きっと、忘れられない恋になる。

りっと

文字の大きさ
上 下
49 / 52
最終話 記憶の部屋

6

しおりを挟む
「相沢くん。君が〈記憶の譲渡〉能力を手にしていたとは、完全に想定外だったよ。……記憶に関する能力は、個人の性質に大きく左右される。このことを由宇は知らないから、あの子は君が青葉の刺青を引き継いだことで、そのまま再生能力を引き継いだと思っているはずだ。……由宇も知らないことを、君はどうやって知り得たんだい?」

「……青葉があなたと会って忘れていた記憶を取り戻したとき、俺は違和感を覚えていました。青葉は単に忘れていたことを思い出しただけでなく、明らかに初めから知らなかったであろう小泉の事情まで把握していました。だから俺は、美緒子さんにはまだ隠している能力があるんじゃないかって、それを青葉に使ったんじゃないかって思ったんです」

 由宇や青葉を下手に混乱させたり不安にさせたりしないよう、抱いた違和感や矛盾点は恭矢の胸中に留めておいた。それでも、思考を止めないことだけは今日のこの日までずっと続けてきた。

「あの二人があなたから引き継いだ能力が異なっているように、個人の性質によって発揮できる能力が変わってくるのであれば……俺が能力を持ったとき、あなたが隠していた〈記憶の譲渡〉能力を引き継げる可能性もあるかな、と期待はしていました。予想が当たってよかったです」

 恭矢がそう言って頬を掻くと、美緒子は顎を触って「やるねえ」と声を漏らした。

「……現在、世の中で確認できる記憶に関する能力は数多くある。その中でも、君の言う通り私には由宇の持つ〈記憶の強奪〉、青葉の持つ〈記憶の再生〉のほか、〈記憶の譲渡〉という三つの能力を持っている。……待てよ? 予想が当たってよかったって、君は自分の能力を誰かに試さなかったのかい?」

「はい。俺が能力を使うのは、あなたが最初で最後です。小泉に話している作戦通り、俺が〈記憶の再生〉能力を引き継いでいたなら、俺はあなたが忘れているであろう母性と人間としての感情を再生させ、あなたの考えを変えるつもりでした。だけど失礼ですが、小泉の話を聞く限りあなたはそれらを忘れているのではなく、初めから持っていないということも考えられました。その場合、この作戦は失敗になってしまいます」

「はは、言うね」

「でも譲渡なら、俺の記憶の中にある感情を少しでもあなたに与えることができる。伝えることができるんです。だから俺は、〈記憶の譲渡〉能力を引き継げたことを嬉しく思っています」

 美緒子はまるで試すように、じっと恭矢を見た。

「……そうか。じゃあつまり君は、由宇を騙したことになるね」

「はい。言い訳はしません」

 恭矢がまるで否定しなかったからか、美緒子は肩透かしを食らったようだった。

「同じ能力を持っているあなたならわかると思いますが、〈記憶の譲渡〉の能力は記憶だけではなく、能力者が抱いていた感情も与えることになる。残念ながら、あなたはもう非情で冷徹な社長には戻れませんよ」

 いつまでもやられっぱなしの恭矢ではない。ニヤリと口角を上げると、美緒子は呆れたように溜息を吐いた。

「強引だねえ。困ったものだ」

「美緒子さん、俺にも一つ教えてください。……俺がこの部屋に連れて行こうとしたとき、抵抗しませんでしたよね? どうしてですか?」

「……わざわざこの〈記憶の部屋〉まで来てやったのは、遠藤を退けた君への褒美のつもりだった。だが、まさかこんなことになるとはね……。君のおもいがこの私を上回り、されるがままにされてしまうなんて……信じられない計算ミスだよ」

 美緒子は肩をすくめた。

「しかし、参ったね。……私の能力は科学者に無理やり身に付けさせられたものだったが、継承者は本人たちの性格によって、これほどまでに与えられる能力が顕著に分かれるとは。我儘で欲張りな由宇は強奪、これから人生をやり直していく必要がある青葉は再生、そして……自分を省みずに他人を優先する君は譲渡、ということかな」

 そう言ったときの美緒子の穏やかな表情を見て、もう大丈夫だろうと安心した恭矢は、一足先に「戻る」ことにした。

「先に、現実世界であなたを待っています。そのときはどうか、社長としてのあなたではなく……母であるあなたを、小泉に見せてあげてください」

 現実世界に戻っていく恭矢の心身は、そこに近づくにつれて大切なものを置いてくる感覚があった。

 美緒子に与えた恭矢の記憶は、もう戻ることはない。惜別と感謝の気持ち両方に別れを告げ、そっと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

処理中です...