Fitter / 異世界の神は細部に宿るか

あける

文字の大きさ
上 下
1 / 34
第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-1 ここからはじまる

しおりを挟む
「あっ」

ザアアと強い風で舞い上がった白い花びらが、遠くへ流れる雲を追いかけ吸い込まれていった。

「ここ異世界だったんですねえ…」

日々うっすらと感じていた違和感が、積もり積もってひとつの実感となった。

今の自分は6歳くらい。でも、現代日本で暮らしていた記憶がある。細かいことはほとんど思い出せないし、以前の生活をどのように終えたのかも不明だ。

ただ、継目のない一続きの人生として今の今まで違和感なく暮らしてきた。

前世の記憶を認識したことで感じるのは不安よりも納得感だった。ここにあったのか、と昔なくしたものが不意に現れたような感覚。

「とはいえこれからの生活が大きく変わるとは思えない…」

何がきっかけで記憶が戻るに至ったのか全くわからないけれど、それだけははっきりしているように思えた。

達観しすぎかな。

そんな様子の人を「人生2回目」と形容することがある。きっと僕自身、前の人生を充実して過ごせた証なんじゃないだろうか。


 -----------


この世界では有する資源によって「科学発展」「魔法発展」「その中間」と国が分かれている。

僕が暮らしているのは、魔法を生活基盤とするヴェスピエットという国の小さな町の中にある孤児院。

魔法と言っても、ファンタジーな世界観のロマンに溢れたものではない。必要素材を別の物質や物品に変換するといったゲームのクラフト要素に近い。魔法には素材と魔素と式(レシピ)が必要で、街にはこのレシピを専門的に売っている店もある。

日本で生活していた僕にとって、比較的親しみやすいシステマティックな魔法ではあるものの、その現代知識の活かしどころはまるでなさそうというのが正直な感想。

しかし、ここでがっかりすることなかれ!

前世の知識は活かせずとも、この世界の人として僕にも魔法を扱うことは出来る。うちの孤児院ではお手伝いの中に魔法に関するものがあって、任されるのは7歳になってから。自ら魔法を扱える日はもう近い。その日よ一刻も早く来い!と心待ちにしている。

もうひとつ楽しみにしていることがある。

この世界には多様な種族が存在していて、もちろんこの町にもたくさんの種族が暮らしていると聞く。

幼い子供を抱える孤児院では、基本的に同種族の"群れ"として共同生活を送る決まりがあること。年齢的に行動範囲を制限されていることもあり、まだ人族にしか会ったことがない。

もふもふ好きの僕としては、ぜひとも獣人の方にお会いしたいのだけれど…

「…ーい」「おーい」

抑揚のない少年の声が遠くから聞こえる。

彼は名をナナンといって、同じ孤児院で暮らす中で唯一同い年の子だ。昔からふたりセットにされることがほとんどで、友達や仲間というより双子のように扱われてきた。
  
生真面目な僕と、常にマイペースなナナン。
性格は全然違っているけどなんだか居心地が良い。

くりくりとカールした深緑の髪はいつもわしゃわしゃとしたくなるし、ブラウンの眠たそうな目に見つめられると穏やかな気持ちになって、何をされてもすべて許してしまいそうになる。そんな子羊のような雰囲気に、僕は勝手に癒されている。

だらだらと歩いてくる彼に向かって手を振る。

ああ、相手が気づいたら寄ってこなくなるとは…なんと省エネなヤツ。

「何かあったの?」

こちらから小走りで近づいて行って声を掛ける。

「おすそ分けもらったから、おやつ休憩にしよって呼びにきた」
「そっか、ありがとう」

ナナンにはその場で少し待っていてもらい、作業中だったハーブの収穫を終えることにする。道具を纏めて収穫かごを抱えた瞬間、また強い風が吹き上がる。先程と同じく白い花びらが舞い上がるのが見えた。

今世は生まれて幼い頃から孤児院で育った。不思議と親のことを気にしたことはなかった。なんとなく捨てられたんだろうなくらいに考えていたが、親もなくこちらへ転移してきた可能性も今日になって出てきた。

ほんの少しだけ、寂しい気持ちが滲む。

「…おなかすいてんの」

いつの間にかすぐ近くに立っていたナナンが小さく声を掛けてきた。

「え?」

「変なかお、してるから」
「そう?確かにちょっと減ったかも」
「アーモンドパイどうぞって、いっぱい食べよ」
「おお~マイアさんからかな?楽しみだね」

これはきっと彼なりの気遣い。

複雑な考え事をし始めていたのが顔に出ていたのかもしれない。

孤児院の裏にある小高い丘から
ナナンと手を繋いで帰る。

.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

処理中です...