きっと、忘れられない恋になる。

りっと

文字の大きさ
上 下
37 / 52
第五話 記憶の忘却

8

しおりを挟む
 青葉の泣き声が落ち着いてきた頃、恭矢は切り出した。

「……と、いうわけで。俺は二人の母親とちょっと話がしたいと思っている。小泉、母親がどこにいるのか、教えてもらえるか?」

「……会ってどうするつもりなの? 説教でもするつもり?」

「母親業を放棄したことと、急に青葉に接触したことに文句言って、言い分を聞く。話をしてみようと思うんだ。どうしようもない理由でやったことでも、これから改心してくれれば何よりだし、変わらないのなら……もう二度と二人に近づくなって言うつもりだ」

「……世間知らずな子どもの台詞だね。どうしようもない理由しかないと思うし、改心するなんて考えられない。第一、相沢くんが話をできるような環境にいるひとじゃないわよ」

 手厳しい言葉だが由宇は恭矢を馬鹿にしているのではなく、あくまで今まで母親と接してきて感じた自分の意見を述べただけなのだろう。

「やってみなくちゃわからないだろ」

「無駄だと思う」

「無駄になるかどうかは俺が決める。頼む、教えてくれ」

 恭矢が絶対に引かないことを悟ったのか、由宇は少しだけ逡巡した後、溜息を吐いて立ち上がった。

「……お代わりはコーヒーでいいのよね?」

 由宇が折れてくれた理由はわからないけれど、第三者の介入で母親が変わることを彼女自身も少しだけ期待しているからだと予想した。


「相沢くんや青葉みたいな、真面目な若者に話すのも気が引けるんだけど……世の中には昔から、裏の世界というものが存在しているの。まあ正直、表と裏は手を組んでいるんだけどね。……今は裏の世界の話だけしていくわ」

 自分だってまだ高校生のくせに、由宇はまるでロシアンマフィアの大物のような口振りで語り出した。

「母が興した会社〈レミリア〉はね、表の世界では美学とされていることへの反乱をモットーに、大きくなっていった会社なの」

「ちょっと難しい……由宇ちゃん、どういうこと?」

 泣きはらした瞳を充血させながら、青葉が問いかけた。
青葉はあくまで、忘れていた記憶を思い出しただけであって、元々知らない話は今でもわからないのだと言っていた。

「辛い思いをしているひとに対して、『これを乗り越えれば必ず成長できるから頑張れ!』って応援するのが、表の世界の常識。相沢くんも、新谷くんにそう言ったでしょ? それを『辛かったね。だったら忘れて楽になろうよ』って声をかけるのが、裏の世界で母がやっていることなの」

「具体的には小泉がやっているように、『ひとの記憶を奪う』ってこと?」

「そう。基本的に、人間って脆くて弱いの。だから、そこを突いた〈レミリア〉はすぐに裏社会で有名になって、世界中に多くの顧客を持つ大企業に成長したわ。わたしはこの仕事を始めたときから、月に一度、母と〈レミリア〉で打ち合わせをしているわ。仕事の話しかしていないけれど、一高校生にしか過ぎないわたしでもわかる。あのひとは……普通じゃない。だからできれば、これからも青葉と接触してほしくないと思っている。それだけは忘れないで」

 由宇はローテーブルの棚からメモ用紙を取り出し、ボールペンを走らせた。走り書きでも、日誌や黒板で見る手本のような字の美しさは顕在していた。

「目的を違えないでね。相沢くんに母の居場所を教えるのは、相沢くんが母に説教したいって欲望を叶えさせるためでもない。今後、あのひとと青葉を接触させない確率を、少しでも上げたいだけだから」

 恭矢は深く頷いた。

「はい、これがわたしが使用しているIDカード。カードがないと入れない社長室はビルの八階にあって、母は大体十九時から朝の五時までそこにいるわ。依頼主が来るのはイレギュラーがない限り二十二時過ぎだから、その時間までに行くのがいいかも」

 由宇から渡されたメモ用紙には、〈レミリア〉の住所と母親の名前が書いてあった。恭矢はメモ用紙は受け取ったものの、IDカードは由宇に返した。

「教えてくれてありがとう。でも、IDカードはいらない。俺が我儘言って勝手するだけだからさ、なるべく小泉には甘えたくないんだ。それに、下手にカードを使って小泉に足がついたら困るだろ?」

「……相沢くんがわたしの同級生だって知られた時点で、真っ先にわたしに疑いはかかるだろうけどね……でもわかった。頑張ってね、相沢くん」

 IDカードを仕舞った由宇を見て、青葉だけが戸惑っていた。

「え、いいの? 恭ちゃんはそれで大丈夫なの? 裏の世界の会社なんでしょ? 危ないんじゃ……?」

「いいの。青葉には無理してほしくないけれど、相沢くんは自分から首を突っ込みたいって言ったんだから。無理してでも頑張ってもらう」

「由宇ちゃん、それは恭ちゃんに対してちょっと……酷いんじゃないかな?」

 由宇を嗜めようとする青葉に、恭矢は笑った。

「……あのな、小泉は青葉のことが、可愛くてしょうがないんだよ。超シスコンなの、シスコン。だから青葉のためなら俺が多少どうにかなっても、自分が被害を受けても平気ってこと。俺もその考えには賛同しているから、全然気にしてないって」

 青葉は驚いたように由宇の顔を見たけれど、どうして今まで気がつかなかったのか恭矢には不思議でならなかった。

 青葉には普通の生活を送ってほしい。青葉には幸せになってほしい。由宇はいつだって、それだけは一貫してきたというのに。

「……もう、今頃気づいたの?」

 由宇もまた青葉の反応に驚き、照れたように笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...