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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-2 アーモンドパイと紅茶と魔法

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収穫かごの中にある採れたてのハーブが香ってくる。

「ローズマリーすき」
「お風呂にいれてみたい」

ナナンが繋いだ手をもにもにと握りながら手遊びしている。

「いれるのはいいけどナナン寝ちゃうんじゃない?」
「リッカがいっしょにはいるからだいじょぶなの」
「そうですか」

一方的に面倒を見てるように見えるかもしれないけど、僕らの中ではお互いに面倒を見合う関係だと思っている。

「今日はメェメとモォモをお風呂にいれてあげたんでしょ?」
「うん」

メェメとモォモは孤児院で飼育している羊と牛だ。日本で見かけるような種類と大きくは変わらないと思う。メェメからは羊毛、モォモからは牛乳を頂くために育てている。今日のナナンのお手伝いは2頭を洗ってあげることだった。

「きもちよさそうだった」
「見てたら入りたくなっちゃったって?」
「うん」

「君のそんな単純なところが好きだよ」
「…すき」

だからさっきお風呂入りたいアピールしてたのね…


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孤児院に戻って、ご近所に住むマイアさんが差し入れしてくれたアーモンドパイを食べる。せっかくなので紅茶も一緒に準備しましょう、ということになったがこの国では料理も基本的に魔法を使う。

職員のレーネさんが紅茶を作るのに必要なものをまとめて戻ってきた。

「今日は魔法の練習として2人にお茶を入れてもらおうと思っているのだけど、どうかしら」
「!」

僕がぴょんっと飛び上がったのを見たナナンが、隣でぴょんぴょんしている。

「やりますやりますやります!」はーいはーいと右手を真っすぐに挙げて全身でアピールした。

「そんなに慌てないの、落ち着きなさい」

ちょっと怒られた。

普段感じていた違和感の原因は、今日明らかになった。お湯に乾燥した茶葉を入れて蒸らす前世の作り方と大きく異なっているからだ。

ここでは裏の丘で採れた生の茶葉と水それから砂糖を材料とし、術者が魔力を込めながら紅茶の式(レシピ)を使って生成する。式にはいろいろな形態がある。金属で出来たものや使い捨て用に紙で出来ていて持ち運びに便利なもの。この紅茶の式は、木製のプレートに魔法式が書いてあるもので繰り返し使える。

もうひとつ特徴として、同じ式で生成した食品は誰が作っても同じ味になる。料理音痴が存在しないことを喜ぶべきか、しかし飛び抜けて美味しいものもまた存在しないのだ。

魔力を込める練習は4歳から行っている。中に一定量の魔素を含むと目が光る黒猫のオブジェに向かって練習してきた毎日。実際に式を使った魔法として実践するのは今日この時が初めてだった。紅茶の式の上に大きな陶製のポットと材料をセットし、手をかざして魔力を込める。

うわあ、ぞわぞわする…なんならちょっと鳥肌とか立ってる。興奮しすぎてヤバい。またレーネさんに怒られてしまう。でも人生初魔法ですよ!これが冷静でいられますかって!

隣のナナンの顔をちらっと見てみる。
真顔だった。嘘でしょ。

前世でお茶の世界といえば、同じお茶の葉でも緑茶・烏龍茶・紅茶と、発酵の度合いで全く異なる味わいになっていた。ここでは紅茶の式しかないから他は飲んだことなかったけど、材料が同じならなんとか工夫出来ないだろうか。

もう少し暑くなったら、水出しの緑茶とか飲みたいな…

家で紅茶を入れる時もちょっとした工夫で美味しくなるというのを聞いたことがあった。空気をたっぷり含んだ水をぼこぼこと沸かして、ポットやカップは温めておく。茶葉を入れたら蓋をして蒸らす。ポットの中で葉が広がってふわふわ浮いたり沈んだりしているイメージ。CMでもよく見たなあ。

そうだ、僕らの初魔法と聞いたらちびっ子たちも飲みたがるだろう。まだ年齢的にたくさん飲むのは良くないだろうから、超ミルク割りで出してやろう。

そんなこんなで妄想を膨らませていたら完成していた。早速自分たちで試飲してみる。

「?」

なんだ?妙に美味くないか?
ナナンが作った方を飲ませてもらったら、いつも通りの味だった。この世界の魔法は誰が作っても同じになるところが特徴なんじゃなかったか?

「なんか違うの」
「ちょっと飲んでみてくれない?」

ナナンがすぅっと紅茶の香りを吸い込んだ。
「いいにおい~」

「どう?成功したかしら」とレーネさんに声を掛けられた。

言えないよ…あなた方がいつも作ってくれるのより美味しくなっちゃったんですなんて言えない。

「僕のはなんだが味が違うんです」
「どれ、貸してみなさい」レーネさんがごくり、と一口飲んだ。

「大差ないわよ、成功してるわ。心配しなくても大丈夫」ポンポンと肩を叩かれた。何か励まされてる感じ。

「もっと」とナナンが僕の服の裾をちょいちょいと引っ張ってくる。いつの間に飲み終わったんだ?

「ちび達にもあげていいですか?」

「ええ、アーモンドパイと一緒に出しましょう。私は部屋の方を片づけてパイを持って行くから、そっちの準備はお願いするわね」

ミルクティーなんてここでは見たことなかったけど、ホットミルクはいつも飲んでる訳だし。ホットミルクの式を見つけたので、出来たものをミルク2:紅茶1で割っていく。

食堂の方がざわつき始めた。どうやら子供たちが集まったようだ。レーネさんがパンパンと手を叩いて注目させた。

「みんな聞いてね。今日はマイアさんからアーモンドパイを頂きました。来週またいらっしゃると言ってたから、その時にお礼を言いましょう。」
「もうひとつ、今日はリッカとナナンが魔法の練習をしました。初めて紅茶を作ったのよ。上手に出来たからパイと一緒にみんなで頂きましょう。」

自分よりも年下の子にはミルクティーを配った。

「これなあに?」
「みんながいっぱい飲めるように、モォモのミルクを入れてみたんだよ」
「へんないろ~」
「僕の初魔法のお祝いと思って飲んでみてよ」
ヤバい。変な工夫するんじゃなかったか。と内心焦りつつも勧めてみる。

ちびっ子たちが順々にマグカップを傾けた。

「これすきー」
「ちょーらいちょーらい」
「おかありくらさいっ」

大好評だった。

「もっと」とナナンが僕の服の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。君はいつの間にミルクティー飲んだんだ?

こうして今日、孤児院の子供たちに"美味しさには、より上のレベルがある"という概念が生まれたのだった。

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