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第二Q ザ・レコード・オブ・ジョーズ・グロウス ~合宿編~
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紗綾は「夜の学校って怖い」など微塵も思わないようで淡々と校舎を歩いていて、手を繋げるチャンスかもと思っていた雪之丞は肩を落とした。
「鳴海くん、合宿はどう? なんだか、浮かない顔をしているように見えるけど……」
「そっすか? こんなに体動かすのは初めてだから、自覚はあんまりないんですけどやっぱり疲れてるんですかねー?」
雪之丞は適当に相槌を打った。自分の情けない悩みなど、とてもじゃないが紗綾に相談する気にはなれなかった。
「ところで、紗綾先輩と久美子先輩って仲良いんですね」
「うん、同じクラスだしね。今は席が前後しているんだけど、あの子いつも後ろからちょっかいかけてくるから大変で……襟元からペン入れられたり、耳に息吹きかけられたり……」
「おお、それは……! 同じクラスの男が羨ましい……!」
「羨ましい? なんで?」
「……仲睦まじい生物を見るのが嫌いな人間なんて、いないんじゃないっすかね?」
おかしな言い訳をしてしまった雪之丞だったが、紗綾は別段気にしていないようであっさりと話題を変えてきた。
「わたしは、男子バスケ部のごはんが羨ましいな」
「あー、あれには感動しましたよ! 名塚先輩に溺愛されている廉先輩サマサマっす!」
「女子はマネと一年生が作ってくれるんだけど、二日連続カレーだったよ。カレー、好きだからいいんだけどね」
「俺もカレー大好きっす! 紗綾先輩って嫌いな食べ物とかあるんですか?」
「なんにも。なんでも美味しく食べられるのが、わたしの自慢」
得意気に胸を張る紗綾は普段の印象とは異なり、子どもみたいで可愛らしかった。
中庭に到着すると、まだ少しだけ肌寒い五月の風が二人の肌を撫でていった。夜空を見上げると星も月も美しく煌びやかに輝いていて、まるで雪之丞の恋を演出しているかのように思われた。
「なんだか懐かしいな。昔はよく、こんな風に星空の下でお喋りとかしてたんだよね」
「へー! 紗綾先輩、ロマンチックな女の子だったんですね!」
「ロマンチックというか、野性的だったというか……ねえ、鳴海くんは初恋の人って覚えてる?」
無防備に夜空を見上げる紗綾の白い首に見とれていた雪之丞は、慌てて返事をした。
「お、覚えてますよ! 元気で、笑顔が可愛い子でした。まあ今となってはいい思い出ですけどね」
「……そっか。……わたしは、全然思い出にできてない。まだ、初恋の人を想い続けてる」
紗綾に一目惚れした雪之丞にとって、初恋の人を忘れられないという彼女の言葉は振られたに等しい言葉だった。
当然ショックを受けたが、それよりも風に靡いた髪を耳にかける紗綾の横顔がとても寂しそうなことの方が気になった。
雪之丞は、紗綾のことをほとんど知らない。知らないから近づけない部分もあるだろうし、力になれないこともある。
「……どういう恋だったんですか? 紗綾先輩は、どんな男を好きになったんですか?」
だから雪之丞は、紗綾のことをもっと知りたいと思って真正面から尋ねた。
二人の間に沈黙が流れる。答えたくないということだろうか。不安になったが、勇気を出してもう一度聞こうと口を開こうとして――雪之丞の心臓は、跳ね上がった。紗綾が雪之丞の左腕、今はもうすっかり塞がった傷口に触れていたのだ。
「さ、紗綾先輩……?」
少し冷たくて、柔らかい紗綾の指先。彼女に触れられている緊張感から体が一気に強ばった。
「……鳴海くんは……鮫から襲われた友達を助けて、左手を失ったんでしょ? ……すごいね。そんな勇気、わたしにはきっと持てない」
「……久美子先輩から、聞いたんですか?」
紗綾は雪之丞を見つめて、ゆっくりと無言で頷いた。
「そっすか……。いや、俺は全然駄目でした。左手をなくしたとき、助けた友達も初恋の子も俺から離れていったんです。俺に憎まれるだとか、許してもらえないって思われたんでしょうね。器が小さいって思われているようじゃ、まだまだっす」
罪悪感を抱えたまま去ったであろう二人のことを思うと、今でも胸が痛い。
紗綾は何も言わず、雪之丞の瞳をじっと見つめていた。見つめ返すと、紗綾の透明感のある瞳に強面の自分が映し出されていた。紗綾からはこんな風に見えているのかと思うと、清楚な彼女と自分は不釣り合いだなと思う。
「……あの、わたしね……」
紗綾が微かに唇を動かしたとき、スマホのバイブ音が静かな夜空の下に鳴り響いた。音の発信源は紗綾の方だったが、彼女は無視を決め込もうとしていた。
「……出た方がいいっすよ? 緊急かもしれませんし」
心配した雪之丞が出るように促すと、紗綾は小さく息を吐きながら応答した。短い会話の後電話を切って、
「……キャップテンからだった。ミーティングやるから、すぐ戻って来いって」
どこか不満そうに表情を曇らせながら、スマホをポケットの中に戻した。
「……じゃあ、戻りますか! 今日は紗綾先輩と話せて嬉しかったっす! 久美子先輩に感謝しないとなー」
聞きたいことは色々あったが、今日はもう引き際だろう。紗綾はスタメンで女子バスケ部の主力だし、合宿に差し支えがあってはいけない。また今度紗綾から話してくれる機会があれば、真摯になって話を聞きたいと思った。
「……そうだね……ねえ、鳴海くん」
「なんすか?」
紗綾は一度目を伏せて、小さく微笑みを作った。
「……ううん、なんでもない。合宿残り一日、がんばろうね」
「ウス! 明日は合宿の成果を出せる日になるよう、頑張るっす!」
星空の下で、雪之丞は決意を新たに宣言した。
「鳴海くん、合宿はどう? なんだか、浮かない顔をしているように見えるけど……」
「そっすか? こんなに体動かすのは初めてだから、自覚はあんまりないんですけどやっぱり疲れてるんですかねー?」
雪之丞は適当に相槌を打った。自分の情けない悩みなど、とてもじゃないが紗綾に相談する気にはなれなかった。
「ところで、紗綾先輩と久美子先輩って仲良いんですね」
「うん、同じクラスだしね。今は席が前後しているんだけど、あの子いつも後ろからちょっかいかけてくるから大変で……襟元からペン入れられたり、耳に息吹きかけられたり……」
「おお、それは……! 同じクラスの男が羨ましい……!」
「羨ましい? なんで?」
「……仲睦まじい生物を見るのが嫌いな人間なんて、いないんじゃないっすかね?」
おかしな言い訳をしてしまった雪之丞だったが、紗綾は別段気にしていないようであっさりと話題を変えてきた。
「わたしは、男子バスケ部のごはんが羨ましいな」
「あー、あれには感動しましたよ! 名塚先輩に溺愛されている廉先輩サマサマっす!」
「女子はマネと一年生が作ってくれるんだけど、二日連続カレーだったよ。カレー、好きだからいいんだけどね」
「俺もカレー大好きっす! 紗綾先輩って嫌いな食べ物とかあるんですか?」
「なんにも。なんでも美味しく食べられるのが、わたしの自慢」
得意気に胸を張る紗綾は普段の印象とは異なり、子どもみたいで可愛らしかった。
中庭に到着すると、まだ少しだけ肌寒い五月の風が二人の肌を撫でていった。夜空を見上げると星も月も美しく煌びやかに輝いていて、まるで雪之丞の恋を演出しているかのように思われた。
「なんだか懐かしいな。昔はよく、こんな風に星空の下でお喋りとかしてたんだよね」
「へー! 紗綾先輩、ロマンチックな女の子だったんですね!」
「ロマンチックというか、野性的だったというか……ねえ、鳴海くんは初恋の人って覚えてる?」
無防備に夜空を見上げる紗綾の白い首に見とれていた雪之丞は、慌てて返事をした。
「お、覚えてますよ! 元気で、笑顔が可愛い子でした。まあ今となってはいい思い出ですけどね」
「……そっか。……わたしは、全然思い出にできてない。まだ、初恋の人を想い続けてる」
紗綾に一目惚れした雪之丞にとって、初恋の人を忘れられないという彼女の言葉は振られたに等しい言葉だった。
当然ショックを受けたが、それよりも風に靡いた髪を耳にかける紗綾の横顔がとても寂しそうなことの方が気になった。
雪之丞は、紗綾のことをほとんど知らない。知らないから近づけない部分もあるだろうし、力になれないこともある。
「……どういう恋だったんですか? 紗綾先輩は、どんな男を好きになったんですか?」
だから雪之丞は、紗綾のことをもっと知りたいと思って真正面から尋ねた。
二人の間に沈黙が流れる。答えたくないということだろうか。不安になったが、勇気を出してもう一度聞こうと口を開こうとして――雪之丞の心臓は、跳ね上がった。紗綾が雪之丞の左腕、今はもうすっかり塞がった傷口に触れていたのだ。
「さ、紗綾先輩……?」
少し冷たくて、柔らかい紗綾の指先。彼女に触れられている緊張感から体が一気に強ばった。
「……鳴海くんは……鮫から襲われた友達を助けて、左手を失ったんでしょ? ……すごいね。そんな勇気、わたしにはきっと持てない」
「……久美子先輩から、聞いたんですか?」
紗綾は雪之丞を見つめて、ゆっくりと無言で頷いた。
「そっすか……。いや、俺は全然駄目でした。左手をなくしたとき、助けた友達も初恋の子も俺から離れていったんです。俺に憎まれるだとか、許してもらえないって思われたんでしょうね。器が小さいって思われているようじゃ、まだまだっす」
罪悪感を抱えたまま去ったであろう二人のことを思うと、今でも胸が痛い。
紗綾は何も言わず、雪之丞の瞳をじっと見つめていた。見つめ返すと、紗綾の透明感のある瞳に強面の自分が映し出されていた。紗綾からはこんな風に見えているのかと思うと、清楚な彼女と自分は不釣り合いだなと思う。
「……あの、わたしね……」
紗綾が微かに唇を動かしたとき、スマホのバイブ音が静かな夜空の下に鳴り響いた。音の発信源は紗綾の方だったが、彼女は無視を決め込もうとしていた。
「……出た方がいいっすよ? 緊急かもしれませんし」
心配した雪之丞が出るように促すと、紗綾は小さく息を吐きながら応答した。短い会話の後電話を切って、
「……キャップテンからだった。ミーティングやるから、すぐ戻って来いって」
どこか不満そうに表情を曇らせながら、スマホをポケットの中に戻した。
「……じゃあ、戻りますか! 今日は紗綾先輩と話せて嬉しかったっす! 久美子先輩に感謝しないとなー」
聞きたいことは色々あったが、今日はもう引き際だろう。紗綾はスタメンで女子バスケ部の主力だし、合宿に差し支えがあってはいけない。また今度紗綾から話してくれる機会があれば、真摯になって話を聞きたいと思った。
「……そうだね……ねえ、鳴海くん」
「なんすか?」
紗綾は一度目を伏せて、小さく微笑みを作った。
「……ううん、なんでもない。合宿残り一日、がんばろうね」
「ウス! 明日は合宿の成果を出せる日になるよう、頑張るっす!」
星空の下で、雪之丞は決意を新たに宣言した。
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