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第六話 記憶の操作
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雑貨屋に戻ってくると、由宇は店の前にある電話ボックスの横に立って恭矢を待っていた。
「こ、小泉!」
ぎょっとした恭矢が慌てて声をかけると、由宇は微笑みを返してくれた。
「外で待ってなくてもよかったのに! 夜に女の子が一人でいたら危ないだろ!」
「いいの。相沢くんを勝手な都合で呼び出しておいて部屋で待っているなんて、わたしの気が済まないから」
普段は穏やかなくせに、変なところで意地っ張りだ。
「……それで、青葉の前では言いづらかったことがあるんだな?」
「それは部屋で話すね。さ、行こう?」
閉店時間を過ぎ人気のない雑貨屋の店内を通って由宇の仕事部屋に着くと、いつもならコーヒーを準備する彼女は電気も点けずに語り出した。
「……青葉に言いづらかったわけじゃないの。青葉にはもう、相沢くんと話すことへの許可は貰っているわ」
「許可って……俺は青葉の所有物じゃないけどな」
「でも今から話すことと、これからわたしがあなたとどう接していくかについては、青葉の許しが必要だと思ったの。それを青葉に話したとき、あの子は一瞬だけ複雑そうな顔をして本音を垣間見せたけれど、頷いてくれた。許してくれたの。わたしは青葉の優しさに甘えて、あなたにすべてを曝け出す。だからお願い……最後まで聞いてほしい」
暗闇で視界の悪い中においても、由宇の緊張は声色から伝わってくる。
「……わかった。ちゃんと最後まで聞くよ。だから話してくれ」
恭矢ができるだけ優しく声をかけると、由宇は息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「わたしが相沢くんの記憶を最初に奪ったのは、昨年の冬。青葉が引きこもるようになった原因を秘密裏に調査し、わたしが何かしたことを知ったあなたは、終業式の日朝一番にわたしの教室へやってきて、『話があるから今日の放課後一緒に帰ろう』と真剣な顔で言ったわ。それを見ていたクラスメイトたちには『きっと告白されるよ』、なんて冷やかされた。……わたしはその日、落ち着いてなんかいられなかった。秘密がバレていたら記憶を消さなきゃと焦っていたし、もし本当に告白だったら、どうしようなんて……舞い上がって浮かれていた気持ちも、少なからずあったから」
「浮かれるって……。俺に告白されても嬉しくなんかないだろうに」
「ううん、嬉しい。……前にも白状したと思うけど、わたしは青葉から奪った記憶を通して、相沢くんのことが気になっていたから。……だけど、やっぱりそれは都合のいい夢だった。あの日相沢くんがわたしに言ったこと、忘れた日なんてない」
「……俺は小泉に、なんて言ったんだ?」
「お願いだから、青葉の人生を壊さないでくれ。俺にできることなら、なんだってするからって。……あなたに大切に想われている青葉への嫉妬と、なんだってするって相沢くんが言ってくれた安堵から、わたしはこの後、容赦なくあなたからわたしに関わるすべての記憶を奪うことができたわ。……でもね……」
一度言葉を区切ってから、由宇は辛そうに笑った。
「相沢くんはわたしが何度記憶を奪っても、何度忘れさせても、何度も何度もわたしに話しかけてくるの。……酷いひとでしょ? 一度目より二度目、二度目より三度目のあなたと話すことがわたしにとってどれだけ辛いか、わかってないの。……って、ごめんね自業自得なのにね。ちょっとだけ、八つ当たりしたくなっちゃった」
恭矢は由宇になんて言っていいのかわからない。自分が彼女にされたことをもう覚えていないからだ。
――ならば、笑顔でこう言うしかないだろう。
「……過去のことはもう、忘れちゃったよ。俺にとって大事なのは今、目の前にいる小泉だ」
暗闇に慣れてきた恭矢の目は、由宇の目尻に浮かぶ水滴の煌きと、安心したような微笑みを見た。
「……ここに一人で来てもらったのはね、今の話を聞いてほしかったのと……相沢くんに見てほしいものがあったからなの」
「見てほしいもの?」
次の瞬間、恭矢は目を見開いた。由宇が身に纏っている上着だけでなく、中に着ていたセーターまで脱ぎだしたからだ。
「う、うわっ⁉」
間抜けな声を出し慌てて目を逸らしたものの――この状況、男としてはどうしても本能が勝ってしまう。悪いと思いながらも欲望に抗えずに由宇の方を盗み見ると、恭矢の真正面に立っている彼女の鎖骨からへそまで、柔らかそうな上半身が丸見えだった。
もう駄目だった。こんな誘惑に勝てるわけがなかったのだ。気がつけば由宇の姿を目に焼き付けんばかりに、凝視していた。衣服を介さない由宇の腰は細く、女を感じさせる曲線が美しかった。
ブラジャー一枚になった由宇が頬を赤く染めながら見せた流し目はぞっとするほど妖艶で、有り体に言ってしまえば、恭矢は欲情していた。瞬きすら惜しいその魅力を食い入るように見ていると、由宇はついにホックを外した。
恭矢が生唾を飲み込んだのとほぼ同時に、由宇は後ろを向いた。
背中を見せられる形になった恭矢はここで、彼女が脱いだ目的を悟った。
「こ、小泉!」
ぎょっとした恭矢が慌てて声をかけると、由宇は微笑みを返してくれた。
「外で待ってなくてもよかったのに! 夜に女の子が一人でいたら危ないだろ!」
「いいの。相沢くんを勝手な都合で呼び出しておいて部屋で待っているなんて、わたしの気が済まないから」
普段は穏やかなくせに、変なところで意地っ張りだ。
「……それで、青葉の前では言いづらかったことがあるんだな?」
「それは部屋で話すね。さ、行こう?」
閉店時間を過ぎ人気のない雑貨屋の店内を通って由宇の仕事部屋に着くと、いつもならコーヒーを準備する彼女は電気も点けずに語り出した。
「……青葉に言いづらかったわけじゃないの。青葉にはもう、相沢くんと話すことへの許可は貰っているわ」
「許可って……俺は青葉の所有物じゃないけどな」
「でも今から話すことと、これからわたしがあなたとどう接していくかについては、青葉の許しが必要だと思ったの。それを青葉に話したとき、あの子は一瞬だけ複雑そうな顔をして本音を垣間見せたけれど、頷いてくれた。許してくれたの。わたしは青葉の優しさに甘えて、あなたにすべてを曝け出す。だからお願い……最後まで聞いてほしい」
暗闇で視界の悪い中においても、由宇の緊張は声色から伝わってくる。
「……わかった。ちゃんと最後まで聞くよ。だから話してくれ」
恭矢ができるだけ優しく声をかけると、由宇は息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「わたしが相沢くんの記憶を最初に奪ったのは、昨年の冬。青葉が引きこもるようになった原因を秘密裏に調査し、わたしが何かしたことを知ったあなたは、終業式の日朝一番にわたしの教室へやってきて、『話があるから今日の放課後一緒に帰ろう』と真剣な顔で言ったわ。それを見ていたクラスメイトたちには『きっと告白されるよ』、なんて冷やかされた。……わたしはその日、落ち着いてなんかいられなかった。秘密がバレていたら記憶を消さなきゃと焦っていたし、もし本当に告白だったら、どうしようなんて……舞い上がって浮かれていた気持ちも、少なからずあったから」
「浮かれるって……。俺に告白されても嬉しくなんかないだろうに」
「ううん、嬉しい。……前にも白状したと思うけど、わたしは青葉から奪った記憶を通して、相沢くんのことが気になっていたから。……だけど、やっぱりそれは都合のいい夢だった。あの日相沢くんがわたしに言ったこと、忘れた日なんてない」
「……俺は小泉に、なんて言ったんだ?」
「お願いだから、青葉の人生を壊さないでくれ。俺にできることなら、なんだってするからって。……あなたに大切に想われている青葉への嫉妬と、なんだってするって相沢くんが言ってくれた安堵から、わたしはこの後、容赦なくあなたからわたしに関わるすべての記憶を奪うことができたわ。……でもね……」
一度言葉を区切ってから、由宇は辛そうに笑った。
「相沢くんはわたしが何度記憶を奪っても、何度忘れさせても、何度も何度もわたしに話しかけてくるの。……酷いひとでしょ? 一度目より二度目、二度目より三度目のあなたと話すことがわたしにとってどれだけ辛いか、わかってないの。……って、ごめんね自業自得なのにね。ちょっとだけ、八つ当たりしたくなっちゃった」
恭矢は由宇になんて言っていいのかわからない。自分が彼女にされたことをもう覚えていないからだ。
――ならば、笑顔でこう言うしかないだろう。
「……過去のことはもう、忘れちゃったよ。俺にとって大事なのは今、目の前にいる小泉だ」
暗闇に慣れてきた恭矢の目は、由宇の目尻に浮かぶ水滴の煌きと、安心したような微笑みを見た。
「……ここに一人で来てもらったのはね、今の話を聞いてほしかったのと……相沢くんに見てほしいものがあったからなの」
「見てほしいもの?」
次の瞬間、恭矢は目を見開いた。由宇が身に纏っている上着だけでなく、中に着ていたセーターまで脱ぎだしたからだ。
「う、うわっ⁉」
間抜けな声を出し慌てて目を逸らしたものの――この状況、男としてはどうしても本能が勝ってしまう。悪いと思いながらも欲望に抗えずに由宇の方を盗み見ると、恭矢の真正面に立っている彼女の鎖骨からへそまで、柔らかそうな上半身が丸見えだった。
もう駄目だった。こんな誘惑に勝てるわけがなかったのだ。気がつけば由宇の姿を目に焼き付けんばかりに、凝視していた。衣服を介さない由宇の腰は細く、女を感じさせる曲線が美しかった。
ブラジャー一枚になった由宇が頬を赤く染めながら見せた流し目はぞっとするほど妖艶で、有り体に言ってしまえば、恭矢は欲情していた。瞬きすら惜しいその魅力を食い入るように見ていると、由宇はついにホックを外した。
恭矢が生唾を飲み込んだのとほぼ同時に、由宇は後ろを向いた。
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