40 / 52
第六話 記憶の操作
3
しおりを挟む
額に当てられたタオルの冷たい感触で目を覚ました。
「……あ! 恭兄ちゃん起きた! 青ちゃーん!」
何を慌てているのか、桜は大声で台所に走って行った。恭矢は眼球を動かし、ここが自宅で、自分は布団で寝ているのだということを認識した。
体調不良で倒れでもしたのだろうか。ここで眠るまでの過程がまるで思い出せない。襖が開くと、青葉は真っ青な顔をして恭矢のそばに駆け寄ってきた。体調が悪いのは青葉の方ではないのかと心配になる。
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「それはわたしの台詞だよ! 恭ちゃん……大丈夫? どこも痛くない?」
青葉は恭矢の手を握り、泣きそうな顔をした。
「……お母さんと話してみて、どうだった? ひどいことされなかった?」
「……母さん? 仕事から帰って来ているのか? 俺、何か怒られるようなことしたっけ?」
青葉の言っていることがよくわからず、必死に理解しようと脳味噌を回転させている間に青葉の表情はみるみると陰り、ついには泣き出してしまった。
「……青葉? なんで泣くんだよ」
体を起こして青葉の手を握り、何度問いかけてみても彼女は泣くだけだった。
「……ごめんね、また記憶を奪われちゃったんだね……」
恭矢はちっとも状況が掴めず、ひたすら泣き続ける青葉を見た玲と桜が恭矢が泣かせたと大騒ぎするものだから、話は一向に進まなかった。
◇
翌日雑貨屋にて、恭矢は自身に起きた出来事を青葉と由宇から聞かされた。
自分の力だけで頑張りたいと啖呵切ってレミリアに乗り込んだ恭矢は、美緒子に記憶を奪われて自宅の庭で眠っていたらしい。
全く覚えていなかったものの、恥ずかしさがじわじわと襲いかかってきた。こんな情けない話を大切な二人に聞かされるなんて、拷問を受けている気分だ。いつものソファーにがっくりともたれ掛かりながら、恭矢は両手で顔を覆った。
「……本当格好悪いな、俺。偉そうなこと言って、何もできなかった」
「そんなこと言わないで。恭ちゃんが無事に帰って来てくれただけで、十分だよ」
青葉の慰めがまた辛い。何もできなかったどころか、記憶まで奪われて次の対応策を練ることもできず、ただ二人を心配させただけの馬鹿だったというのに。
「いや、罵ってくれ。本当、ごめん」
「……ご希望なら罵るわ。相沢くん、あなたはただの見栄っ張りの格好つけよ。わたしにも青葉にも眠れないほど心配されて、それで『格好悪い』『何もできなかった』って謝るなんて、どうしようもない馬鹿だと思う」
由宇は顔を隠していた恭矢の両手を優しく払ったため、恭矢の瞳は正面の彼女をはっきりと捉えた。目の下の隈と白目の充血が、由宇の綺麗な顔を台無しにしていた。
どうやら謝り方を間違えていたようだ。恭矢はもう一度頭を下げた。
「……二人とも、心配かけてごめん」
由宇も青葉も、安心した表情を見せた。それから三人で今後どうするか話をしたが、打開策は出ないまま時間は過ぎ、また後日集まろうという流れになった。
「じゃあ、また。青葉、何かあったらすぐに教えてね」
「うん、由宇ちゃんも」
急接近した姉妹のやりとりを嬉しく思いながらドアを開けて青葉を先に通していると、由宇が何かを恭矢のポケットに入れた。恭矢が尋ねようと口を開きかけると、由宇は目で「後にして」と訴えてきた。青葉には秘密ということだろうと察した恭矢は、彼女の意図を酌んで青葉を一旦家まで送り、一人になったタイミングでポケットの中を確認した。
中には一枚のメモ用紙が入っていた。
『もし、相沢くんがまだわたしと青葉のために動こうとしてくれるのなら、今日の夜一人でもう一度ここに来てください』
メモ用紙にはそう記載されていた。控えめなようでいて、ものすごく大胆な由宇の誘いに、恭矢には応じる以外の選択肢はなかった。
「……あ! 恭兄ちゃん起きた! 青ちゃーん!」
何を慌てているのか、桜は大声で台所に走って行った。恭矢は眼球を動かし、ここが自宅で、自分は布団で寝ているのだということを認識した。
体調不良で倒れでもしたのだろうか。ここで眠るまでの過程がまるで思い出せない。襖が開くと、青葉は真っ青な顔をして恭矢のそばに駆け寄ってきた。体調が悪いのは青葉の方ではないのかと心配になる。
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「それはわたしの台詞だよ! 恭ちゃん……大丈夫? どこも痛くない?」
青葉は恭矢の手を握り、泣きそうな顔をした。
「……お母さんと話してみて、どうだった? ひどいことされなかった?」
「……母さん? 仕事から帰って来ているのか? 俺、何か怒られるようなことしたっけ?」
青葉の言っていることがよくわからず、必死に理解しようと脳味噌を回転させている間に青葉の表情はみるみると陰り、ついには泣き出してしまった。
「……青葉? なんで泣くんだよ」
体を起こして青葉の手を握り、何度問いかけてみても彼女は泣くだけだった。
「……ごめんね、また記憶を奪われちゃったんだね……」
恭矢はちっとも状況が掴めず、ひたすら泣き続ける青葉を見た玲と桜が恭矢が泣かせたと大騒ぎするものだから、話は一向に進まなかった。
◇
翌日雑貨屋にて、恭矢は自身に起きた出来事を青葉と由宇から聞かされた。
自分の力だけで頑張りたいと啖呵切ってレミリアに乗り込んだ恭矢は、美緒子に記憶を奪われて自宅の庭で眠っていたらしい。
全く覚えていなかったものの、恥ずかしさがじわじわと襲いかかってきた。こんな情けない話を大切な二人に聞かされるなんて、拷問を受けている気分だ。いつものソファーにがっくりともたれ掛かりながら、恭矢は両手で顔を覆った。
「……本当格好悪いな、俺。偉そうなこと言って、何もできなかった」
「そんなこと言わないで。恭ちゃんが無事に帰って来てくれただけで、十分だよ」
青葉の慰めがまた辛い。何もできなかったどころか、記憶まで奪われて次の対応策を練ることもできず、ただ二人を心配させただけの馬鹿だったというのに。
「いや、罵ってくれ。本当、ごめん」
「……ご希望なら罵るわ。相沢くん、あなたはただの見栄っ張りの格好つけよ。わたしにも青葉にも眠れないほど心配されて、それで『格好悪い』『何もできなかった』って謝るなんて、どうしようもない馬鹿だと思う」
由宇は顔を隠していた恭矢の両手を優しく払ったため、恭矢の瞳は正面の彼女をはっきりと捉えた。目の下の隈と白目の充血が、由宇の綺麗な顔を台無しにしていた。
どうやら謝り方を間違えていたようだ。恭矢はもう一度頭を下げた。
「……二人とも、心配かけてごめん」
由宇も青葉も、安心した表情を見せた。それから三人で今後どうするか話をしたが、打開策は出ないまま時間は過ぎ、また後日集まろうという流れになった。
「じゃあ、また。青葉、何かあったらすぐに教えてね」
「うん、由宇ちゃんも」
急接近した姉妹のやりとりを嬉しく思いながらドアを開けて青葉を先に通していると、由宇が何かを恭矢のポケットに入れた。恭矢が尋ねようと口を開きかけると、由宇は目で「後にして」と訴えてきた。青葉には秘密ということだろうと察した恭矢は、彼女の意図を酌んで青葉を一旦家まで送り、一人になったタイミングでポケットの中を確認した。
中には一枚のメモ用紙が入っていた。
『もし、相沢くんがまだわたしと青葉のために動こうとしてくれるのなら、今日の夜一人でもう一度ここに来てください』
メモ用紙にはそう記載されていた。控えめなようでいて、ものすごく大胆な由宇の誘いに、恭矢には応じる以外の選択肢はなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる