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第一Q 隻腕の単細胞
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「すげえ! かっけえなぁ! あれなら、片手しかない俺でもできますかね!?」
雪之丞の無謀とも言える問いに、久美子はぎょっとしていた。
「そりゃ、練習すればいつかはモノになるでしょうけど……初心者にはまず、バックロールターンは無理よ? それよりもっと他に、優先して覚えなきゃならないことはたくさんあるわ」
「でも、絶対無理ではないんすよね?」
久美子は口を噤んだ。これ以上雪之丞を咎めるのは、選手を支えるマネージャーとして気が引けたのだろう。小さく「そうかもね」と呟いて、コートの中に視線を戻していた。
試合を見続けているうちに、雪之丞はいつの間にか廉のプレーに見入っていた。廉がボールを持つと、コートの中の雰囲気が変わる。廉はドリブル一つとっても華があり、素人目から見ても頭一つ抜けて上手いと思った。
「もしかして、一年のときから沢高のエースだった男って、廉先輩っすか?」
「あら、よく知ってるわね。……廉は一年生のときから先輩たちを出し抜いて試合に出ている分、負けたときの責任を人一倍感じる奴なのよ。だから、今年のインターハイ出場に懸ける廉の情熱は、半端じゃないわよ」
廉が雪之丞に放った厳しい言葉の裏には、生半可な気持ちの奴を淘汰する意味もあったのだろう。そう考えると、少しだけ廉に対する見方が変わりそうな気がした。好きになれそうにはないが、悪い男ではないのかもしれないと思って廉を見ていると、
「きゃー! プリンスー! こっち向いてー!」
3ポイントシュートを決めた廉に対して、体育館の入口付近から黄色い声があがった。驚いた雪之丞が声の方向に視線を送ると、五人の少女たちが廉の顔が貼られたうちわを持ちながら騒いでいた。
「……あれはなんすか? 彼女たちはここをジャニーズのライブ会場と間違えているんですかね?」
「廉のファンの子たちよ。ちょっとうるさいけど、大目に見てあげなさいね」
「ファン!? 廉先輩、モテそうだとは思っていましたけど……ファンって……!」
イケメンで、バスケも上手くて、モテるとか。
思わず句を読んでしまった。一つくらい分けて欲しいものである。久美子は少女たちに視線をやりながら、
「真ん中にいる緩いウェーブの髪の子が、二年生にしてファンクラブのリーダー、名塚さん。彼女の特技は人にニックネームをつけることで、廉は『バスケ界に降臨した貴公子』って呼ばれているわね」
「はあ……プリンスなんて呼ばれて、廉先輩は怒んないんですか?」
「最初の方はやめろって言っていたみたいだけど、全然きかないから諦めたみたい。ちなみに、多田先輩は『涙もろい人』、神谷先輩は『でかい人』ってニックネームで呼ばれているわ」
「廉先輩以外やる気ねえ! 特技っていうわりにはセンスないっすね!」
多田や神谷は、自分たちにつけられたあだ名をどう思っているのだろう。練習が終わったら聞いてみようと思った。
試合はAチームが点差をつけて勝っているが、Bチームは皆諦めることなく真剣にボールを追っていた。コートの中にある緊張感や目標を持って取り組む部活らしい雰囲気が、彼女たちの存在によって壊されてしまうことを雪之丞は懸念した。
「つか、彼女ら練習の邪魔じゃないっすか?」
「うーん……でも、なかなか強く言えないのよねえ……悪い子たちじゃないし」
「先輩たちが言えないなら、俺が言ってくるっす!」
「あ、ちょっと!」
雪之丞は体育館の入口付近で騒いでいるファンクラブの子たちの前に立ち、咳払いをした。
「廉先輩を見に来るのはいいっすけど、練習の邪魔はしないで欲しいっす」
目つきが悪い上に、背が高く左手のない雪之丞の姿に彼女たちは一瞬固まったが、やがて顔を見合わせ一斉に話しかけた。
「この子噂の! ねえねえ、どうして左手がないの?」
「なんかヤバイことしたって本当!?」
こういう積極的な反応は初体験だった。怖がられないのは喜ばしいことなのだが、好奇心で目を輝かせる彼女らに抵抗がないと言えば嘘になる。だがここで声を荒らげてしまっては、バスケ部への心証を悪くしてしまうかもしれない。
どう対応すべきか考えていると、
「やめなさいみっともない!」
彼女たちの中心にいた少女が、一言でその場を静めた。久美子が言っていたファンクラブのリーダー、名塚だった。多少化粧はしているようだが、気品のある綺麗な顔つきをしていた。
「この子たちに無礼な発言があったことを謝るわ。気分を害しているかしら?」
「いや、平気っす」
「ありがとう。……貴方、名前は?」
「鳴海雪之丞っす」
「そう。あなたに注意される言われはまるでないけれど、今日はこちらに非があるから引き下がることにするわ」
非常識で煩いだけの集団だと思い込んでいたが、リーダーの名塚は礼儀をわきまえている女性のようだ。
「では、ごきげんよう。『隻腕の単細胞』くん」
「ちょ!? 鳴海雪之丞っす!?」
油断していた雪之丞も、ダサいあだ名の洗礼を受けたのだった。
雪之丞の無謀とも言える問いに、久美子はぎょっとしていた。
「そりゃ、練習すればいつかはモノになるでしょうけど……初心者にはまず、バックロールターンは無理よ? それよりもっと他に、優先して覚えなきゃならないことはたくさんあるわ」
「でも、絶対無理ではないんすよね?」
久美子は口を噤んだ。これ以上雪之丞を咎めるのは、選手を支えるマネージャーとして気が引けたのだろう。小さく「そうかもね」と呟いて、コートの中に視線を戻していた。
試合を見続けているうちに、雪之丞はいつの間にか廉のプレーに見入っていた。廉がボールを持つと、コートの中の雰囲気が変わる。廉はドリブル一つとっても華があり、素人目から見ても頭一つ抜けて上手いと思った。
「もしかして、一年のときから沢高のエースだった男って、廉先輩っすか?」
「あら、よく知ってるわね。……廉は一年生のときから先輩たちを出し抜いて試合に出ている分、負けたときの責任を人一倍感じる奴なのよ。だから、今年のインターハイ出場に懸ける廉の情熱は、半端じゃないわよ」
廉が雪之丞に放った厳しい言葉の裏には、生半可な気持ちの奴を淘汰する意味もあったのだろう。そう考えると、少しだけ廉に対する見方が変わりそうな気がした。好きになれそうにはないが、悪い男ではないのかもしれないと思って廉を見ていると、
「きゃー! プリンスー! こっち向いてー!」
3ポイントシュートを決めた廉に対して、体育館の入口付近から黄色い声があがった。驚いた雪之丞が声の方向に視線を送ると、五人の少女たちが廉の顔が貼られたうちわを持ちながら騒いでいた。
「……あれはなんすか? 彼女たちはここをジャニーズのライブ会場と間違えているんですかね?」
「廉のファンの子たちよ。ちょっとうるさいけど、大目に見てあげなさいね」
「ファン!? 廉先輩、モテそうだとは思っていましたけど……ファンって……!」
イケメンで、バスケも上手くて、モテるとか。
思わず句を読んでしまった。一つくらい分けて欲しいものである。久美子は少女たちに視線をやりながら、
「真ん中にいる緩いウェーブの髪の子が、二年生にしてファンクラブのリーダー、名塚さん。彼女の特技は人にニックネームをつけることで、廉は『バスケ界に降臨した貴公子』って呼ばれているわね」
「はあ……プリンスなんて呼ばれて、廉先輩は怒んないんですか?」
「最初の方はやめろって言っていたみたいだけど、全然きかないから諦めたみたい。ちなみに、多田先輩は『涙もろい人』、神谷先輩は『でかい人』ってニックネームで呼ばれているわ」
「廉先輩以外やる気ねえ! 特技っていうわりにはセンスないっすね!」
多田や神谷は、自分たちにつけられたあだ名をどう思っているのだろう。練習が終わったら聞いてみようと思った。
試合はAチームが点差をつけて勝っているが、Bチームは皆諦めることなく真剣にボールを追っていた。コートの中にある緊張感や目標を持って取り組む部活らしい雰囲気が、彼女たちの存在によって壊されてしまうことを雪之丞は懸念した。
「つか、彼女ら練習の邪魔じゃないっすか?」
「うーん……でも、なかなか強く言えないのよねえ……悪い子たちじゃないし」
「先輩たちが言えないなら、俺が言ってくるっす!」
「あ、ちょっと!」
雪之丞は体育館の入口付近で騒いでいるファンクラブの子たちの前に立ち、咳払いをした。
「廉先輩を見に来るのはいいっすけど、練習の邪魔はしないで欲しいっす」
目つきが悪い上に、背が高く左手のない雪之丞の姿に彼女たちは一瞬固まったが、やがて顔を見合わせ一斉に話しかけた。
「この子噂の! ねえねえ、どうして左手がないの?」
「なんかヤバイことしたって本当!?」
こういう積極的な反応は初体験だった。怖がられないのは喜ばしいことなのだが、好奇心で目を輝かせる彼女らに抵抗がないと言えば嘘になる。だがここで声を荒らげてしまっては、バスケ部への心証を悪くしてしまうかもしれない。
どう対応すべきか考えていると、
「やめなさいみっともない!」
彼女たちの中心にいた少女が、一言でその場を静めた。久美子が言っていたファンクラブのリーダー、名塚だった。多少化粧はしているようだが、気品のある綺麗な顔つきをしていた。
「この子たちに無礼な発言があったことを謝るわ。気分を害しているかしら?」
「いや、平気っす」
「ありがとう。……貴方、名前は?」
「鳴海雪之丞っす」
「そう。あなたに注意される言われはまるでないけれど、今日はこちらに非があるから引き下がることにするわ」
非常識で煩いだけの集団だと思い込んでいたが、リーダーの名塚は礼儀をわきまえている女性のようだ。
「では、ごきげんよう。『隻腕の単細胞』くん」
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