きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第六話 記憶の操作

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「……青葉の痣なら、見たことがある」

「なら話は早いね。刺青が能力発動の最低条件になることは、知っていたかい?」

「……知らなかった。小泉は、その……生理が始まってから能力を使えるようになったと言っていたから、そういうものなんだと思っていた」

「ふうん。知らないことは知らない、わからないことはわからないと言う。うん、君は頭は悪そうだが、素直でいいね。いろいろ話したくなってしまう」

 機嫌良さそうに口角を上げる美緒子を見て、この人は本当によくわからないと思った。

「……私はね、生まれた四人の子ども全員に、生後一ヶ月以内に刺青を入れたんだ。大人になってから入れることも可能だけど、より強い能力を持つためには生まれたてが一番だからね。だけど、男には刺青を入れても意味がなかった。能力の発動条件には刺青と、活動している子宮の二つが必要だって知ったのは、恥ずかしながらもう少し後からだったんだよ」

 人間の口から発せられている言葉とは思えず、総毛立った。ただでさえ聞きたくない言葉の羅列を浴びせられている中で、今からそれ以上に辛い事実を知ることになりそうな予感がしてならない。

「〈レミリア〉での即戦力を欲していた私は、あの子たちの成長を待つのが苦痛だった。だから夫……というより、優秀な遺伝子を持つゆえに私が父親として選んだ彼らに子育てを託して、一旦姿を眩ませたんだ。のちに成長したあの子たちを迎えた頃に迎えに行って、働かせる計画だったのさ」

 あまりにも平然と口にしたその事実を受け止めることができないのは、理解できない、したくない気持ちが大きいのだと思う。

「だけどね、初めに由宇に接触したときに、あの子が言ったんだ。『わたしが青葉の分まで働くから、青葉には関わるな』とね。私も非情ではないからね、由宇の姉としての覚悟に敬意の気持ちを持って、約束を守ってきたわけだよ」

「だったら、約束が違うじゃないか! なんで青葉に接触したんだ!」

 声を荒らげる恭矢を見て、美緒子は可笑しそうに笑った。

「いや、約束を破ったのは私ではなく、由宇の方なんだよ。あの子はねえ、はるばる自分の元を尋ねて来た依頼主を、仕事もせずに帰したことがあるようなんだ。……確か、そのときの依頼主は高校生の男だったかな」

 瞬時に恭矢の脳裏を過ぎったのは、瑛二だった。恭矢はあのとき、由宇に瑛二の記憶を奪わないよう説得した。それが美緒子と由宇の間で交わされた約束を破るということに繋がっているのなら、恭矢にも大きな責任がある。

「……あなたは、小泉のやってきた仕事の内容も、依頼者たちの個人情報も、すべて把握しているのか?」

「由宇に仕事を与えているのは私なのだから当然だろう。由宇はとても優秀だから、基本的には言われたことをしっかりやるし、嘘の報告もしたことはない。ただ、いかんせんまだ子どもだからね。そのときの感情に流されてしまうことが懸念される。一応、見張っておかないと」

 迸る怒りで体中が熱くなり、沸騰した血液が脳細胞を焼き尽くしているようだった。
扉付近にいた恭矢は美緒子の座る社長椅子のそばまで近づき、彼女が手を乗せているデスクを勢いよく叩きつけた。

「こんなときだけ、母親面してんじゃねえよ! だったらさあ、他人の記憶を請け負った後で小泉が胸を痛めて涙を流している姿だって、何度も何度も見てきたんじゃないのかよ⁉ よく平気な顔をしていられるな⁉」

 体を震わせる恭矢を呆れたように見ながら、ついに美緒子は立ち上がった。同時に扉が開き、強面の男が二人、適度な距離を置いて恭矢の横に立った。恭矢が美緒子に手を上げるような真似をすれば、取り押さえるということだろう。

「平気ではないさ。娘の涙を見ると、いつだって胸が痛くなるよ。だけどね、君にはまだわからないかもしれないが、これも仕事なんだ。私は由宇の歳より早く両親に売られ、名前も知らない科学者たちに肉体を弄られ、刺青を彫られて、実験対象兼能力者として働き始めたんだ。生まれた直後に刺青を入れるだけで、あとは遺伝で能力を引き継げるなんて、幸せなことなんだよ? 意識のあるまま無理やり体を何度も何度も弄られる痛みと来たら……うん、あれだけはもう二度と経験したくないねえ」

 美緒子の真っ暗な瞳に映し出された恭矢の姿は、甘ったれのガキにしか見えないのだろう。

「……この世の中、表の世界のやり方では、ひとを救えないことがある。だったら、世の中の条理に反してでも手を貸してやることが能力者としての務めだと思わないか?」

「……俺はよっぽどあなたに見くびられているようだな。いろいろ教えてくれたことに感謝する。小泉や青葉の実の母親だからって、俺はあなたのしたことは許せない! あなたのやっている仕事には然るべき法的措置をとってもらうつもりだ! 小泉にも青葉にも二度と会わせない!」

 男たちが恭矢を捕らえようとしたが、美緒子はそれを視線で抑え込んだ。

「……法的、ね。一般人の告発一件で、裏社会がどうにかなるものだと思うかい? 私の顧客には、表の世界での多くの有名人がいるよ。それに……」

 美緒子は不自然なほど、爽やかな笑顔を見せた。

「そんな面倒事を起こさなくても、君は私を許すよ。信じてほしいな、私は嘘を吐かない」

「冗談だろ? 俺にはあなたの言葉は信じられない。なんの根拠があってそんなことが言えるんだよ」

「私が嘘を吐かない理由がわかるかい?」

「知るかよ! あなたが嘘を吐かないってことが、もう嘘だろ!」

「あはは、そうカッカしないでくれ。……嘘というのは、嘘を吐いた人間が発した真実とは異なる言葉に、騙された人間が気づいたときに成り立つものなんだよ。だからね、私が嘘を吐かないのは……」

 美緒子が指でデスクを二回叩くと、距離を取っていた男二人は一瞬で間を詰め、恭矢の腕を掴んだ。振り解こうとしたが恭矢には大男二人を退ける力などなく、うつ伏せの格好で押さえつけられた。

「――私に都合が悪いことはすべて、忘れさせるからだよ」

 背筋に悪寒が走った。美緒子が何をしようとしているのか察した恭矢は、必死に抵抗を試みた。しかし両手は頑丈に抑えつけられ、成す術はなかった。

「情けない男は軽蔑するが、まっすぐな男は曲げたくなるから嫌いじゃない。それが君の不幸だよ」
 ジーンズのポケットに入れていた、〈レミリア〉の住所が書いてあるメモ用紙を男に取られた。美緒子はそれを受け取って、

「じゃあね」

「やめろおおおおおおおおお!」

 恭矢の後頭部に軽く唇を触れさせた。

 強制的に奪おうとしていく白い光をどうしても追いやることができずに、恭矢はいつの間にか意識を飲み込まれてしまっていた。
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