ。
「大丈夫だよ」と断ると、料理を少しだけ取り分けて僕の皿の隅っこに乗せた。
前世のことを認識したあの日からナナンの行動に変化があった。いつも一緒にいるけど、もっと一緒にいる時間が増えた。単純に隣で過ごす時間が長くなったというより、甲斐甲斐しくなった。
僕自身は変わらず接しているつもりでも、ナナンには僕が変わったように感じるみたいだった。
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ヴェスピエットでは浴槽に湯を溜めて浸かる文化はないそうだ。それでも、たくさんの小さな子供たちを入浴させるためにはシャワーより湯船の方が効率がよかったのだろう。ありがたいことに、ここの風呂場はかなり広めだ。
以前、ナナンが湯船にハーブを入れたいと言っていたのを今日試してみる。
風呂掃除等々、準備と後片付けは自分たちでやるのでハーブ風呂をやらせて下さいと職員にお願いをした。ぜひやってみて、と快く許可を頂いた上に、上手くいったらそのハーブ風呂を定期開催しましょうと言われた。
柑橘とか良い香りの木のチップとか他にもいろいろ試してみたいな。
ローズマリーは昼間摘んでおいた花と一緒にブーケのようにして束ねておいた。
「わあ。かっこいい」
「か、かっこいい?なにが?どこが?」
ブーケを両手で優しくふりふりしながら、ナナンがさっぱり訳の分からないことを呟いていた。
風呂場に入り、ナナンの頭を洗ってやる。白くモコモコしたシャンプーの泡のせいで一層羊に見えてくる。首周りや体もたくさんの泡で覆ってすっかり羊さん。ごめんね、いつも勝手に癒されてます。
僕が頭と体を洗っている間、先にナナンに入ってもらうことに。
「じゃあ入れてみよっか」
「うん」
ローズマリーのブーケを浮かべて、ついでに塩も振り入れる。塩を入れてしまうと料理っぽい。ハーブの方もなんだかブーケガルニってヤツに見えてきた…
煮込まれ中の子羊さんに感想を聞いてみる。
「入れてみた感じはどうでしょう」
「…うぬぅ」
おお、溶けてる溶けてる。
僕も湯船に浸かる。塩の効果でいつもよりぽかぽかする感じがする。
「あったまっていいね、これ」
「…ぐぅ」
好きなローズマリーの香りに包まれて、やっぱりナナンは寝てしまった。
このままだとお料理感が強いから、みんなが入るときにはもう少しお花を増やして賑やかな感じにした方がいいかな。
かくしてハーブ風呂はその成功を収めると同時に、風呂当番には入浴剤の交渉権を与えるという謎ルールを生み出したのだった。レーネさんは、ちびっ子達が風呂掃除をやりたがる良いアイデアになるわと言っていた。ちび達がお風呂を楽しめるようにいろいろな入浴剤を作ってみようかな。
風呂から上がり、眠る準備を済ませて寝室に向かった。
各々ベッドをあてがわれているというのに、最近のナナンは同じベッドで眠ろうとしてくる。今日も例に漏れず自分の枕とブランケットを持ち、先に僕のベッドに入って待っていた。
食事の時は自分が食べたい分まで犠牲にするので断っていたが、一緒に眠ることに悪い要素はないので何も言わずそのまま隣に入る。
「リッカ、どっか行っちゃうの」
自分のブランケットを頭まで被り、ぼやぼやとした声で聞いてきた。
「どっかって、どこ?」
「わかんない」
前世の記憶を思い出すという不思議体験はしてしまったけど、何か新しい人生の目標を得たわけでもないし、自分探しの旅に出たいわけでもない。勇者に指名されてここを出てゆくなんてこともないと思うよ。
ブランケットの隙間から、彼がちらりとこちらを覗いていた。
自分の大好きな食べ物を譲って、夜は一緒に眠って、朝目が覚めた時隣にいることにほっとしている。
君は何がそんなに心配なの?
と聞きたくなって、やめた。
それは僕以上に、僕のことを見通すような目だった。
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