42 / 52
第六話 記憶の操作
5
しおりを挟む
「……これが、わたしと青葉の能力の秘密」
月明かりに透ける小泉由宇の白い背中には、青葉と同じ星形の黒い痣があったのだ。
「この刺青がわたしと青葉に〈記憶〉に関する能力を与える源になっていると、母から教わっているわ」
「……ってことは、その刺青さえなくなれば小泉たちは能力を失うってことだよな? 理由がわかっているなら、どうして消そうとしなかったんだ?」
傷跡が残るからという理由を失念していた恭矢は口にしてから慌てたが、由宇はふっと笑った。
「消してしまおうと考えたことがないといったら嘘になるけれど……これは母とわたしの罪だから。消して忘れてしまうなんて、できない」
由宇はまだ、青葉に実行した記憶の強奪を気にしているのだ。彼女の中で何か特別な心変わりでもなければ、恭矢や青葉がどれだけ言葉をかけたところで意味はないのかもしれない。
「じゃあ逆にさ、俺がその刺青を入れれば、小泉や青葉みたいな記憶に関する能力を手に入れることができるのか?」
もし由宇たちの持つ能力を手に入れることができれば、彼女たちを救う道は格段に広がるはずである。
「……母曰く、活動している子宮もないと駄目みたい。前にも言ったけれど、わたし自身能力が使えるようになったのは生理がきてからだったから。だから、男のひとには使えない……って、そう思ってたんだけど……男のひとが能力者になる条件が、実は一つだけあるの」
「本当⁉ それは、俺にもできそうなこと? だったら教えてほしい。俺も力になりたいんだ」
由宇はその先の言葉を口にするのを躊躇ったように見えたが、恭矢が真剣な瞳で彼女を見つめると覚悟を決めたように息を吸った。
「……一度でも能力を使ったことのある女の子の子宮に触れれば、それが能力発動の条件になるわ」
……男が子宮に触れる? それって、つまり……。
恭矢は由宇の言わんとすることを悟ったと同時に彼女との行為を想像してしまい、罪悪感と恥ずかしさから目を背けた。
「わたしが以前、青葉とセックスしたかどうかを聞いたのはこれが理由。もし相沢くんが青葉とセックスしていたなら、何かが変わっていたかもしれないと思って」
「……前から言いたかったんだけどさ、小泉の口からセックスって単語を聞くと、恥ずかしくなるんだよね」
「ごめん、下品だった?」
「……いや、興奮するんだ」
「……とりあえず服を着ようかな。後ろ、向いてくれる?」
散々半裸の由宇の姿を目に焼き付けておいたくせに、恭矢は今更紳士ぶって後ろを向いた。衣擦れの生々しい音に卑猥な妄想をしないように努めつつも、月明かりに照らされた由宇の背中が頭から離れないうえに、彼女が口にした性的な単語に、どうしても胸の鼓動が収まらなかった。
しかし、その衝動を彼女のために動かすのは今しかないと思った。
陳腐な言い方だが、勇気を振り絞るときがきたのだと奮い立った。
「……あのさ、俺にこんな風に秘密を教えてくれたってことは、小泉は俺に期待してくれているって考えていいんだよな?」
後ろを向いている恭矢からは、彼女の顔を見ることはできない。
「……期待っていうのは綺麗事だね。結局、わたしは相沢くんを利用しているのかも」
「いいよ、それでも。だから……」
恭矢は振り返り、由宇に向き直った。まだ着替えが終わっておらず胸元がはだけていた由宇は慌てて前を隠そうとしたが、恭矢は彼女の腕を掴んで、それを阻止した。
「俺、全部解決したら小泉に告白するから。覚悟しといて」
これはもう告白したようなものだ。心臓は爆音を鳴らし続けている。だけど、いつもは冷静で穏やかな表情をしている由宇が頬を染め、慌てている様子が恭矢に自信を与えてくれる。引き下がるなと勇気をくれる。
「ど、どうしたの? 相沢くんらしくない」
「小泉が言っている俺らしさが、どんなものかはよくわからないけど……でも。小泉と青葉のために何ができるのか、もう一度考えてみるよ。記憶は奪うとか戻すとか、そういうものじゃない。重ねていくものだってことを、美緒子さんに伝えたいんだ」
由宇と青葉のこれからの人生は、楽しいものであるべきだから。由宇が贖罪の気持ちに縛られることも、青葉が恭矢に依存することも、本来あってはならないのだ。
由宇は恭矢に腕を掴まれた状態のまま、小さく微笑みを零した。
「……また、格好つけたね」
「本当、クサイこと言ったよな。でも男には、どうしても格好つけなきゃいけないときがあるんだよ」
「安心して。……すっごく、格好よかったから」
「有言実行できるように頑張るよ、俺。だから成功したときに、今の言葉をもう一度言ってくれる?」
由宇の泣き顔は何度も見てきたけれど、今、彼女の目尻に浮かんでいるのが涙だったならば、恭矢が今まで見てきたそれとは性質の違うものに違いない。
「やっぱり、青葉に許しを得ておいてよかった。もし秘密にしていたら、わたしは罪悪感であなたから目を逸らしていたと思う」
「ああ、さっき言っていた『これからの接し方』のこと? ……ちなみに、俺に具体的な内容を教えてくれたり?」
好奇心を抑えられなかった恭矢が駄目元で聞いてみると、由宇は小悪魔のような魅力的な表情でこう言った。
「だめ。姉妹だけの秘密だから」
月明かりに透ける小泉由宇の白い背中には、青葉と同じ星形の黒い痣があったのだ。
「この刺青がわたしと青葉に〈記憶〉に関する能力を与える源になっていると、母から教わっているわ」
「……ってことは、その刺青さえなくなれば小泉たちは能力を失うってことだよな? 理由がわかっているなら、どうして消そうとしなかったんだ?」
傷跡が残るからという理由を失念していた恭矢は口にしてから慌てたが、由宇はふっと笑った。
「消してしまおうと考えたことがないといったら嘘になるけれど……これは母とわたしの罪だから。消して忘れてしまうなんて、できない」
由宇はまだ、青葉に実行した記憶の強奪を気にしているのだ。彼女の中で何か特別な心変わりでもなければ、恭矢や青葉がどれだけ言葉をかけたところで意味はないのかもしれない。
「じゃあ逆にさ、俺がその刺青を入れれば、小泉や青葉みたいな記憶に関する能力を手に入れることができるのか?」
もし由宇たちの持つ能力を手に入れることができれば、彼女たちを救う道は格段に広がるはずである。
「……母曰く、活動している子宮もないと駄目みたい。前にも言ったけれど、わたし自身能力が使えるようになったのは生理がきてからだったから。だから、男のひとには使えない……って、そう思ってたんだけど……男のひとが能力者になる条件が、実は一つだけあるの」
「本当⁉ それは、俺にもできそうなこと? だったら教えてほしい。俺も力になりたいんだ」
由宇はその先の言葉を口にするのを躊躇ったように見えたが、恭矢が真剣な瞳で彼女を見つめると覚悟を決めたように息を吸った。
「……一度でも能力を使ったことのある女の子の子宮に触れれば、それが能力発動の条件になるわ」
……男が子宮に触れる? それって、つまり……。
恭矢は由宇の言わんとすることを悟ったと同時に彼女との行為を想像してしまい、罪悪感と恥ずかしさから目を背けた。
「わたしが以前、青葉とセックスしたかどうかを聞いたのはこれが理由。もし相沢くんが青葉とセックスしていたなら、何かが変わっていたかもしれないと思って」
「……前から言いたかったんだけどさ、小泉の口からセックスって単語を聞くと、恥ずかしくなるんだよね」
「ごめん、下品だった?」
「……いや、興奮するんだ」
「……とりあえず服を着ようかな。後ろ、向いてくれる?」
散々半裸の由宇の姿を目に焼き付けておいたくせに、恭矢は今更紳士ぶって後ろを向いた。衣擦れの生々しい音に卑猥な妄想をしないように努めつつも、月明かりに照らされた由宇の背中が頭から離れないうえに、彼女が口にした性的な単語に、どうしても胸の鼓動が収まらなかった。
しかし、その衝動を彼女のために動かすのは今しかないと思った。
陳腐な言い方だが、勇気を振り絞るときがきたのだと奮い立った。
「……あのさ、俺にこんな風に秘密を教えてくれたってことは、小泉は俺に期待してくれているって考えていいんだよな?」
後ろを向いている恭矢からは、彼女の顔を見ることはできない。
「……期待っていうのは綺麗事だね。結局、わたしは相沢くんを利用しているのかも」
「いいよ、それでも。だから……」
恭矢は振り返り、由宇に向き直った。まだ着替えが終わっておらず胸元がはだけていた由宇は慌てて前を隠そうとしたが、恭矢は彼女の腕を掴んで、それを阻止した。
「俺、全部解決したら小泉に告白するから。覚悟しといて」
これはもう告白したようなものだ。心臓は爆音を鳴らし続けている。だけど、いつもは冷静で穏やかな表情をしている由宇が頬を染め、慌てている様子が恭矢に自信を与えてくれる。引き下がるなと勇気をくれる。
「ど、どうしたの? 相沢くんらしくない」
「小泉が言っている俺らしさが、どんなものかはよくわからないけど……でも。小泉と青葉のために何ができるのか、もう一度考えてみるよ。記憶は奪うとか戻すとか、そういうものじゃない。重ねていくものだってことを、美緒子さんに伝えたいんだ」
由宇と青葉のこれからの人生は、楽しいものであるべきだから。由宇が贖罪の気持ちに縛られることも、青葉が恭矢に依存することも、本来あってはならないのだ。
由宇は恭矢に腕を掴まれた状態のまま、小さく微笑みを零した。
「……また、格好つけたね」
「本当、クサイこと言ったよな。でも男には、どうしても格好つけなきゃいけないときがあるんだよ」
「安心して。……すっごく、格好よかったから」
「有言実行できるように頑張るよ、俺。だから成功したときに、今の言葉をもう一度言ってくれる?」
由宇の泣き顔は何度も見てきたけれど、今、彼女の目尻に浮かんでいるのが涙だったならば、恭矢が今まで見てきたそれとは性質の違うものに違いない。
「やっぱり、青葉に許しを得ておいてよかった。もし秘密にしていたら、わたしは罪悪感であなたから目を逸らしていたと思う」
「ああ、さっき言っていた『これからの接し方』のこと? ……ちなみに、俺に具体的な内容を教えてくれたり?」
好奇心を抑えられなかった恭矢が駄目元で聞いてみると、由宇は小悪魔のような魅力的な表情でこう言った。
「だめ。姉妹だけの秘密だから」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる