きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第六話 記憶の操作

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 額に当てられたタオルの冷たい感触で目を覚ました。

「……あ! 恭兄ちゃん起きた! 青ちゃーん!」

 何を慌てているのか、桜は大声で台所に走って行った。恭矢は眼球を動かし、ここが自宅で、自分は布団で寝ているのだということを認識した。

 体調不良で倒れでもしたのだろうか。ここで眠るまでの過程がまるで思い出せない。襖が開くと、青葉は真っ青な顔をして恭矢のそばに駆け寄ってきた。体調が悪いのは青葉の方ではないのかと心配になる。

「顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「それはわたしの台詞だよ! 恭ちゃん……大丈夫? どこも痛くない?」

 青葉は恭矢の手を握り、泣きそうな顔をした。

「……お母さんと話してみて、どうだった? ひどいことされなかった?」

「……母さん? 仕事から帰って来ているのか? 俺、何か怒られるようなことしたっけ?」

 青葉の言っていることがよくわからず、必死に理解しようと脳味噌を回転させている間に青葉の表情はみるみると陰り、ついには泣き出してしまった。

「……青葉? なんで泣くんだよ」

 体を起こして青葉の手を握り、何度問いかけてみても彼女は泣くだけだった。

「……ごめんね、また記憶を奪われちゃったんだね……」

 恭矢はちっとも状況が掴めず、ひたすら泣き続ける青葉を見た玲と桜が恭矢が泣かせたと大騒ぎするものだから、話は一向に進まなかった。

          ◇

 翌日雑貨屋にて、恭矢は自身に起きた出来事を青葉と由宇から聞かされた。

 自分の力だけで頑張りたいと啖呵切ってレミリアに乗り込んだ恭矢は、美緒子に記憶を奪われて自宅の庭で眠っていたらしい。

 全く覚えていなかったものの、恥ずかしさがじわじわと襲いかかってきた。こんな情けない話を大切な二人に聞かされるなんて、拷問を受けている気分だ。いつものソファーにがっくりともたれ掛かりながら、恭矢は両手で顔を覆った。

「……本当格好悪いな、俺。偉そうなこと言って、何もできなかった」

「そんなこと言わないで。恭ちゃんが無事に帰って来てくれただけで、十分だよ」

 青葉の慰めがまた辛い。何もできなかったどころか、記憶まで奪われて次の対応策を練ることもできず、ただ二人を心配させただけの馬鹿だったというのに。

「いや、罵ってくれ。本当、ごめん」

「……ご希望なら罵るわ。相沢くん、あなたはただの見栄っ張りの格好つけよ。わたしにも青葉にも眠れないほど心配されて、それで『格好悪い』『何もできなかった』って謝るなんて、どうしようもない馬鹿だと思う」

 由宇は顔を隠していた恭矢の両手を優しく払ったため、恭矢の瞳は正面の彼女をはっきりと捉えた。目の下の隈と白目の充血が、由宇の綺麗な顔を台無しにしていた。

 どうやら謝り方を間違えていたようだ。恭矢はもう一度頭を下げた。

「……二人とも、心配かけてごめん」

 由宇も青葉も、安心した表情を見せた。それから三人で今後どうするか話をしたが、打開策は出ないまま時間は過ぎ、また後日集まろうという流れになった。

「じゃあ、また。青葉、何かあったらすぐに教えてね」

「うん、由宇ちゃんも」

 急接近した姉妹のやりとりを嬉しく思いながらドアを開けて青葉を先に通していると、由宇が何かを恭矢のポケットに入れた。恭矢が尋ねようと口を開きかけると、由宇は目で「後にして」と訴えてきた。青葉には秘密ということだろうと察した恭矢は、彼女の意図を酌んで青葉を一旦家まで送り、一人になったタイミングでポケットの中を確認した。

 中には一枚のメモ用紙が入っていた。

『もし、相沢くんがまだわたしと青葉のために動こうとしてくれるのなら、今日の夜一人でもう一度ここに来てください』

 メモ用紙にはそう記載されていた。控えめなようでいて、ものすごく大胆な由宇の誘いに、恭矢には応じる以外の選択肢はなかった。
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